閑話・四人の勇者

 突如として異世界に召喚された四人の勇者――とされている人物。

 上原岳人、三神凛音、神藤冬華、神谷夏希。

 岳人は全てのステータスが平均よりも高いのだが、その中でも力や耐久といった前衛向けのステータスが非常に高く四人の中でも一番の勇者と言われている。

 鈴音は魔法適性はないが、前衛向けのステータスで岳人と並び剣聖と呼ばれている。

 冬華は魔法適性があり、その中でも攻撃魔法の適性がずば抜けて高く賢者と呼ばれている。

 夏希も魔法適性が高いのだが、その中でも回復や補助魔法の適性がずば抜けて高く聖女と呼ばれていた。

 彼らを訓練しているのはアルであり、時間があればリヒトも加わって対応している。

 一国の第一王子とその補佐官が力を注いで訓練しているのだが、不思議なもので彼らは明日香とは異なりそれ程大きな成長を見せてはいなかった。


「――くそったれがっ!」


 そして、勇者四人だけで昼食を食べている時だった。

 岳人が怒鳴り声をあげながら拳をテーブルに叩きつけると、その反動で水の入ったグラスが倒れてしまい、水はテーブルを伝い端から地面へと滴り水溜まりを作っていた。


「ちょっと~。岳人、うるさ~い!」

「少しは落ち着いてください」

「あぁん? てめぇらまで俺に指図するってのかぁ?」

「あ、あの、私は、特に何も……」

「うっせぇなっ! てめぇは黙ってろよ!」

「ご、ごめんなさい!」


 夏希に対してだけはきつく当たり散らす岳人だが、それを残る二人も諫めようとはしない。これがいつもの光景であるかのように横目で見るだけだ。


「それによぉ、あの王子様! 俺たちの希望も全く聞かねぇじゃねえか!」

「あぁ~! それ分かる~! イケメンはどこなのよ、イケメンは~!」

「私にも女性のメイドしか来ていませんね」

「……わ、私も……」


 岳人が口にしているのは召喚されたその日に伝えた、勇者とは思えない希望の事だ。

 ハーレムを作るために見目麗しい女性を集めろ、顔立ちの整った男性を集めろ、とにかく自分たちが楽しむためだけの希望である。

 その場しのぎで努力すると答えていたアルだが、希望の件に関しては全く動いていなかったし、動く気すらなかった。

 人材は宝と口にした気持ちに嘘はなく、大事な国民を勇者たちが楽しむためだけに犠牲にする事はできないと判断していたのだ。


「そのくせよぅ、この世界の事を覚えろとか、魔獣と戦うために剣を取れだ、うるせぇっての!」

「本当にそれだよね~。私なんてか弱い女の子だよ? JKよ、JK!」

「私は賢者らしいので、魔法ですから特に苦労はしていませんけどね」

「羨ましいな~! ……それにさ~。ナッキなんて聖女でしょ~?」

「うっ! ……うぅぅ」

「あっはは~! 本当に似合わないよね~!」


 鈴音がちょっかいを掛けると、夏希は何も言い返す事ができずに下を向いてしまう。

 自分の意見をこれでもかと口にする三人とは違い、夏希はとても大人しく彼らと一緒に行動しているのが不思議なほどだ。

 実を言えば、夏希は自らの意思で三人と行動しているわけではなく、三人のパシリとして連れ回されているのが本当のところだった。

 本音を言えばすぐにでも離れてしまいたいのだが、異世界という右も左も分からない状況では、知り合いもいない場所に一人で飛び出すという勇気も得られない。

 結局、日本にいた時と同じような状況に身を落としていたのだった。


「聖女様ねぇ……確かに似合わねぇな!」

「だよね~!」

「その通りですね」


 そして、三人からいいように言われ続けている状況にも限界が迫っていた。


(……私……どうしたらいいのかな?)


 追い込まれ過ぎた夏希の頭の中に、明日香の存在はすっかり消え失せている。


(……うぅぅ……もう、死んでしまいたいなぁ)


 そんな想いをひた隠し、自分の事を笑っている三人に夏希は苦笑いを浮かべるのだった。

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