第12話:異世界での生活 7
「……はあぁぁぁぁ」
「な、なんでそこでため息なのよ!」
「……いや、なんでもない」
頭を左右に振りながら苦笑を浮かべると、イーライも店内に戻っていく。
頬を軽く膨らませながら明日香も戻ると、いまだに落ち込んでいるリヒトの姿があった。
その姿を見ると少しだけ怒っていた明日香の気持ちは霧散していき、苦笑して声を掛けた。
「それで、どうして後をつけてきたんですか?」
「……アスカ様が働く場所が気になりまして、アル様に許可を頂きつけてきました」
「……アル様も一枚噛んでいるんですね~」
「いえ! あくまでも私の一存です! アル様は許可を出しただけですから!」
「とにかく! リヒト様から見たジジさんの道具屋はどうですか?」
そういう事ならとリヒトの判断を確認しようとした明日香だが、彼はなぜか答えてくれない。
しばらく見つめていたのだが、このままでは話が進まないと口を開いた。
「……何も見てなかったんですか?」
「うっ!?」
「……いったい何を見ていたんですか?」
「そ、それは……」
アルもリヒトも何をしているのだと手で顔を覆った明日香。その姿を見てリヒトはさらに落ち込んでしまう。
「……あの、発言よろしいでしょうか?」
その時に口を開いたのはイーライだった。
「……許します」
「はっ! ジジさんは調合師としても一流です。そして、その人となりも素晴らしい方です。アスカ様にも親切にしてくれていますし、お任せするには最高の方だと思います」
「……そういえば、こちらはイーライが贔屓にしている道具屋でしたね」
「はい。上級ポーションも作れる方ですので、アスカ様の調合の師匠として最適でもあります」
上級ポーションと聞いたリヒトは顔を上げると、その視線をジジへ向ける。
ニコニコと変わらない笑みを浮かべているジジだが、リヒトは何かに納得したのか一つ息を吐き出すと大きく頷いた。
「……分かりました。確かに、こちらはアスカ様にとって最適の場所のようですね」
「それじゃあ!」
「えぇ。こちらで住み込みの仕事をする事を許します」
「…………やったー! やりましたよ、ジジさん!」
飛び上がって喜びを露わにした明日香は、ジジの手を取り何度も上下に振っている。
「ほほほ。よかったですね、アスカさん」
「これで明日からここで――」
「それだけは却下です!」
「……ですよね~」
勢いで許可が出ないものかと口にしたのだが、即答でリヒトに断られてしまった。
「……あの、ところでよろしいですかな?」
「なんですか、ジジさん!」
目の前でずっと喜んでいる明日香に申し訳なさそうに口を開いたジジ。彼女も興奮したまま聞き返している。
「……そちらの方が口にしているアル様というのは、アルディアン殿下の事でしょうか?」
「「「……え?」」」
「イーライもいますし、もしかしてアスカさんは王家に関わり合いのある方ですね?」
「「「……あ」」」
伝えていいのか分からずにずっと説明していなかったが、明日香の身元に気づいたジジの質問に三人とも口を閉ざしてしまう。
その行動が答えなのだと理解したジジだったが、それでも笑みを絶やす事はなかった。
「ほほほ。まあ、訳ありとは思っていましたが、王家に関わり合いのある方でしたか」
「違います! 王家とは関係ありません! ……ま、まさか、仕事も住み込みもダメですか?」
いくら優しいジジでも、王家と関わり合いがあるかもしれない謎の女性を雇う事には気が引けるのではないかと心配になった明日香。
だが、それでもジジは微笑みながら問題ないと口にしてくれた。
「大丈夫ですよ、アスカさん」
「……い、いいんですか?」
「えぇ。お約束しましたし、仕事が捗りましたからね。それに、アスカさんは仕事覚えも素晴らしいです。この出会いを逃したくはありませんからね」
「……あ、ありがとうございます!」
「よかったな、アスカ」
「うん! イーライもありがとう!」
「……イーライ?」
「「……あ」」
あまりの嬉しさに普段の口調へ戻ってしまった二人は、ジト目を向けるリヒトに気づいて冷や汗を流す。
だが、ここでイーライを責めるとまた明日香がすぐに出て行くと言いかねないと分かっているリヒトは、しばらくジト目を向けていたもののしばらくして大きく息を吐き出した。
「……まあ、アスカ様のお願いであれば仕方ありませんね」
「……よ、よろしいのですか、バーグマン様?」
「えぇ。ですが、あなたはアスカ様の護衛兼案内人である事を忘れないように」
「はっ! しかと心得ております!」
「ありがとうございます、リヒト様!」
「……いえ、少し待ってください」
このまま話は終わりに向かうと思っていた明日香だったが、突如としてリヒトは思案顔を浮かべる。そして――
「……私にも普段の口調でお話しください、アスカ様」
「……え?」
「その方が気も楽でしょうし、よろしくお願いいたします」
「いや、さすがに殿下の補佐官にタメ口とかは無理ですよね?」
「私がいいと言っているのですから、いいんですよ。それでは私は失礼いたします。ジジ様、どうかアスカ様をよろしくお願いいたします」
「ほほほ。もちろんでございます、バーグマン様」
「え? いや、あの、ちょっと?」
戸惑う明日香を横目に、リヒトはジジに頭を下げるとさっさと道具屋を後にしてしまう。
ジジとイーライは特に何もなかったかのようにいつもの様子に戻り、いまだに戸惑っているのは明日香だけになってしまった。
「……え? もしかして、リヒト様にもタメ口、とか?」
「まあ、本人がいいって言っているんだから問題ないだろう」
「……ダメだよね! 殿下の補佐官だよ! 補佐官!」
「ほほほ。まあ、そこまで気にする事はないでしょうな」
「ジジさんまで!」
困惑顔のまま固まってしまった明日香だが、その横でジジは仕事に戻っていき、イーライは商品棚を眺めながら店内を歩き出した。
「……ううぅぅぅぅ、もういいわよ! 分かった、タメ口でやってやるわよおおおおぉぉっ!」
最終的には自棄になった明日香がそう叫ぶと、ジジとイーライは顔を合わせて苦笑した。
その後は明日香もいつも通りとなり、ジジの指示に合わせて仕事をこなしていくのだった。
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