第23話

「晴人君、ユイちゃん、春休みに空いてる日はありますか?」

 葉山さんが僕達に尋ねてきた。

「僕は何時でも空いてるけど……。ユイは、バイトの予定はどうかな?」

 ユイはスマホを開いて予定表を確認して言った。

「水曜日と木曜日は休みだ」


「それなら、春休みの最初の水曜日に一緒に遊園地に行きませんか?」

「うん、いいよ」

「遊園地? なんだそれは?」

 ユイが首をかしげていると、葉山さんが微笑んで言った。


「いろんな乗り物があって、楽しいところですよ」

「食べ物もあるのか?」

 ユイの問いかけに、今度は僕が答えた。

「それなりにあると思うよ、ユイ」

「それなら、行っても良いぞ!!」

 ユイはやっぱり、ぶれないなあと僕と葉山さんは顔を見合わせて笑った。


 遊園地に行く日、朝の9時に駅前で葉山さんと僕達は待ち合わせをした。

「あ、ユイちゃん、晴人君、こっちですよ!」

「葉山さん、おまたせ」

「またせたな、さくら!」

 葉山さんはオレンジのワンピースに短めのジージャンを羽織って、長い髪をポニーテールにしている。時々見えるうなじが心臓に悪い。


「ユイちゃん、活動的な格好だね。凄く似合ってる!」

「ああ! 動きやすいぞ!」

 ユイはベージュのパーカーに、白色の半ズボンをはいている。すらりとのびた足が格好いい。

「晴人君、ユイちゃん、そろそろ行こうか」

「うん」

 僕達は電車に乗って、最寄りの駅まで雑談をして過ごした。


「あ、この駅だよ!」

「うん、降りるよ、ユイ」

「分かった」

 僕達三人は駅から歩いて、遊園地行きのゴンドラに乗った。

「うわ、結構高いし、長いね」

「そうだね」

 僕と葉山さんが話していると、ユイは外を見て興奮していた。

「おお!! すべてが小さくなっていくぞ!? これが遊園地か?」


「まだ、入り口にも着いてないよ」

「うん」

 僕と葉山さんの言葉に、ユイは目を輝かせた。

「遊園地というのは凄いところだな!!」

 僕達はゴンドラを下りると、一日券を買って遊園地に入った。


「最初は何に乗る?」

 僕が葉山さんに尋ねると、葉山さんはちょっと沈黙した後に言った。

「……メリーゴーランドかな?」

「それはどれだ!?」

 ユイが駆け出そうとするのを僕は制止してから、クルクル回っている木馬を指さした。

「あれだよ、ユイ」

「あれに乗るのか」


 ユイと僕達はメリーゴーランドに着くと、ユイは迷わず白馬に乗った。

「葉山さんはスカートだし、僕と一緒に馬車に乗ろうか」

「うん。ユイちゃんの隣の馬車なら、沢山写真も撮れそうだし」

 葉山さんはそう言うとスマホを取り出し、白馬の上ではしゃいでいるユイの写真を撮った。 音楽が変わり、木馬が回り出す。

「おお!? 上下に動くのか!? 楽しいな、これは!!」

「ユイ、声、大きいって」


 ユイはメリーゴーランドの外で手を振っている子ども達に手を振り替えしている。

 ショートカットのユイの髪は、風が吹く度にサラリと流れる。

「ユイちゃん、こっち向いて!」

「なんだ? さくら?」

 ユイが笑顔のまま、葉山さんの方に向くとスマホからシャッター音が連続して聞こえた。


「楽しかったな」

「うん」

 葉山さんとユイはメリーゴーランドを降りて、遊園地の地図を見ていた。

「あの高いのは何だ?」

 ユイが指さしていたのは、この遊園地で一番人気のフリーフォールだった。

「てっぺんまで上ったら、落ちるっていう乗り物だよ。フリーフォールって言うんだ」

「フリー何とかっていうのか!? 乗ってみよう!! さくら、晴人!!」

 ユイは僕達の手を取って、早足で歩き出した。


「私、ちょっと……」

「僕も、ちょっと……」

「なんだ、元気が無いぞ!?」

 結局三人でフリーフォールに乗ることになった。

 ぐん、と席が地上から離れて行く。

 風景が綺麗だけれど、そんな風に思う余裕は僕にはなかった。

