第9話 危機一髪
「オーライ、オーライ、OK、ストップ。」
「Yorkshire」と船腹に書かれた潜水艇の駆体がゆっくりと揺れる海水面に下ろされた。「うみゆり」より1回り大きく見える潜水艇の左舷後方にはユニオンジャックが大きくペイントされていた。
「急げ、あまり時間がない。」
教授の声が響く。調査船は日本の排他的経済水域の奥深く、問題の地域に到達していた。船が領海線を横切ってから既に2時間が経過していた。早ければそろそろ日本の海上保安庁の知るところになっているかもしれない。今はとにかく1分1秒も大事であった。潜水艇には操舵手の他に、ブラウン教授、洋一、茜の計4人が乗り込んだ。4人が乗り込むとすぐに天井のハッチが閉じられた。
ゴポゴポという排水音が艇内に響き潜水が始まった。夜間の潜水のため、昼間のような幻想的な風景は見られない。潜行を始めてすぐに小窓の外は漆黒の闇となった。4人は静かに向かい合って座ったまま、来るべき世紀の発見の瞬間に胸を高鳴らせた。咳払いするのも憚られるような静けさの中、コーンコーンというソナーの音だけが微かに艇内に響き渡る。時折深度を読み上げるコンピューターの音声にさえドキリとさせられた。
潜行を始めて約2時間、潜水艇はようやく海底に到達した。深度は4000フィート。円錐形に広がるサーチライトの光の中には異様な光景が映し出された。
「こ、これはすごい。」
教授が思わずうめき声を上げた。サーチライトの光が届く数十メートルの空間は、一面に煙突状の突起に覆われ、その突端からは細かい気泡がブクブクと漆黒の闇へと立ち上っていた。教授が予想した通り、深海底には巨大な熱水鉱床が広がっていた。煙突状の突起は熱水の噴出口であり「チムニー(煙突)」と呼ばれる。熱水に含まれるミネラルが長い、長い年月を掛けて沈殿して煙突状に積み上がったもので、高いものは数メートルにも達していた。
一体どれほどの広さの空間にこうしたチムニーが広がっているのか、サーチライトの限られた光だけからではその全容は全く掴めなかった。チムニーの周辺は海底の温泉から噴き出したと思われる硫黄により黄色っぽく変色し、まさに海の底の地獄を思い起こさせる死の世界が広がっていた。
「エビがいるわ。」
茜の言葉に洋一は思わず目を凝らした。確かに無数の小さなうごめく物体がいる。長年真っ暗闇の世界に棲みついていたせいか体中の色素が抜け、ほとんど透明に見える。しかし形は確かにエビであった。大きさは3センチメートル程であろうか、小さな虫けらのような生き物が海底を静かに這いずり回っている様子が観察された。
「熱水に含まれるミネラルをエネルギー源とするバクテリアがいるわ。そのバクテリアを栄養源としてプランクトンが繁殖し、さらにそのプランクトンをエサとして様々な生き物が集まってくる。ここでは、そうした生き物たちによって外の世界とは隔絶された独自の生態系が息づいているのよ。」
茜は興奮気味にレクチャーを続ける。その時である。時間が止まっているように見えた静かな風景に一瞬の乱れが襲ってきた。海底の泥が白っぽく巻き上げられ、小エビたちはパニックに陥ったように一斉に動き出した。一体何が起きたのか。
「きゃー。」
次の瞬間、艇内に茜の叫び声が響いた。全員がギョッとして小窓の外を見やると、見覚えのある黒い巨体がゆっくりと目の前を横切って行った。海ナマズであった。全長二メートル程はあろうかという大物である。海ナマズは、大きく開いた口をまるで掃除機の吸込み口のように使って、小エビの群集を呑み込んでいく。海ナマズは、もうもうと舞い上がった泥も吸い込みながら、悠然と暗闇の中に消えて行った。
「やはり、いたわね。」
茜は、海ナマズを発見したことで大いに興奮した。あの下田の漁港で見た海ナマズたちも、ここでバクテリアを呑み込んだかもしれない。幻のバクテリアの発見への期待は一気に高まった。
