第1962話 認識のズレ

 肉体活性に魔力を注ぎ、ステータスにブーストをかける。肉体活性の良いところは、ステータス……肉体を強化した度合いによって、神経の面まで強化してくれるところだ。早く動けるようになっても、意識が体の動きについていかなければ、宝の持ち腐れになるからな。


 先ほどとは違い無拍子での袈裟切りとはいかないが、刀の速度だけ見れば今回の方が早い。初動が把握できずにいつ動いたのか分からない無拍子と、単純に刀の速度が速いというの比べられるものではないが、待ち構えているところへの攻撃だったら、前者の方が対応がし難いと思う。


 ライガの右肩に迫る俺の木刀。ライガは右肩を引いて左の肩を前に突き出す形で、半身になって俺の刀を躱す。


 左手で俺の右わき腹を突き刺すようなボディーブローを放ってきた。


 踏み込んで刀を振り下ろしたため、ライガから距離を取るという方法を取ることができなかった俺は、振り切った刀を強引に跳ね上げ、ライガの左腕を狙って振り上げる。左肘あたりと交差する軌道だ。俺の体にライガの拳が届く前に、肘を斬りつけることができる。これなら俺にクリーンヒット判定は出ない。


 実戦ならライガの腕は切り落とされる形になるが、模擬戦なのでクリーンヒットにならなければ、腕を失う判定にはならないので、仕切り直しということになる。無手の方が若干有利な判定だろう。


 ライガは躱せないと判断したのか、実戦なら右腕を捨てる覚悟で俺の右わき腹を殴りつける。


 先に俺の木刀が当たったため、俺へのダメージは大分抑えられたが、クリーンヒットと判定が出そうな威力のボディーブローだった。


 左肘を負傷したライガはそこで止まらず、距離を取らずに攻撃を仕掛けてきた。模擬戦だからできる攻撃だろう。本物の刀を使っていれば、ああいった攻撃は仕掛けてこないだろうし、自分の腕を失うような無謀な攻撃をすることは無かったはずだ。


 いや、回復ポーションはあるから、切れた所で生やすことが可能だな……そう考えると、腕を切られたくらいで止まるのは、間違っているな。実戦ならなおさらだ。自分の身を犠牲にしてでも、護衛対象を守るのがライガの役目だから、正しい考え方だな。


 本気になったつもりでいたが、自分の中にまだまだ甘さを残していたのだと理解せざるを得なかった。


 ライガのダメージは、左腕を動かすことは出来るようだが、戦闘に耐えれるほど甘い負傷でもなかった。それに対して俺のダメージは、右わき腹に多少軽減したとはいえ、ライガのボディーブローがはいり、戦闘機動を取ることが困難なほど、ダメージが残っている


 回復するまでに30秒はかかるだろう。その間、ライガの攻撃を凌がなければならない。


 動くだけなら素早く動けるライガに対し、俺は止まった状態で攻撃を凌ぐ必要が出てきた。


 ライガは、俺にダメージが残っていることを把握しており、回復する前に畳み込もうとしている。


 俺は木刀を正眼に構え、リーチの差を使い近付きにくくした。


 刀による斬りつけも怖いものだが、突きは動作が分かりにくく最短距離を突き進んでくるので、かわしにくい。突き技が剣道の試合では嫌煙されがちだが、剣道が生きるための殺し合いではなく、精神所業を兼ねた武道やスポーツであるからだろう。


 武道家が街の喧嘩自慢に負けるということは、それなりにあることだ。武道の道を究めた者でも……いや、極めたものだからこそ、相手を倒すではなく相手を制圧するという考えが念頭に出てくるものだと思う。ルールに守られた中で試合をすることと、ルールの無い世界で戦いうことは、似て非なる物だ。


 1秒も経たない間に、俺はそんなことを考えていた。


 武道がウンタラカンタラという部分ではなく、ルールの無い世界で戦う……という部分に意識が持っていかれる。模擬試合とはいえ、現状ルールと呼べるものは、バザールによるクリーンヒットの判定だけだ。試合ではあるが、何でもありなのだ。


 やっと、ライガと同じステージに立てたようだ。


「ライガ、すまない。本気でやりあうはずなのに、どうも俺は、考え違いをしていたようだ。やっとお前と同じステージに立つことができた。遅くなったが、準備が整ったよ」


 ライガは、俺のセリフを聞いてニヤリと笑う。


 俺がずれた考えをしていたことに気付いていたのだろう。この世界に来て、人を殺すことに躊躇を持っていなかったから、甘さは無いと考えていた。でも、そうではなかったのだ。


 ダメージの回復をはかっている俺に対しライガは、側面に回り込むように高速で移動を続ける。俺を中心に円を描いている形だ。高速で回転を強いられている俺は、目が回ることを嫌がり、回転することを止めた。


 背中側に回られれば、不利な体勢での迎撃になるのだが、そこは考え方次第だ。俺は動きを止め、西岸に構えていた木刀を、腰だめに構える。抜刀術の構えだ。


 抜刀術は、刀をさやから抜くときの反動すらスピードに変えて、最速の攻撃を仕掛ける技だ。木刀では鞘が無いので、真似をできない……わけではない。左手を鞘代わりに抜刀術を使うのだ。手袋もなしに使いたい技ではないが、戦いの最中にそんな泣き言は言ってられない。


 何で使いたくないのかと言えば、鞘代わりにした左手の手のひらが、拘束で抜き放つ木刀に擦れて、火傷をしてしまうせいだ。ステータスで頑丈になっている体でも、耐えきれないほどの熱を発生させるのだ。


 握る左手の力を多少抜けばいいという話でもない。抜いても抜刀術のようなことは出来るが、最速とは言い難いものになる。満足できる剣速を得るためには、左手の手のひらが焼き付くレベルで力を入れる必要があったのだ。


 動きを止めた俺に対してライガはセオリー通り、一番反撃のしにくい左後方からの攻撃を仕掛けてくる


 最速最短距離で肉薄してきたライガに対し俺は、自分の正面に対して抜刀術を放つ。


 一見無意味とも思える行動だが、この攻撃のミソは刀の軌道だ。木刀の速度と重さと遠心力を使い、踏み込んだ右足を軸に回転したのだ。回転しやすいように踏み込んだとはいえ、ここまできれいに回ったことに自分自身でも驚いている。


 肉薄してきたライガの腰を薙ぐように木刀が走り、回避しきれなかったライガは、膝をあげ両手で木刀を押さえるように動かした。


 手で受け止め膝位置で木刀を防いだがその代償に、両手の指の骨が折れていた。ショックを多少吸収した状態で当たった膝もひびが入っていた。


 そして、俺の持っていた木刀は、柄から上の部分が粉砕して跡形もなくなっていた。


「今のは文句なしに、シュウ殿の勝ちでござるな。ライガ殿は、決めに走ったのが敗因ではないでござるかね?」


「焦ったつもりはありませんが、あそこまで力の乗った攻撃が、攻め込んだ場所に届くとは思いませんでした。シュウ様の本来の武器であれば、確実に体が真っ二つになっていました」


 俺が完全装備なら、ライガも完全装備なので、さすがに真っ二つは無理だ。そもそも切れる素材を使ってないからな、衝撃を殺しきれないが、切ることは不可能なインナーを着ているからな。可能性があるなら、突きによる攻撃だな。切らずに穴を広げて突き刺す形なら……


 バザールに回復魔法を使ってもらいながら、今の試合について振り返った。

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