第40話

 もうどれくらい経ったのか。息が切れ切れで興奮がおさまらない。あの強盗事件で竹刀は握ったものの、それとは違う剣道の試合。手や腕が痛い。髙橋もすまん、体借りて。汗もたくさん流れる。


「すげぇな、髙橋……最初は手加減してたがこんなに強いとは。素人には思えない無駄のない所作」

 頭の防具をつけたまま、湊音もすごく息が荒い。


「……湊音先生もさすがです」

「さすがって言われたくねぇよ……素人同然のお前にほぼ負けて悔しいっ」

 しまったな、久しぶりだったから手を抜かずにやってしまった。相変わらず湊音の悪い癖を突いて負かせてしまった。

 俺はもう暑くて防具は外したが湊音は脱がない。

「……湊音先生、脱いだら?」

 首を横に振られた。……もしかして。


「なんか懐かしいんだよ。髙橋なのに……何故か……大島先生みたいな気がしたんだよ。先生の防具と背丈が一緒だからかな。だから……だから……」

 泣き声だ。こいつは試合に負けて悔しかったり、きついこと言われて泣くときは防具を脱ごうとしない。俺は取ってやった。


 やっぱり泣いていた。汗をたくさん流しつつも、ぐちゃぐちゃに。


「それに髙橋は右利きなのに……左利きの持ち方……声の出し方も、踏み込み方も全て何もかも大島先生っ、そのものなんだよっ……」

 湊音、泣くな。みっともない……が俺も涙が出てきた。


 一年半ぶりだ。お前と試合ができてよかった。最高だったぞ。俺は抱きしめてやった。体格も前よりも断然良くなっている。高校生の頃から知っている。チビで弱かったお前がここまで強くなるとは。まだまだだけどな!

 ほぼ一人でこの剣道部を仕切ってたんだろ、よく頑張った。お前の努力、すごいぞ。


「うわぁあああああん」

 湊音は俺と二人きりであることをいいことに声を出して泣いた。泣き虫、これは昔から変わってないな。



「あのー、お取り込み中……すいませんー」

 ん? 誰だ。入口を見ると倫典がいた。スーツを着て。営業中に寄り道か。湊音は俺から離れて頭のタオルを取り、顔を拭いた。


 ちなみに湊音と倫典も俺の教え子であって友人同士である。

「なんで倫典ここにいるんだ」

 それも俺が言いたいが、きっと俺のことを気にしてきてくれたと思おう。


「いや、一応僕はここの保健室のお薬や備品を取引している業者だよ」

「そ、それは知ってるけど不法侵入だぞ……仕事中だろ、お前も」

「いや、湊音がどこにいるかなーって聞いたら剣道の道場にいるって聞いたから。あ、あと髙橋くんとはお友達だから」

 そうそう、そうだった。湊音はタオルで顔を拭いても目の周りは真っ赤なままである。


「いやー二人とも汗たくさんかいてるねぇ。さっぱりしたでしょ」

 相変わらずヘラヘラしてやがる、倫典。すると湊音が立ち上がった。


「倫典、お前時間あるだろ? 袴と防具着てこい」

「えっ……何? 何?」

 湊音が笑った。と思ったら

「お前をめっためたにやっつけないと気が済まねぇ!」

 しまった、湊音は大の負けず嫌いだった……。

「ちょ、僕は様子見に来ただけだったのにぃ」

 って俺を見ても知らんぞ。


「まぁ、頑張ってー見てやるから」

「そんなぁー!!」


 もちろん倫典はコテンパンに湊音にやられるのであった。別に俺は恨みはないぞ。目の前で三葉とやったこと以外はな!






 夕方になり、待っていた倫典と共に学校を後にする。たった一日だったがとても充実しすぎであった。満足、満足。


 とりあえず左腕や手は倫典が持ってきた湿布を貼っておいた。これは気休めでしかないが。


「ほんと最悪だよ。久しぶりの剣道で湊音にコテンパンにやられて……八つ当たりもいいとこだぜ」

「おもしろかったなー」

「酷すぎるぜ……まぁどうでしたか? 高校教師ライフ」

「やっぱいいな、教師って」

「そうなんだ。教師ってガミガミ怒ってるイメージしかない……て大島さんのことだけどさ」

 なんだと、このっ! まぁちょいと楽しませてもらった。髙橋もありがとうな。


「じゃあもういい? 外すよ」

「……ああ。髙橋にはなんとか上手く話してくれ。とりあえず気になるところはメモを学校に置いておいた」

「了解。お疲れ様……」

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