「始めようか。」
教授は、まだ興奮の止まない茜を横目に作業の開始を告げた。潜行を始めて2時間余り、残り時間はますます少なくなっている。教授は、操舵手を指揮して作業用アームを海底に伸ばした。先日日本の潜水艇で使ったアームに比べると一昔も二昔も前のもののようで、操舵手が手動で操作する。全てがコンピューター制御されていた日本のものとは随分と違っていたが、この際贅沢は言っていられない。
「よーし、もう少し左、よし止めろ。」
アームは一際高いチムニーの前で停止した。続いてアームの先端から標本採取用のスロットがチムニーの根元付近をめがけて打ち出される。微かに海底に泥煙が上がりスロットが刺さった。操舵手はゆっくりとアームを操作し、慎重にスロットを回収する。
「よーし、扉を閉めろ。」
アームが静かに縮んで格納庫に収納された。教授は内扉を開いてスロットの中からサンプル容器を取り出した。長さ20センチ、太さ3センチ程のガラス製の容器の中には採取したばかりの海底の泥が詰まっているはずである。教授はピッタリと閉まった容器の蓋を慎重に開くと、中から泥のサンプルを取り出した。少し茶色掛かった灰色の泥は、一見すると何の変哲もない深海の堆積物のように見える。しかし、この中に世紀の大発見となるバクテリアが入っているのではないかと思うと、洋一も茜も胸の高鳴りを覚えずにはいられなかった。教授は取り出したサンプルを小さいガラス片に載せると、艇内に備え付けられた顕微鏡にセットした。
洋一は固唾を飲んで教授を見守る。茜はというと両手を合わせて結果を待った。教授は何度も何度も顕微鏡を覗き込んではチェックを重ねる。5分、10分と時間が過ぎる。1分がこんなに長いと感じたことはなかった。やがて慎重な検証を重ねた教授は落胆したような表情で2人の方に向き直った。
「だめだ、何もない。この泥の中には生きた物は何もみつからなかった。」
茜は大きな嘆息を洩らしながら肩を落とした。期待を裏切られた洋一も全身の力が抜けていくのを感じた。しかし、一番ショックが大きかったのは教授のようであった。どんな時にも快活であった教授が一言も口を聞かず放心状態で2人を見つめていた。何ヶ月も掛けてはるばるイギリスから小笠原の海までやって来て、さらに大きなリスクを冒して日本の領海にまで忍び込んだ。その苦労が全て水泡に帰そうとしていた。幻のバクテリアなどそう簡単に見つかるはずがない。太古の世界に生きていたであろうはずと推測されるだけで、何の確証もなかった。まさにあるのかないのかすら分からない宝探しであった。
「別の場所でもう一度トライしてみましょう。」
そうした鬱屈した沈黙を破ったのは茜であった。茜の言う通りであった。たった1回の調査で見つかると考える方が甘い。調査はまだ始まったばかりであった。茜の言葉に、教授は我に返ったかのように新たな指示を出した。
「よーし、操舵手、前進だ。」
その声で潜水艇はゆっくりと前進を始めた。この潜水艇には移動用の小さなスクリューが付いており、海底で少しばかりの移動が出来るようになっていた。潜水艇は林立するチムニーの間を縫うように進む。辺り一帯は不気味に静まり返り、チムニーのてっぺんからは熱水が静かに立ち上っていく。潜水艇が進むにつれ、海底に堆積した泥が静かに舞い上がる。太古の世界から訪れる者もなかったこの闇の世界に突然の来訪者が侵入してきた。驚かされた異形の深海生物たちが四方に散り散りに身を隠していく。
そんな様子を小窓を通して見ていた4人は、やがて巨大な海底の絶壁を目の当たりにした。その壁は海底から垂直に上方向へと切り立っているが、限られた光ではどの程度の高さのものか想像も出来ない。ここから先は完全な行き止まりとなった。もはや引き返すしかない。その時である。
