第29話 世間話

 (ふぅん、夏風国で流行病ねぇ。こちらに来ないといいけど)


 定期報告に上がってくる報告書に目を通す。自国だけでなく他国にも気を張らなくてはいけないため、それぞれの国に刺客を送っているのだが、夏風国の刺客からの報告に気になる報告が上がってきていてしっかりと読み込む。

 春匂国と冬宵国は同盟でそれぞれゴタついているのは花琳も知っていたのだが、どうやら夏風国は夏風国で流行病でバタついているらしい。死者もだいぶ増えているとのことで、王家は隠しているそうだが、一般にも情報が洩れているのだとか。


(死者が出ていて情報が他国にまで洩れてるとなると、被害も尋常ではなさそうね)


 病は国にとって致命的になる。抑え込めるのであれば抑え込んでおきたいが、なかなか思い通りになるものでもないため難しい。

 特に夏風国は隣国で陸続きであるため、秋波国に影響がないとは限らないので注視せねばならないと花琳が思案していたときだった。


「またですか。陛下はお忙しいと」


 不意に何やら部屋の外で良蘭がやり合っているのが聞こえる。よく聞こえないが、誰かと揉めているのだけは感じ取れた。

 すると声が聞こえなくなったと思えば良蘭がやつれた表情で戻ってくる。


「どうしたの? さっきの誰?」


 報告書に目を通しながら尋ねると、良蘭が口籠もる。


(峰葵ではなさそうだったけど)


 言い淀む良蘭に相手は言えない誰かなのかと勘繰る。声の感じ的に女性っぽかったような、と推測しながら報告書から目を離して良蘭をジッと見つめると、良蘭は諦めたように「雪梅さまのとこの女官です」と白状した。


「うん? わざわざ雪梅の女官がなんて?」

「お暇なんですって。峰葵さまも最近はお忙しくなさってて時間が取れないご様子だとかで、陛下が相手をしろと」

「峰葵忙しいの?」

「例のご意見箱の予算の割り振りだとか各地の不平などをまとめて改善されてるそうだとかでお忙しいみたいです」

「それは……私の責任ね」


 子を成そうとするのであれば雪梅のことは全部峰葵に任せようと思っていたが、そういうことなら仕方ないと重い腰を上げる。


「え、花琳さま。どちらへ!?」

「峰葵が行けないなら代わりに私が行くしかないでしょう? まぁ、さすがに雪梅をずっと遠ざけておくわけにもいかないからね。適当に相手をしてくるわ」

「そんな、大丈夫です!? この前、霊廟で良からぬ話をしていた輩がいたって……」

「大丈夫よ。日中に不意打ち狙ってくるのはいないだろうから。それに懐刀もちゃんと仕込んであるし、体力も戻ってきてるからちょっとやそっとではやられないわよ」

「なら明龍を護衛に」

「今は峰葵のところでしょ? ちょっと話してくるだけだから心配しないで」

「では、私がついていきます!」


 花琳をどうやっても一人では行かせたくないらしい良蘭。先日の一件以来過保護であるとは思ったが、自分の不始末ゆえに起きたことなので花琳もあまり強くは出られなかった。


「では、お願い。ついてきてくれる?」

「もちろんです! 早速用意しますから少々お待ちください」


 そそくさと支度を始める良蘭。

 一応妃である雪梅の御前なのだからきちんとした格好をせねばらならないと、着替えから化粧から始める彼女の用意を待つ。


「あんまり急がなくていいわよ? 私、待ってる間は公務しとくから」

「そんなわけには……すぐ終わらせますからっ」

「本当に良蘭は頑固ね」


 しっかりし過ぎて息抜きできているのか心配になるほど良蘭は実直だった。


「ねぇ、良蘭にはいい人いないの?」

「はい!? 藪から棒に、何ですか」

「いや、ちょっとした世間話」

「いませんよ、そんな人」

「そうなの? つまらないわね。じゃあ最近は良蘭は何してるの? 趣味とか何かないの?」

「突然そうおっしゃられましても。最近はみんなの愚痴聞きに回ることが多くてそんな余裕もありませんし」

「愚痴聞き?」

「えぇ、雪梅さまのことで。模様替えをコロコロしたり、衣装もいくつも御支度なさってて、買い付けもたくさんなさったりしてるなどとあちらこちらから苦情が」

「あー……そういえば、そのようなこと明龍も言ってたわね」


 明龍からの報告書に雪梅からの要望が多いということと、雪梅周辺からの要求が多くて困っていると女官からの訴えとそれぞれ板挟みになっているとの報告が上がっていたのを思い出す。

 適当に予算はあげるからどうにか頑張って、給金はその分弾むわ、と明龍にお願いしたが、予算をあげればあげるほど助長してしまうそうで、そう簡単にことは落ち着かないようだ。


