第39話 邪魔

「では、本日はこれで」

「あぁ、そうしようか。あまり根を詰めすぎてもよくないからね。でも、だいぶ仕上がっては来たね」

「はい。おかげさまで」


 同盟を決めた日から秀英とは密会を繰り返し、ようやく同盟の内容の枠組みが完成しつつある。

 やはり元々違う国同士であるためそれぞれが自分の利を主張はしたものの、お互いに利を取りつつも譲れる部分は譲ることで落ち着くことができた。


「それで? 今日こそはいい返事をもらえるかな?」


 秀英が帰り際、書簡を渡しながら訊ねてくる。


「何のです?」

「とぼけちゃって……。そんな君も可愛くて好きだけど、オレたちのこともそろそろ本格的に考えてもいいんじゃないかな?」


 耳元で囁かれて、かぁぁぁ、と顔が赤くなる。秀英は飽きもせず、花琳の下へ来るたびに口説いていた。


 最初こそドギマギして、上手くあしらうことはできず、今日も今日とてとぼけて塩対応でいこうとしたが、そんなことなどお見通しだと言うように彼は距離を詰めてくる。

 すぐさま良蘭に助けを求めようとしたが、彼女はちょうど呼ばれて不在だったのを思い出した。


「私は、秀英さまの思ってるような女ではありませんよ。ワガママですし、頑固ですし、意地っ張りですし、それから身体は貧相ですし」

「オレにとってはどれも魅力的に見えるけど。それに花琳であれば全て受け入れるよ? ねぇ、ダメかな?」

「でも……」

「無理に言い訳探してるでしょ? 何かオレじゃダメな理由があるのかな。それとも、誰か他に想い人がいるとかかな?」


 図星を刺されて返す言葉に詰まる。

 聞かれて真っ先に浮かぶのは峰葵の顔。未だに想いを引きずったままの花琳はまだ完全には峰葵のことを諦めきれていなかった。


「意地悪しちゃったかな?」

「いえ。私……その……」

「オレがそいつのことを忘れさせてあげるよ」

「え?」


 不意に手を握られる。大きな手。

 峰葵とはまた違った骨張った手と熱さに、胸がドキドキした。


「どうせ、きっとその想いは報われないものだろう?」

「どうして……」

「王族だからこその制約があることはわかっているつもりだからね。まぁ、オレも王族なわけだし」

「秀英さまもそういうお相手が?」

「ふふ、それは秘密」


 秀英と見つめ合う。だんだんと距離が近づいていくが、逃げることができなかった。


「あ、の……」

「黙って。オレの目を見て」


 秀英の真剣な瞳に射抜かれて、ゆっくりと力を抜く。


「そう、いい子だ。ふふ、素直で可愛い」


(王として生きるのであれば、峰葵のことなど忘れて秀英さまと生きる道を選んでもいいのかもしれない。いや、王としてはそれがきっと正しい選択)


 わかっているのに、どうしても相手が峰葵だったらいいのにと思ってしまう。苦しくて切なくて胸が張り裂けそうだった。


「花琳……。オレを受け入れて……」


 名を呼ばれてゆっくりと目を閉じる。

 なぜか涙が出そうになるのをグッと堪えると、ツンと鼻の奥が痛んだ。


(これでいいんだ……。私は花琳ではなく、秋王なのだから……)


 そう自分に言い聞かせながら、花琳が秀英を受け入れようとしたときだった。


「誰だ!? 貴様、ここで何をしている!」

「……っ、峰葵!?」


 慌ててガバリと離れる花琳。すぐさま秀英の顔を見れば、動じた様子もなくニコニコしていた。


「花琳さま……! 峰葵さまがこちらに……って、ヤバっ」


 良蘭が慌てた様子で入ってくるが、この三つ巴の展開に危険を察したらしく、しれっと澄ました顔で視界から消えていった。

 どうやら良蘭は峰葵がこの部屋に来そうだと伝えようとしたらしいが、時すでに遅しだ。


「残念。邪魔が入っちゃったね。また今度出直すよ」

「も、申し訳ありません。良蘭、帰りを案内して差し上げて」

「はい。承知しました」

「じゃあ、またね。……花琳、続きはまた次回にでも」

「おい、待て……っ」

「やめて、峰葵」


 秀英を捕らえようとする峰葵の腕にしがみつく。万が一彼に危害を加えるようなことがあれば国際問題になりかねない。

 だが、そんなことを知らない峰葵はあからさまに不機嫌を露わにしていた。


「一体誰なんだ、あいつは。見ない顔だが、なぜここにいる」

「それは……えっと……」


 まだ全てが確定してから言おうと思っていた花琳は今言っていいものかと悩む。

 そして、花琳が言い淀んでいると、さらに峰葵の機嫌は悪くなっていった。


「言えないような相手なのか?」

「それは……」

「どうなんだ?」


 いつにも増してぐいぐいと迫られる。美人は怒ると怖いというが、峰葵も例に漏れず凄まじく怖かった。


「親しいのか?」

「親しいというか……なんというか……」

「どういうことだ。はっきりしろ」


 迫られて、逃げ道がなくて、花琳はどうしようもなかった。


(どうせ今言ってもあとで言うことになるんだし、これ以上はぐらかせそうにもないな)


 血気迫った表情で凄む峰葵に花琳は手を挙げる。これ以上抵抗することはできず、渋々ながら白状するのであった。

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