第10話:異世界での生活 5

 王城に戻った明日香はイーライに頼んですぐにリヒトとの面会を願い出た。

 ただし、リヒトはアルの補佐官なので忙しくしている事は理解しており、待たされる事も想定していた。そのはずなのだが――


「どうされましたか、アスカ様?」

「……早くないですか、リヒト様?」


 王城の部屋に戻ってから一〇分と経たずにやって来た時にはさすがに呆れてしまった。


「アスカ様がお呼びだと聞いて駆けつけました」

「仕事をしていたんですよね?」

「そうですが、アスカ様の用事が最優先なので」

「仕事を最優先にしてください! お願いですから! 私は待っていますから!」

「ですがもうこっちに来てしまいましたからね。アスカ様の用事から片付けてしまいましょう」

「……分かりました、分かりましたよ!」


 ここまで来ると完全に呆れているのだが、リヒトはニコニコと笑っている。

 さらにジト目を向けても表情が変わらないので明日香も話を進める事にした。


「……はぁ。えっと、私の仕事先が見つかりました」

「……え?」

「それで、お店の方が住み込みでも構わないと言ってくれているので、明日にでもここを出て働こうかと――」

「ちょっと待ってください! ……え、仕事先を見つけたんですか? この短期間で?」


 予想外の展開についていけていないリヒトは、言葉を遮りながら確認を取る。


「はい。イーライが贔屓にしている道具屋さんです。店主の方も優しい方で即決しました」

「……イーライを呼んできます! 待っていてください! いいですね!」


 そう言い残したリヒトは部屋を飛び出していく。

 この流れからイーライが罰を受けるかもしれないと思った明日香は、口添えが必要になるかもしれないと勝手に思っていた。

 しばらくしてリヒトと一緒にイーライがやって来たのだが、その後ろから部屋に入って来たさらなる人物に明日香は呆気に取られてしまう。


「……な、なんでアル様がいるんですか?」

「ヤマト様の一大事だと聞いて駆けつけました」

「一大事じゃないですよ! 単に住み込みで働く場所が決まっただけです!」

「一大事ではないですか!」

「どこがよ!」


 相手は一国の王子様なのだが、明日香は気にする事なく怒鳴り声をあげている。

 明日香の態度にイーライは目を白黒させているが、リヒトは冷静に二人を見守っていた。


「私は仕事をしたいって言ったじゃないですか! そうですよね、リヒト様!」

「そうなのか、リヒト!」

「えぇっ!? えっと……まあ、そうですね」

「聞いていないぞ!」


 良い感じに矛先がリヒトに向いてくれたと内心でほくそ笑んだ明日香は、小さなカニ歩きでイーライの横までやって来た。


「……二人はどうしてここまで怒っているの?」

「……アスカ様の事を考えてです」

「……明日香、様?」

「……こ、この場では許してくださいよ!」

「「何を話しているんだ!」」

「な、なんでもありません!」


 こそこそ話を見られてしまいキッと睨んできた二人にイーライが背筋を伸ばして即答する。

 明日香はその様子をクスクス笑いながら見ていたのだが、二人の矛先は明日香にも向いた。


「ヤマト様! どうして城を出ようなどと!」

「今しばらくいていただく事はできませんか!」

「「私たちの心の拠り所として!」」

「……はい?」


 まさかの発言に明日香は驚きの声を漏らしながら首を傾げる。

 その隣では直立不動になっていたイーライも口を開けたまま固まっていた。


「私たちは毎日のように勇者様たちと顔を合わせているのです!」

「あの人たちは毎回のようにわがまま放題、何を言っているのか理解ができない、心身の疲労が酷いのです! 酷過ぎるのです!」

「ヤマト様は!」

「アスカ様は!」

「「私たちの心の拠り所なのです!」」

「…………ええぇぇぇぇ~?」


 心の声が漏れ出てしまい、とても長いため息交じりの声を発してしまう。

 慌てて口を押えたものの、時すでに遅くアルとリヒトは大きく肩を落としてしまった。


「……そ、そうですよね、ダメですよね」

「……申し訳ありませんでした。アスカ様の人生ですから仕方ありませんね」

「あの、えっと……分かりました! しばらくはここから通います! それでいいですか!」

「「あ、ありがとうございます!」」

「……こんな殿下とバーグマン様は、初めて見たな」

「「なんだと?」」

「なんでもありません!」


 明日香に向けていた笑顔とは真逆の鋭い視線がイーライに向けられる。

 再び背筋を伸ばして直立不動の態勢に入ったイーライを見て、明日香がそっと口添えをする。


「あの、アル様? リヒト様? イーライは何も悪くないので、その、怒らないでくださいね?」

「わ、私たちは別にイーライを叱責しているわけではないですよ?」

「そうです! イーライはよくやってくれていますから!」

「それならよかった。でしたら、明日以降も私の護衛兼案内人にはイーライをお願いしますね!」

「「そ、それは……」」


 なぜか言い淀んでしまった二人を見て首を傾げる明日香だったが、その横ではイーライがどうなるのかと戦々恐々としていた。


「……分かりました! イーライ!」

「はっ!」

「絶対にヤマト様を守り抜く事! そして悪い虫が付かないよう注意する事! 分かったか!」

「はっ! ……は?」

「悪い虫ってなんですか、アル様?」


 イーライだけではなく明日香も首を傾げて疑問を口にする。


「悪い虫は悪い虫だ! いいか、イーライ!」

「はっ! 仰せのままに!」

「では、いつまでアスカ様がここから通うのかも話し合いましょうか」

「三日とかですか?」

「「短い!」」


 リヒトの言葉に速攻で日数を提案した明日香だったが、二人から即答で否定されてしまう。

 結局、明日香の滞在日数の話し合いが一番長く時間が掛かってしまい、七日間の滞在に決まったのだった。

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