第9話

 ん? いや視点が変わらない。なぜだなぜだ。スケキヨのままだぞ。おかしい、スケキヨに三葉は簡単に、ってそんなこと言ってもいいか分からないが、乗り移れたのになんで倫典はダメなんだ。もう一度、もう一度……あ、待てよ行かないでくれ。

「じゃあスケキヨ、この皿に猫ゼリー入れておくね」

 うおおおおおお、猫ゼリーが皿の上にニュルっと! うおおおおお、食べたい。今すぐ食べたい。本能がままに皿の上の猫ゼリーを食べた。気がおかしくなるほど頭の中は猫ゼリーでいっぱいだ……だめだ、2人とも外に出ていってしまう。このままだと雰囲気良くなったら三葉はホテルに連れ込まれて……!!!


 バタン!


 ドアの閉まる音……あぁ、だめだ。猫ゼリーが憎い。今回の猫ゼリーは少し甘みが強かった。あんな物に気を取られて情けない。悔しい。


 バタン。


 ん? 足音が近づいてくる。三葉だ。

「もー忘れるところだったわ」

 何かを忘れて取りに来たんだな、おっちょこちょいだな。美人で聡明だがたまに抜けたところがある、そこが君のチャームポイントだった。


 いやそんなことをほざいている場合ではない、しょうがない。三葉に乗り移るしかないか。三葉はアクセサリー置き場からネックレスを首にかけた。そんなの付けていたっけな。


 まぁいい。三葉、乗り移るぞ。













「お待たせ」

 倫典の高級外車に少しビビりつつも助手席に座る。この車にたどり着くまでいつも履いているヒールで向かうのはたやすくなかったが彼女の筋肉の癖があっという間に慣れてしまったのかなんとか歩けた。しんどい。


 他の人間の前で三葉に乗り移っているのは初めてだし、彼女の所作と言葉遣いでないとバレてしまうから気をつけなきゃな。

 三葉の着るワンピースは丈が短くて下着が見えてしまいそうだ。いつもそう思っていた。見えそうで見えない、このむちむちの太もも。胸の谷間もチラチラ見えて。


「三葉さん?」

「あ、おう」

「おう?」

 しまった、つい俺の受けごたえで答えてしまった。ヤベェ。声は三葉の声だが。

「お、おおお! この車すっごく乗り心地良くて綺麗でいいよねぇ」

「……三葉さん、またそう言ってくれてありがとう」

 ん?


「また?」

「じゃあ行きましょう」

 またってなんだ? 一度以上、三葉はこの車に乗っていたのか。やけにこの椅子と三葉の体がフィットするのは気のせいか?


「三葉さん、このブランケットを膝にかけて」

「あ、ありがとう」

「いえ……この色は三葉さんに似合うと思って」

 ふさふさのワインレッドのブランケット。三葉のイメージはこうなのか。足元を隠せるから俺も少しは気持ち的に楽だ。


 車は駅近くのモールまで向かった。倫典のプランではモールでウインドウショッピングしてから少し買い物をして、ランチして、本屋でゆっくりして……その後どうするんだ?どうする気なんだ。俺だったらいつものデートプランだったら最後はラブホテルで……だったもんなぁ。


 男は大体考えることは一緒だろ、なぁ倫典。

「三葉さん、今日は何時までですか」

「え、え?」

 なぜ時間を聞いてくる?

「このまま時間決めずにデートしてもあれでしょう。僕はその気持ちはありませんけど三葉さんは警戒心がなさすぎで心配だ。大きなお世話かと思うけどさ、いつも時間を聞いてたのはそういうことなんです」


 倫典……なんてお前はいい男なんだ。やっぱり何回か三葉とあって出かけていたのか。

「んーじゃぁランチ終わったら帰ろうか」

「う、は……はい」

 倫典は笑った。言葉に慣れない。やはりおかしいよな。それよりも足が痛い。ヒールしか玄関になかったし。

 今になってふくらはぎが痛い。このままモール内を歩くなんて酷だろうな。三葉はいつも踵のヒールがある靴ばかり履いていたが平気で歩いてたもんな。おしゃれのためなら構わなかったんだろうな。すごいぞ、女子とやら。


 何だかんだでモールの駐車場に着いた。なんだろうか、ドキドキしている。変な気持ちだ。相手は倫典だろ。あぁ、倫典に乗り移っていたら今頃三葉とデートだったのになぁ。まぁいい。


 ガチャ


 助手席のドアが開いた。そこには倫典がいた。手を差し伸べて。微笑んでいる。

「三葉さん、足元気をつけて」

 倫典、お前はこんなにいい男だったか? 仕事や勉強はできないかもしれんがいつも笑顔で愛嬌だけはあった。


「ほら、手を貸して」

 おっと……すまない。倫典の力は強くも無く弱くもなく頼り甲斐があるものであった。って何キュンってしてんだヨォ。俺は!


 こりゃデート後にホテルで抱かれたくなるな。

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