「あれは何かしら?」
茜が叫んだ。見れば、絶壁の底の辺りの海底の裂け目が次々と盛り上っては崩れ、また盛り上っていく。盛り上がりが崩れる度に白い泡がブクブクと立っていく。岩の割れ目からは赤い光がチラチラと見えた。
「海底火山だ。地殻の割れ目からマグマが噴き出している。」
洋一が叫んだ。潜水艇は巨大な海底火山の縁まで来ていたのである。地下から噴き出すマグマはあっという間に海水によって冷され黒く固まっていく。その塊を押しのけるように次から次からとマグマが押し上がってくる。4人は生きた地球の息吹を目の当たりにした。
「レッドアラーム。温度が急激に上がっています。このままここにいるのは危険です。」
操舵手が絶叫した。彼の言う通りであった。潜水艇はまさに活火山と目と鼻の先の位置にいた。地上であればマグマの反射熱でとっくに焼け焦げていた距離である。ただ、ここは水の中、しかも400気圧を超える超高圧下である。かろうじて艇は安定を保っていた。
「ここでサンプル採取出来ませんか。」
茜が懇願した。
「馬鹿な、ここで死にたいのか。こんな地獄に生き物なんかいやしない。」
操舵手が再び絶叫した。
「どのくらいもたせられる。」
教授はそう叫びながら、自らがアームの操縦かんを握りしめた。操舵手はしぶしぶ潜水艇の後退を止めた。教授は慎重にアームを操作すると、マグマが噴き出すすぐ脇の泥の中にスロットを打ち出した。
その瞬間、目の前の絶壁がグラリと崩れ、真っ赤に燃え盛るマグマがベロリと水中に顔を出した。海水に触れて一瞬にして冷却化されたマグマは、水蒸気爆発を起こして周囲に強烈な衝撃波を送り出した。みしっという音とともに潜水艇が大きく左右に揺れ、艇内の4人全員が床に投げ出された。
「何が起きた。」
鳴り響く警報音に続いて、艇内に母船からの声が届く。
「全速後退。」
操舵手の声と同時に、潜水艇がゆっくりと後退を始める。次の瞬間、海底にそそり立っていた絶壁の一部がドドッーと崩れ、たった今潜水艇がいた場所は舞い上がった海底の泥で全く何も見えなくなった。まさに間一髪、潜水艇はもうもうと上がる水煙の中からチムニーの林へと後退した。
「あんたらのお陰で、もうちょいでお陀仏だったぜ。全く自殺行為もいいところだ。」
操舵手は教授の胸座を掴みそうな勢いで、食って掛った。
「すまん、すまん。じゃが見事な操縦だったよ。ありがとう。」
教授は謝罪の言葉を繰り返すそばから、悪びれる様子もなく回収したスロットの方に神経を注いだ。教授は震える手でスロットの蓋を開くと、中の堆積物から耳掻き一杯ほどのサンプルを抜き取った。そして再び顕微鏡にガラス板をセットした。今度こそ。洋一と茜は、身を乗り出して教授の脇に詰め寄る。またしても一瞬の緊張が走る。
教授は一心不乱に顕微鏡を操作する。目指すものはあったのか。しかし、教授の目はなかなか顕微鏡から離れない。2分、3分と時間が過ぎる。洋一と茜のイライラも次第に高じていく。時計の針が5分目を刻もうとしたその時、ようやく教授の目が顕微鏡から離れた。教授は一言も声を出さず、茜に向って覗いてみろとばかりに目配せした。
茜は恐る恐る顕微鏡に目を近づけた。丸い円形の画像の中には茶色いゴツゴツした岩のような物体が見える。しかし、目を凝らしてよく見ると白っぽい球形の物体がプヨプヨと蠢いているのが見えた。やや半透明のその物体は間違いなく細胞壁と核を持っていた。さらに細かく観察すると、核の脇に見覚えのある白く輝く小さな粒が見えた。まるであこや貝の中に抱かれた真珠のように、バクテリアが動く都度その白い粒はコロコロと転がるようにバクテリアの体内を移動した。
