第2話 護符の秘密

 夏が来て、今日は七夕節。泰極の二十三歳の誕生日である。


 泰極は、桜と共に辰斗王に呼ばれた。広間には三人だけ。辰斗王の前に、泰極と桜が並んで座っている。


「二人とも、今日まで肌身離さず身に付けてきた護符を出しなさい。」

泰極は、いつも穏やかで優しい父の声が、今日は少し強ばった低い声だと感じた。


 二人は、首から下げている護符を外し辰斗王の前に出した。

 桜は紅珊瑚の護符。泰極は真珠の螺鈿の護符。共に勾玉のような形をした丁寧な細工の美しい護符だ。それぞれの護符の勾玉の丸い型の方には小さな円があり、紅珊瑚には真珠の螺鈿の円。真珠の螺鈿には紅珊瑚の円が細工されている。


「それは二人がまだ幼き日に、私と桜の父とで用意した物だ。

 二人が必ずまた巡り逢えるようにと願いを託した特別な物で、二人が再会した時に互いの身を明かす物として持たせた物だ。」



 泰極は、その日の事を思い出した。


「これを父上が渡してくださった時、とても大事そうに真剣な顔で手渡してくれました。決して身から離さぬようにと仰って。」

「泰極、あの日の事を覚えているのか? お前は一度、桜に会ったことがあるのだぞ。あれは・・・ お前が六歳になる歳の春だった。」


泰極は、さらに記憶をたどった。


 しばらく張りつめた空気が三人を覆ったが、急に目を見開いた泰極は、


「七杏・・・ あの時の赤ん坊が、やはり・・・ 桜だったのですね。」

「あぁ、そうだ。あれから間もなく、桜を黄陽国へ逃がしたのだ。その身の病の治療のためと安全に生き延びてもらう為だ。そして今、無事に生き延びこの国へ戻って来た。蒼天に帰って来たのだ。あれから十七年。私も力を付けた。今なら十分に二人を守る事が出来る。」

「父上・・・」

泰極は言葉を詰まらせた。



 そこへ侍従がやって来た。


「辰斗王、空心様が参られました。」

「うん。空心様。どうぞ中へお入りください。」

中から辰斗王の声で招かれ、空心が部屋へ入る。空心の目に、辰斗王の前に座った桜と泰極。その前に置かれた二つの護符が写った。


「空心様、今日で泰極も二十三歳になりました。もう十分に大人になりましたので、二人に全てを話そうと思います。どうしても空心様にお立会い頂きたく、お呼び立て致しました。」

「そうでしたか。泰極様、おめでとうございます。今日までお健やかに成長されました事、お慶び申し上げます。」

空心が祝いの言葉を贈ると、泰極は空心に向き直し、

「空心様、これも皆様のお陰様にございます。」

と黄陽の言葉で返した。空心は微笑み大きく頷いた。


「こうして改まって辰斗王とこの部屋に居りますと、十七年前のあの日の事を思い出します。」

「えぇ、空心様。そうでございますね。今日は全てを二人に話しますが、桜はまだ言葉が分からぬ所もあろう。空心様、そこは添えてやってください。桜にもしっかり聞いてもらわねばなりませんから。」

「分かりました。そう致しましょう。」

 辰斗王は空心に頷くと、ゆっくりと話し始めた。



「桜、よく聞きなさい。そなたの本当の名前は ‘七杏 qixiing’ だ。これは知っているね。そなたはこの蒼天で産まれた文世と芙蓮の娘であり、泰極の許婚なのだ。

 病の治療を終え無事に蒼天に戻り年頃になった今、どうか許婚の約束を遂げて欲しい。だが、そなたを泰極の許婚としたのも異国へ送り故郷や両親、当の泰極とも引き離して育つ境遇にしてしまったのは私だ。今更、勝手な物云いと願いである事は十分承知している。

 だから、そなたに嫌だと云われたら返す言葉もない。それ以上の無理強いも避けたい。だが・・・」

突然の辰斗王の告白に言葉も見つからず、桜は黙ったまま一点を見つめている。それでも辰斗王は続ける。


「七杏、そなたが産まれて七日目の夜、そなたの父と共に龍峰山に上り神仙様に会い、そこで賜ったのがその〈紅真導符-フォンヂェンダオフ-〉だ。紅真導符には、託された二人が必ずまた巡り逢えるように法力が封じられておる。だから我々の願いを託し二人に其々を渡したのだ。」


「父上、この護符は我が身を守るだけではなかったのですね。ですがなぜ、そこまでして私と七杏を娶わせたかったのですか?」

「うん。泰極よ。七杏の父、文世は、私にとって無二の信頼できる男だ。幼き頃より共に過ごし文武を競った仲でもある。互いの子どもには、私たちのように真心で繋がり合える者と一緒になり、添い遂げて欲しいと願っていたのだ。」


「文世様は、私もよく存じております。幼き頃より好くして頂き、身内のように慕って参りました。」

「そうだな。だが泰極、私と文世の友情を快く思わぬ者もいたのだ。だから互いの子らが婚姻となれば、いずれ七杏にも危険が及ぶ。幼き頃より許婚として公にすれば命まで狙われるであろう。

 残念ながら今年の端午節では、その心配が現実になってしまった。七杏には大変な想いをさせてしまった。本当にすまなかった。

 泰極、お前が産まれてから今日までの間、お前との縁談を王府に持ち込む者がいかに多くあったことか・・・」

「父上、そのようにお心を痛めておいでだったのですね。知らなかったとは言え、お力になれず申し訳ございません。」


「はははっ。よいよい。これも親になれたからこその気苦労だ。泰極、お前が気に病むことではない。」

これまで黙って聞いていた七杏は一言、涙で滲んだ声を上げた。


「ありがとうございます。辰斗王・・・」


「七杏よ、そのように想ってくれるのなら私もひと安心だ。ありがとう。そなたの七杏という名も、私と文世が我々の勝手な願いを込めて付けたものだ。泰極の名もそうだ。

 いずれこの王座を継ぎこの国を担って立ち、蒼天国を導く者になるよう北極星にあやかって付けた。そして、文世に女の子が生まれたと聞いた時は心より喜んだ。必ず北斗七星のように泰極の側で互いに見つめ合い共に過ごして欲しいと、文世と願った。だから‘七星 qixing’と似た響きの名を付けた。そなたが産まれた上巳節にそう付けたのだよ。七杏。」


 桜は・・・ 七杏は静かに涙をこぼしながら辰斗王の言葉を受け止めていた。


「もっと詳しい話をしなければいけないな。そなた達の空白の時間の話を・・・ 

 少し長くなるが聞いて欲しい。大事な話だ。さぁ、茶を用意しよう。これから、お前たちの十七年分の話をしよう。」


 辰斗王は自ら茶を淹れ一口含み、目を閉じて天を見上げる。そしてゆっくりと語り出した。


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