第6話

 俺はしばらく三葉のまま放心状態であった。倫典……。そうだあいつだ。

 俺は高校教師を二十年近くやっていた。自慢では無いが卒業生はほぼ覚えている。名前と顔が一致する、中には親の顔、きょうだいの顔を知ってるものもいる。

 特に担任で受け持った生徒、そして俺が顧問を務めていた剣道部の部員、そしてとても手がかかった生徒のことなんて特に。


 そうだ、倫典。大森倫典。この町で一番大きな病院、フォレスティアグループ新緑会「緑の丘病院」の院長の次男坊、大森倫典だ。

 家族全員医者だが倫典は残念ならが勉強はできなかった。今は同列会社の製薬グループで営業マンとして働いているというのは聞いた。

 まぁ愛嬌と、末っ子気質もあって世渡り上手で乗り切っていたから営業マンではゴマスリでもしてうまくやり切っているのだろう、悪い噂は聞かないからな。

 でもお調子者で成績はほとんど赤点、これをあの医者家系の親たちにどう話をすればいいのか悩んだものだ。案の定親たちは彼のことは見捨てていたようだが、あいつはヘラヘラ笑ってなんとか卒業していった。


 にしても何故、倫典と三葉? あぁ、そうか。三葉は今、養護教員だが教職の免許を取るために教育実習で学校にきていた。

 俺と三葉の出会いもそこだった。でもあの時倫典は生徒、三葉は大学生。俺は教師。あの頃から三葉は美しく、他の女性にないセクシーさで女子大生とは思えないくらい大人の女性を感じた。

 正直いうと飲みに誘ったがやんわりとあしらわれた、そんな尻軽な女ではないのだ。そして数年後に婚活パーティで偶然再会した彼女はますます大人の色気を纏った女性に成長していった。


 あぁ、そんな彼女がなぜ倫典とメールを交換し、そして明日会うという約束をしたんだ?

 何故に、何故に。葬式にはきてくれたのは覚えている。その前に事故に会った時も見舞いに来てくれたもんな、倫典。入院した病院が彼の親の病院だったし。

 

 葬式のとき泣いてた。俺大したことをしてなかったのになぁ。


 まだスマホの中を見るか? 2人は家以外であってたってことだよな。もちろん俺の生前はあってたわけではないだろうが……製薬会社の人間だから三葉が勤めていた学校の取引先だったとか、ああああああ、この2人の関係は?

 でもって書いてあったしまだ親密ではないのであろう。混乱している。俺、珍しく。ただでさえ久しぶりのこの世界、乗り移りできたことでも混乱しているのに。


 落ち着け、俺。ほら座布団に座っているスケキヨなんか心配そうにこっち見ているぞ。スケキヨが心配するほどなのか。それが伝わるのか。そういえば俺がイライラしてる時や剣道大会前日のハラハラしている時はスケキヨは察して近づいて来て落ち着かせるように擦り寄ってきたもんだ。


 スケキヨはこっちを見て起き上がり、俺のところに近づいてきた。そして体をする寄せる。そうだ、そうだ。これだ、懐かしいな。わかるのか、体は俺じゃなくて三葉なのに。スケキヨ。

 ピロン


 またきた、メールの着信。そしてやはり倫典から。俺は震える手でメールを開いた。


『三葉さん、まさかこの間の件はまだひきづってはいないよね?』


 この間の件? なんなんだ、この間の……なんかいきなり目眩が、いや睡魔……。



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