茜はゆっくりと顔を上げると、教授の方を向き直った。教授は黙ったままニヤリと笑った。続いて洋一が顕微鏡を覗き込む。3人はしばらく無言のまま発見の喜びを分かち合った。どれほど時間が経ったであろうか。最初に口を開いたのは教授であった。
「おめでとう。すごい、本当にすごい発見だ。」
教授は興奮をどう表現していいか言葉を探しあぐねているかのようであった。白い顎鬚がひくひくと波打った。茜は言葉を失ってひたすら感涙した。洋一は黙って大きく深呼吸した。3人は、しばらくこの海底の密室で世紀の発見の瞬間を喜び合った。幻のバクテリアが今2億年の眠りから覚めた。しかも、この事実はまだ世界中でここにいる4人しか知らない。これから先、このバクテリアが人類にもたらす恩恵を考えると、計り知れないものがあった。
しかし、3人にはゆっくりと感傷に浸っている閑はない。潜行が始って既に4時間が過ぎていた。まだこれから海上まで2時間、そして日本の領海から出るまでに更に2時間、バクテリアを無事に日本の国外に持出せる保証はない。
「よーし、今から浮上する。全速だ。」
教授は、ようやく平静に戻って潜行調査の終了を宣言した。
「オーライ、オーライ、ストップ。ドッキング完了。」
潜水開始から9時間、潜水艇ヨークシャーは無事海上に帰還した。小窓から見える外の世界は既に夜も明け、さんさんと照り輝く陽光が眩しいほどに輝いていた。4人の乗組員たちは茜、教授、洋一、操舵手の順にハッチへ通じる階段を上る。教授の手には今採取したばかりのサンプルの瓶がしっかりと握られていた。4人は意気軒昂にハッチに渡されたステップを踏みしめると、次々と後甲板に降り立った。その顔は、皆一様に大仕事を終えた満足に満ち溢れていた。しかし。
「長い間の潜水、ご苦労様。」
その4人を出迎えたのは意外にも1人の女性であった。洋一と茜はその女性の姿を見て仰天した。
「葛城さん、どうしてあなたがここに。」
「津山さん。あなたもお人の悪い方ね。こんなことをして何になると思ってらっしゃるのかしら。もう日本は後戻りできない道を歩み始めたの。」
桂子は腕組みしたまま、横目でゆっくりと4人の方を見ながら2歩3歩と甲板の上を近付いてきた。桂子の脇には黒のスーツに身を固めた屈強そうな男どもが5~6人付き従っていた。一瞬にして洋一と茜はその連中が、以前下田の市場で見かけた連中だと悟っていた。
「あいつらは誰だ。どこから来た。」
教授は突然の乱入者に驚いたように声を荒げた。教授の問いに答えようとする洋一を差し置いて口を開いたのは葛城桂子であった。
「私は日本の外務省の者です。遺憾ながら日本の排他的経済水域への不法侵入ということであなた方を拘束します。それからあなた方この水域で得たもの全ての引き渡しを要求します。お分かりかしら。」
桂子は自信たっぷりに不遜な笑みを浮かべて見せた。
時間切れ。3人は一瞬にして状況を理解した。予定より早く日本の当局者が到着してしまったのである。いや、むしろ当の最初から全てが監視されていたのかもしれない。葛城桂子がここにいること自体も不自然と言えば不自然であった。
「葛城さん。あなたっていう人は。折角地球を救えるかもしれないっていう時に。あなた程の人がどうしてこんな簡単な判断が出来ないんですか。」
洋一は桂子に食ってかかった。
「津山さん、あなたは単純ね。地球の温暖化が避けられればそれでいい。ただそれだけ。でもその先に何があるというの。」
桂子は、口元に片手を当てて少し考える仕草をした後、徐に口を開いた。
「それでこの日本は一体どうなるっていうの。戦争に負けた、資源のない、こんな小国がどんなに惨めなものか、外交に携わったことのない人間にはきっと分からないわね。私たちは日本の国益のために、いつも頭を下げることしか出来なかった。世界中どこへ行っても、常に白人社会は私たちの上にあった。そして、そんな私たちを国民たちは支援してくれるどころか、能なし外務省と見下しさえした。そんな折、地球温暖化が遠い将来氷河期をもたらすかもしれないという話を耳にした。私はこれだと思った。氷河期が来れば白人社会が終わる。そして日本の領土は大幅に増え、日本はアメリカと共に世界を制することができるの。」
