潜入

第29話

「美守、こんなに目を真っ赤に晴らしちゃって。そんなに悲しかったのね……本当優しい子」

 俺はまた美守の体に入る。そして今いるのは……。


「目を冷やしてあげるね」

「ありがとう」

 ここは美帆子と美守の家。アパートの一室である。普段はここの部屋で住んでいるのか。質素な生活だが散らかっている。やはり仕事が忙しいんだろうな、美帆子。参考書やテキストやプリントが散らばっている。


 そして今、美帆子の膝枕で仰向けになっているという大人では相当経験のできない状態である……おい、俺には三葉という妻がいるというのに他の女にうつつ抜かして何してる。

 美帆子と三葉が大学生で彼女が教育実習生として俺が働いてる高校に来て出会ったのが最初だったんだが……三葉とはその数年後に婚活パーティに出会うのだが、実のところ当時はあまりツンツンしてない防御力が高そうにない美帆子がタイプであったのは秘密だ。



 ……今は美守なんだ。

 あぁ、いい肉厚の太ももだ。そしていい匂いがする。三葉とは違うタイプのいい匂い。おいおいダメだろ、もうすぐ結婚する女性にはしたないことを。って美守は小橋を嫌がっている。


 美守、俺は約束は覚えているぞ。結婚をやめさせる……という。まぁちょっといけすかねぇやつだって分かったし、美帆子もなにか悩んでるようだが、しっかり、内面を知らないとやめさせるにもやめさせられない。


 が、その前にその膝枕をしばらく堪能させてくれ……ああ、最高に幸せだぞ。

「あれ? 美守……なんか顔も真っ赤? 気のせいかしら。やだ、鼻血!!! のぼせちゃった?! なんで?!」

 へっ? 指で鼻ら辺を触ったら血が流れてた。


 どんだけだよ、俺は……。


 鼻にティッシュを詰められ、目は何度か冷やしてもらい、今は普通の子供枕を頭に横たわっている。その間に美帆子は台所に向かったようで包丁の音、何かを煮込む音、そしていい匂いが。ふと部屋の隅々を見ると段ボールがいくつか。引越し業者の名前が書いてあるから結婚を機に引き払うのであろう。

 そうだよな、相手は全国区の塾の経営者。……いいところに住むんだろうなぁ。


 住むところ食うところには困らないのが一番だぞ、ローン地獄でカツカツになるよりか……ってこんな時に俺のマンションのローンことを思い出す。ローンに入院費って、あぁ。倫典と三葉だけで返すんだよなぁ。だったら倉田の財力だったら……ううむ。


「美守、どうしたのそんな怖い顔して。また鼻血出すよ」

「大丈夫ー」

 いかんいかん、ここでは俺の話は置いておいて。そうだ、首輪ってどこにしまってあるんだ。……あ、左のポッケにあった。覚えてかないと。落としたら誰もヘルプのないまま何かあったらいかんし……。


『お前は誰だ』

「うわぁ……」

 妖怪っ!? シーって言われてもさ。

「美守、またどうしたの?」

「なんでもないよ、虫がいたから」

「虫は無視よ〜」

 駄洒落か……。あっさりと美帆子は台所に戻っていった。来なくていい。俺の横には妖怪がいる。妖怪なんたらババアだ。幽霊だけでなくて妖怪も見えるのかっ。


『うちの孫に乗り移って何をする気だね』

「孫……? お前は誰だ」

『お前こそ誰だ。美守の祖母だ』

 ……祖母、なんだ妖怪じゃないのか。どう見ても妖怪だと思ったがそれを知られては命は無いだろうな。


『妖怪かと思ったか』

 うわ、バレてる。心は読めるのか。

「いや、別に。俺がみえるのか」

『あぁ、どうみてもおっさんが目の前におる』

 おっさんて言うな、ばば……って美守のおばあちゃんにひどいこと言っちゃダメだな。そういえば家で1人でいる時におばあちゃんもいて退屈しなかったって言ってたのはこういう事か。

『美守はわしのこと美帆子の母親だと思っておるが本当は美帆子のおばあちゃんなんよ』

「なんでこの家にいるんだ」

『そりゃ孫とひ孫が心配だからだよ。私の娘は行方くらましておるからなぁー。まぁ美帆子が大学生の頃からだからなんとか生活できたみたいでな』

 それは知らなかった。教育実習の時には特にそんなことも言ってなかったぞ。学校終わって飲みにいった時でさえも。


 もしかして……今いる部屋の横に和室がある。そして小さな仏壇、そして写真はこのばあちゃんが写ってる。骨壷もあるってことは……。

『私が死んだのは10年前。90歳の時。美守生まれる前。このアパートは私の息子が家族で住んでいたけど……美穂子にとっては叔父、美帆子の母親の一番下の弟に当たるんじゃが、美帆子が離婚して女手1人で赤ちゃん抱えて住むところがなくて大変だからって単身赴任で引っ越すからここを貸してたんだよ』

 なんとなく見渡すと家具のセンス的に美帆子にも似つかわしく、子供向けの家具も少ない気がしたのも納得がいく。


「じゃあ今度美帆子結婚したらこの仏壇は、ばあちゃんはどうするんだよ」

 ばあちゃんはふぅ、と座布団に腰掛けた。生きていたらばあちゃんも100歳か、だから妖怪……むにゃむにゃ……。


『1人じゃよ。まぁーねぇ、息子夫婦も忙しくて家を開けていたし1人でいるのも慣れておる。ここ数年は美守の赤ちゃんの頃から今まで一緒に入られたから寂しいのはあるけどね』

 ……そうだよなぁ。ずっと孫の美穂子とひ孫の美守のそばにいたからもう帰ってこない2人のところにずっといても寂しくないのか。


「ばあちゃんはなんでここにいるんだ」

『それは私が聞きたい。90年生きて仕事も恋愛も結婚も4人の子育ても趣味も好き勝手してやり残したことはなかったはずじゃが。子供の頃から一番慕ってくれた孫の美帆子とその子供の美守が幸せになるまで成仏できないねぇ』

 ……ばあちゃんのやり残したことはそれなのか。たくさんやり残したことのある俺よりもシンプルである。


『にしても結婚相手の相手……心配でしかたがない』

 ……ばあちゃんも心配しているのか。

『美帆子はこの仏壇も持って行きたいって言ったのに相手は断固拒否したんじゃよ』

 ……!!!!!

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