「行って世間話ついでにその辺の釘も刺せればいいけど」

「あまり刺激すると何倍にもなって返ってきますよ? 上層部もさすがに手を焼いてるのだとか」

「そう、困ったわね。そもそも誰が彼女を妃としてこちらに呼んだのかしら」

「恐らくですが、仲考さまのようですよ。林峰さまを説得されたのも仲考さまだとか」

「そうなの? どうりで肩を持つわけね」


 来て早々に苦言を呈したときに仲考が割って入ってきたのを思い出す。


「ということは、雪梅も気をつけたほうがよいということ?」

「恐らく。まぁ、呼んだわりにはこちらで接触してないようなんですがね。謁見のとき以来お二人が接触してないと明龍が」

「念のため、ってことね。まぁ、あの仲考だし、私に嫌がらせするために呼び出した可能性の方が高い気もするけどね」

「それももちろんだとは思いますが……」


 だからこそ、わざわざ雪梅を峰葵にあてがったのだろう。花琳の感情を弄ぼうとするのは仲考のお家芸だった。


「花琳さま、支度終わりました」

「では、行こうか」

「はい」


 花琳が秋王の顔をして部屋を出る。その後ろを良蘭がつかず離れずついていった。



 ◇



 雪梅の部屋に着くなり適当なところに座らされる。歓待などもなく、隣にいる良蘭は今にもぶちギレそうになっているのを小声でなだめすかしながら雪梅の世間話という名の愚痴を聞かされた。


 「ここは寒い」「食事が美味しくない」「ワタシの要望に応えてくれないなんてケチだ」「つまらない」「みんな優しくない」などとよくもまぁこんなに愚痴が言えるなぁ、と思わず花琳が感心してしまうほど延々と彼女の口からは文句ばかりが流れ出ていた。


 その文句を聞き流しながら、彼女は随分と吉紅海では不自由ない生活を過ごしていたのだろうな、と花琳は想像する。


(毎日が忙しくてそんな不満さえ考える余裕もなかった)


 全てが全て当たり前で、そういうものだと思い込んで生活していた花琳は、このように不満が出るということに感心を抱きつつも、あまりいい気持ちになるはずもなく。秋波国という国に誇りを持っているからこそ、彼女の言葉には納得できないものが多かった。


 とはいえ、来てもらっている立場で全てを否定するのもよくないということはわかっている。彼女は花琳よりも年上だが、考えは幼く、それは環境によるものだということも理解していた。

 だからこそ、あまり刺激しすぎない程度に窘めなければと思うが、ここまで悪しざまに言われてしまうとどこからどこまでに苦言を呈すればいいのか困惑した。


(これは峰葵も明龍も近寄らないわけだわ)


 触らぬ神に祟りなし。

 距離を取られても仕方ない言動の数々に頭を抱えたくなる。


「雪梅殿はどうしたいんだ?」

「どう、とは……? 先程全て述べたことがワタシの想いでございます。まさか陛下お聞きになっていらっしゃらなかったのですか? 酷い……っ」


 声は鈴のように可愛らしいのに、吐くものは毒毒毒。

 いくら同性と言えども、今まで遭遇したことない性質の人物とは相容れない。


「いえ、そうではなく。悪いが、我が国で全てを同時に叶えるのは困難だ。せめて優先順位をつけてほしい」

「優先順位、ですか?」

「あぁ。全部を叶えるよう努めはするが、まずはどうしても叶えたい願いから聞かせてもらえないだろうか? こちらも善処するゆえ」

「そうですね……」


 うーん、と何やら考え込む雪梅。小首を傾げながら顎に手を置き、悩むその姿の愛らしさは男であれば誰もが心を奪われるだろう。


(私があのような可愛い仕草をしてもたかがしれているしな)


 きっと峰葵には鼻で笑われるだろうな、と心の中で自嘲する。そしてまたしても峰葵のことを考えてしまった自分に自己嫌悪した。


「でしたら、もっと峰葵さまと一緒にいたいです」

「なるほど、そのように申し伝えておく」

「あと今後も陛下とお話したいです」

「我と?」

「はい。峰葵さまのことお詳しいと聞きました。ですから、峰葵さまのこともっと知りたくて」

「わかった。善処しよう」

「ありがとうございます! さすがは陛下ですね。みんなどれもこれ『できない』『難しい』ばかりで話にならなくて困っていたのです」

「そうか。では、以上で構わないだろうか。我もまだ仕事を残してるので、失礼させてもらう」

「残念ですわ。もっとお話したかったのに」

「悪いな。それは後日改めて」


 適当に切り上げて腰を上げる。


(これ以上長居しても時間の無駄だわ)


 想像以上のワガママ放題に目眩がして眉間を揉む。

 だが、そんなことを思っているなどおくびにも出さずに、引き止められても面倒だとそのまま振り返りもせずに花琳は部屋を出て行くのだった。

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