桂子は自信たっぷりに持論をぶちまけた。洋一の頭にいつぞやの不遜な首相の笑みが浮かんだ。野心に満ちたその顔からは地球環境を守ろうなどという気持ちは微塵も見られなかった。桂子と洋一は後甲板の上でにらみ合ったまま対峙した。そこに割って入ったのはブラウン教授であった。
「済まんが、私はこれをイギリスまで持ち帰らにゃならん。どんな手段を使ってもだ。」
「それはどういう意味かしら。宣戦布告ということかしら。」
「君がそう考えるなら、そういうことかもしれん。我々はイギリスの空母に護衛されている。万が一にも君らに勝ち目はない。」
教授は自信たっぷりに胸を張って見せた。何やら急にきな臭いニオイが立ち始めた。イギリス政府は真剣であった。それもそうである。このバクテリアがイギリスに届かない限り、数百年後にはイギリス全土が厚い氷の下に葬られる。もうこれは単なる宝探しではなかった。国と国との争いであった。
「残念ながら、それはこちらの台詞ね。あなた方こそ逃げられないわ。私たちは、もう米国の太平洋艦隊に完全に囲まれているのよ。そちらがお望みならば。」
その時、上空を三機のヘリコプターが爆音を立てて通り過ぎた。船の上からでも輝く星条旗の印がはっきりと見えた。
「くそっ、騙したな。」
教授はほぞを噛んだ。
「いいえ、悪いのはあなた方の方よ。ご自分たちを泥棒猫とは思われないのかしら。さあ、サンプルケースを渡してもらいましょうか。」
桂子はついに目的のものに触手を伸ばした。教授は渡すものかとばかりに手にしていたサンプル瓶を後ろ手に隠した。屈強な男どもが銃を片手にそろりと足を踏み出した。双方の間に緊張の波が走った。
その瞬間である。教授の手からサンプル瓶をむしり取った茜は、目にも止まらぬ速さで力任せに後甲板の手すりに瓶を打ち付けた。男たちが銃を発射する間もない程の早業であった。鋼鉄製の手すりにぶち当たったガラス製のサンプル瓶は粉々に砕け散った。
「な、何をする。気でも違ったか。」
教授が絶叫するが、時すでに遅し。茜は返す力でサンプル瓶を海の彼方へと放り投げた。サンプル瓶は揺れる波間に落ちると、あっという間もなく海中に消えていった。その場に居合わせた全員が放心状態で沈み行くサンプル瓶を見つめていた。割れたガラスで指を切ったのか、茜の右手からはポタリポタリと赤い滴が甲板に落ちた。
「バクテリアは世界中の皆のもの。それが政争の道具に使われるなんて、私は絶対に許せない。」
茜の言うとおりであった。バクテリアは太古の世界から静かに深海底で生き続けてきた。誰の目にも触れることなく、ひたすら海中に溶けた二酸化炭素を糧として脈々と生き続けてきた。人類は今、目にも見えないその小さな生き物を巡って、殺し合いを始めようとしていた。人とは何と愚かな生き物か。
「さあ、帰りましょうか。もうここには用はないわ。後はあなたたちに任せるから。この方たちを公海上までご案内して差し上げて。」
桂子は静かに争いの終了を告げた。問題のバクテリアが海の藻くずとなって消えた以上、もうここにいる理由はない。桂子はそう言い残すと自らは早々に海上保安庁のヘリに乗り込んだ。結局、今回の一件は、イギリスの海洋調査船が誤って日本の排他的経済水域に迷い込んだため、海上保安庁の巡視船がエスコートして公海上まで送り届けたということにされた。
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