第848話 結局……

 戦争までの数日間、ゼクセンの領主には、戦場予定場所に来る以外の大きな動きは見られなかった。


 戦争までに動きがあったのは、王国の真紅の騎士団の御一行と、国王に雇われたトリプルの冒険者が、戦争を行う場所に到着して、騎士団長が挨拶にきたのだ。前回は確か10人ちょっとで来ていたのに、今回は100人近くも連れてきている。そして、前に会った時よりレベルが高くなっていた。


 気になるのは、騎士団の中に10~30の人間が20人程いるのが気になった。遠目に観察しても、騎士団員とは思えないような体格の人たちなのだ。


 国王に雇われたトリプルの冒険者は、1人で俺らが捕まえたクズ共を相手に出来るか微妙だが、一対一なら確実に圧倒するくらいの実力の持ち主だという事が分かった。


 マップ先生で予想はついていたけど、騎士団長と一緒に来た時にツィード君が、コッソリ鑑定をしていたのを聞いて確信した。マップ先生が絶対でない事は、奴隷兵のマップ先生から逃れる装備から把握しているので、可能な限り情報収集を行うようにしている。


 聖国のバカげたトリプルの冒険者とは違い、普通に強い範疇の相手で良かった。


 戦争前に真紅の騎士団立会いの下で、戦争の条件を確認した際に、ゼクセンの陣営に冒険者の様な格好をした人間が多い事を尋ねてみると、あいつらは全員養子だという事だ。真紅の騎士団に確認した所、血縁者なので問題はないという事になったが、もし負ければあの冒険者たちも俺の奴隷という事になる。


 準備も完了した所で、口上戦をしなければならないようだ。初手は向こう。


「下賤の分際で、私に歯向かおう等と片腹痛いわ! 金は持っているようだが、人は集められなかったようだな。集まったのは、女子供だけか。私への献上の品としては、強そうな従魔に獣人共もいるが見た目は悪くないから許してやろう。お前には、死ぬまで厳しい仕事をしてもらうぞ!」


 今回は、全員ドッペルで来ている安心感か、妻たちの事を言われても、ムカつきはするが沸騰した感じにはならなかった。


「養子の冒険者のみなさん、一応聞いておきます。この戦争にまければ、あなたたちが奴隷になる事は知っていますか? もし騙されて契約をしてしまったのであれば、ここには真紅の騎士団もいますので、おそらく契約を無効に出来ますよ。今一度戦争に参加するか考えてくださいね。時間はそうないのでお早めに」


「貴様! 私を無視するとは、いい度胸だな! 貴様は犯罪奴隷として、私自ら調教してやろう! 私に歯向かった事を後悔するがいい! 貴様の前で、女共を犯させるのもいいかもしれんな」


「ん? なんか言っている奴がいると思ったが、こんな所にいたのか。あまりにも体格がよかったので子供のオークと勘違いしていた。お前が人間だったなんてな……こんな男の家族を奴隷にしてもしょうがないか。どうせ、犯罪奴隷になるんだから死なないようにこき使ってやるよ」


「ぎざま! 私をオークの子供と勘違いしただと! 無礼にも程がある! お前は見せしめに殺してやるからな!」


「おっと、問題発言だぞ。いくら犯罪奴隷でも、犯罪の罰として奴隷になるのだから、故意に殺すのは犯罪なんだぞ。殺さないで、最低限の生活の保障さえすれば問題ないんだけどな。ん、あ~すまん。オークに人間の法律の話をしても分かるわけないか! これは失礼した」


 俺がそういうと、俺の陣営と真紅の騎士団の陣営にいるトリプルの冒険者から失笑が出た。


「貴様ら、私の事を笑ったな! 折角生かしておいてやろうと思ったが、気分が変わった。皆殺しにしてやる!」


「お? お前の陣営から離れてく集団があるけど、大丈夫か?」


 ゼクセンの領主と口上戦をしている間に、1つのパーティーが戦争から離脱するようで、真紅の騎士団の元へ慌てて駆け寄っていた。50人近くいる冒険者の中で、唯一の獣人たちで結成されたパーティーだろうか? 6人の獣人冒険者は、真紅の騎士団に必死に訴えかけているように見えた。


「なっ! あの腐れ獣人共! 戦争が終わったらただでは済まさんぞ!」


「いや~、あの冒険者たちは、賢い判断だと思うぞ。他の奴らは、こんなオークのために奴隷になるんだからな。いや待てよ? こいつをオークと一緒にしたら、オークに失礼だな。オークにとっても心外だろうから……クソ野郎でいいか」


「お前は、それしか言えんのか? 下賤な輩はこれだから困る。高貴な人間の私に向かって、無礼ばかりを述べるのだからな。もう謝罪をした所で許してやらん。死ぬまで今日の事を後悔するがいい」


 あれ? 怒り過ぎてゲージが一周してしまったか? 先ほどまでとは打って変わって、冷静な様子に見える。もう少しからかってやりたかったが、ここまでだろう。


 予定通り、ゼクセンの後方から俺たちの最後の戦力がこちらに向かってきているのだ。ナイスタイミングだろう。からかっている間に到着させる予定だったけど、あいつが冷静になったから、ちょっと失敗してしまった感があるな。


 戦力と言っても、今集まっている中でヒエラルキーは一番下なんだけどな、見た目に分かりやすい強さがあるワイバーン一家が到着した。


「ようやく、俺の最後の戦力が到着したな。クソ野郎、後ろの空を見てみな。俺のペットのワイバーンたちだ。この戦争のために、わざわざ連れてきたんだよろしく頼むぜ。めったに見る事の出来ないワイバーンを、拝めてよかったな。じゃぁ戦争を開始しようか」


 ゼクセンの領主は、何かを言っていたが、もう俺には届かない。真紅の騎士団の所へ行った冒険者たちは、安堵したのかガッツポーズをしていた。ルールの抜け穴を利用して、戦争に参加しようとしていたのだから、何かしらの処罰はあるだろう。でも、奴隷に落ちるよりはマシだろうな。


「よし、ワイバーンたちは……俺らの後ろに着地しておいてくれ。戦場から逃げ出そうとした奴らがいたら、囲うように戦場に戻させてくれ。


 それでも逃げようとするなら……スライムたちも付いて来てたのか。お前らに無力化してもらおうか、頼むぞ! さて、舐めているわけでは無いが、どうやって戦闘をしようか? 一気に蹂躙するのがいいかな?」


 年少組と土木組は、『オークさんたちは、きちんと食材を落とすんだから、あんな奴と一緒にするのはかわいそうだよ!』とか言っている。普通の女性から見れば、オークは連れ去られて犯され孕まされる、嫌われるべき存在なのだが、この子たちにとってはただの食材のようだ。


 そんな事を考えていると、コウとソウに押されてチビダマが俺の前に来た。


「ダマ……どうしたんだ?」


『主殿……先輩の皆さんは「面倒だからお前が行ってこい」との事で、こんな状況ですにゃ』


「そっか、お前が行ってくれるのなら問題ないだろう。元の姿に戻っていいから戦闘してこい。もし危なそうになるなら戻ってこい。残りは片付けてやるからさ」


『主殿まで……仕方がない、行ってくるにゃ』


 小さい見た目のまま、哀愁漂う背中をしながらトボトボと歩いていく。

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