第32話 刺客

「そういえば、美丈夫で思い出したんだけどね。最近この辺に今まで見たことないほどえらい顔立ちの整ったいい男が出入りするようになったんだよ」

「へぇ、そんなに。女将さんが言うなら相当だね」


 今まで見たことがない顔立ちの整った、という言葉につい峰葵を連想するが、彼がここに来ることはないだろう。そうなると一体誰なのか、と考えるもさすがにわからなかった。


「行商人らしいんだけどね。口も上手くて美男子だからこの界隈の女性陣はみんなメロメロさ」

「女将さんがそんなに言うなら一度は会ってみたいな」

「多分この辺にいると思うよ。背も高くて顔立ちがハッキリしてるからすぐにわかるさ」

「ところで行商人ってことは何かを売ってるの?」

「あぁ、なんか子供のオモチャみたいなものを売ってるようだよ。小さい弓とかトンファーとかの玩具みたいだね」

「へぇ、珍しいものを売ってるんだねぇ」


 行商人といえば、薬だったり日用品だったりを売ってるのが一般的だが、玩具を売るというのは珍しかった。そもそもその行商人はどこで許可を得ているのだろうか、どこから来たのだろうか、と色々気になる。


「会ったら聞いてみるといいよ。好青年であたしの世間話にも嫌な顔せず付き合ってくれるからねぇ」

「いやいや、女将さんの話は面白いからだよ。いつも情報ありがとう。色々教えてもらったおかげで父ちゃんにもいい土産になった」

「そうかいそうかい。お嬢ちゃんの父ちゃんには頑張ってもらわなきゃだからねぇ」

「あははは! そう伝えとく。じゃあ、私はこれで。あまり遅くなると怒られちゃうから。女将さん、ありがとねー!」

「気をつけて帰るんだよー!!」


 花琳は聞いた情報を頭で精査しながら、女将と別れる。そして、遠くから見守っていた明龍とすぐに合流した。


「さて、やることやったし帰るわよ」

「あんまり遅くなったら良蘭さまに怒られますからね。良蘭さま、怒るとすごい恐いんですよ」

「知ってる。だから早く帰りましょう」


 良蘭が怒るところを想像して身震いする。何かなくても心配してるであろう良蘭をあまり待たせるのは得策ではないと踵を返して城に戻ろうとした。

 だが、突然目の前に大柄な男たちが三人ほど行手を塞いでくる。

 明らかに一般人ではなさそうな雰囲気に、花琳も明龍もたじろいだ。


「すみません。そこを通してもらえませんでしょうか」


 なるべく穏便に笑顔で下手したてに出る。だが、彼らは退く気配もなく、威圧感を伴いながら花琳たちの前から退こうとはしなかった。


「ざーんねーん。帰してあげないよ」

「ちょっと僕たち、貴女たちに用事があるので」

「ほんのちょーっとだから付き合ってね」


 下卑た笑みに身の毛がよだつ。まずい、と思ったのも後の祭り。前も後ろも行手を塞がれてしまった。


(どうする。誰かに助けを求めるか)


 多勢に無勢。さすがの明龍でもこの人数を相手にはできないだろう。手には得物があり、どう考えても堅気ではなく、手出しすればひとたまりもない相手だということはわかった。


「人を呼ぼうとしてもダメだよ。官吏はここに来ないから」

「そうそう。人払いしてるからね」

「おいっ、そういうこと含めて言うなって言われてるだろ」

「いいじゃん。どうせヤっちゃうんだろ?」


(マズい、謀られたか……っ)


 彼らの発言から察するに、事前に準備していたのだろう。今日市井に来ることを突拍子もなく決めたことを考えると、以前から花琳が市井に来ることを想定していたに違いなかった。


(仲考……っ!)


 またしても仲考にしてやられたと思うと共に、なんとかこの状況を打破せねばと思うが、どうすればいいのかと花琳は思考を巡らせる。

 どう考えても狙いは花琳であることは明らかであるし、ここで彼女が死んだとしてもいくらでも偽装はできてしまう。


「花琳さま、ここは僕が……っ」

「明龍!」

「おーおー、威勢がいいねぇ。でもそんなちんちくりん一人でオレたちに勝てるとでも思ってんの?」


 明龍が懐刀を取り出す。そして花琳の前に立ち、彼女を守るように背で隠した。


「花琳さま。僕が一気に畳みかけるので、逃げてください。例え、僕に何かがあっても構わず逃げてください」

「でも……っ、それなら私も戦うわ」

「ご冗談を。そんなことさせられるわけがないでしょう。そんなことしたら良蘭さまに僕が殺されますよ」

「そうは言っても」

「いいから、僕が引きつけている間に逃げてください」

「何をごちゃごちゃ言ってるんだ〜?」

「それならこっちから仕掛けるぜ」


 ナタのような得物を持つ彼ら。勢いよくこちらに向かって振り上げると、言われた通りに花琳は急いで駆け出した。

 背後で明龍が攻撃を受け止めているのがわかるが、花琳は振り返らずに必死に走り続ける。


「それで走ってるつもり? 遅いね」

「なっ!? ……っぐぇ」


 不意に視線に影が落ちて来たかと思えば、そのまま服の首元を掴まれて首が締まる。最初から花琳が逃げることなどわかっていたかのように、彼女に二人の追手が来ていた。


「ははは、想定通り」

「凄いな、あのおっさん」

「これで金がたんまり手に入るんだろ?」

「がはっ、ぐっ……う……っ」


 首が絞められてよろめいたところに、今度は首を掴まれる。男の手は大きく、花琳の首を片手でやすやすと掴んでいた。花琳が抵抗しようと男の手に必死に爪を立てるも男は全く動じない。


「どっちから先にヤるー?」


 遠くから声がして視線を先に向けると血塗れになっている明龍。ヤツらにやられたのか、おびただしい量が身体から流れ落ちていて、花琳は「ひっ」と息を飲んだ。


「よく見ると綺麗な顔してんなー。こっちの女は上玉だから殺さずに売っぱらったほうがいいんじゃねぇの?」

「いや、殺せと言われてる」

「そか。じゃあ、殺しちゃおっか」


 ニィッと口元を歪める男。そして、花琳の首をじわじわと締めていく。花琳は抵抗しようとバタバタともがくが、懐刀を取り出すことすらできなかった。


(こんなとこで死ぬなんて……明龍、良蘭……峰葵……ごめん)


 苦しくて涙が滲む。視界が砂嵐のように乱れて、だんだんと前が見えなくなってきた。

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