「葉山さん、大丈夫?」

「な、なんとか……」


 次の瞬間、僕達は落下した。

「きゃーっ!!」

「!!」

「おおお!?」

 僕と葉山さんは手すりにしがみついている。

 ユイは……笑っていた。

 二回、三回と座席の上下運動は穏やかになっていった。


「あっという間だったな、さくら、晴人」

「……そうだね」

「もう一度乗るか!?」

 葉山さんと僕はげっそりとしたまま、やっとの事で答えた。

「もう、良いです」

「そうか」

 ユイはそう言うと、鼻をヒクヒクさせた。


「なんだか、良い匂いがするな?」

「ああ、フードコートが近くにあるからじゃないかな?」

 僕が答えるとユイの目が輝いた。

「そろそろ、昼ご飯にしないか!?」

「そうですね。良い時間かも知れませんね」

 葉山さんがそう言うと、ユイは空いている席を探しに駆け出した。


「ユイ、慌てなくても大丈夫だよ」

「晴人、さくら、ここがいいんじゃないか!?」

 ユイが座ったのは、色々なお店の中心に位置するテーブルだった。

 荷物を置いて、座席を確保してからお店に向かった。


「晴人くん、何食べる?」

「僕はハンバーガーとコーラとポテトかな? 葉山さんは?」

「私もハンバーガーとウーロン茶。あと、チュロスも食べようかな?」

 葉山さんは、そう言った後ユイに尋ねた。


「ユイちゃんは何を食べるの?」

「ハンバーガー三つと、ポテト大盛り。チュロスとイチゴのクレープ!! 飲み物はメロンソーダ」

 席に食べ物を運ぶと、ユイの頼んだ分でテーブルの半分は埋まってしまった。

「じゃあ、たべましょう」

 葉山さんが言うと、ユイは笑顔でハンバーガーにかぶりつこうとした。

「ユイ、いただきますは?」

「いただきます!!」


 ユイは一口が大きいけれど、食べ方は綺麗だ。

 葉山さんは、次々とハンバーガーとポテトを頬張るユイの写真を撮っている。

「さくら、冷める前に食べた方が良いぞ?」

「そうだね、いただきます」

「いただきます」

 僕と葉山さんもハンバーガーにかじりついた。

 外で食べると、なんだか美味しく感じる。


「なあ、あっちにあるのは何だ?」

「串刺しステーキと、肉まんかな? ピザもあるよ」

 僕が答えると、ユイは財布を握って立ち上がった。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「って、あんまり食べると、乗り物酔いしちゃうかもしれないよ?」

「大丈夫!!」

 ユイは追加で買った、串刺しステーキとピザと肉まんをあっという間に食べきってしまった。


「それじゃ、今日のメインのジェットコースターに行きましょう!」

「……え?」

 僕達は怖いと有名なジェットコースターの列に並んだ。

「なんだ、この行列は?」

「ユイ、みんなジェットコースターに乗りたくて並んでるんだよ?」

「そうなのか!? そんなに面白いのか!?」


 葉山さんはユイの隣で、写真を撮っている。

 僕達の順番が来た。席に座ると、従業員の人に声をかけられた。

「はい、ベルトを下げて下さいね」

「分かった」

「はい」

 ユイと葉山さんは隣同士で、僕は一人で席に着いている。


「それでは出発しまーす!」

 ジェットコースターが大きな山を登り出す。

「あ、さっきのフリーフォールが横に見えるぞ!?」

「それより、前を見た方が良いですよ、ユイちゃん!」

「あれ? 止まったぞ!?」

 ユイが戸惑っていると、ジェットコースターが勢いよく動き出した。

「!!」

「……っ!!」


 ユイはバーを力一杯握っているようだ。バーが壊れないように僕は祈った。

「きゃーっ!!」

「さくら、これは……凄いな!?」

 ユイと葉山さんは体を寄せ合って、ジェットコースターが上下左右に動く度に耐えていた。

 ジェットコースターから降りると、ユイはヨロヨロとしていた。

「あれは何だ!? 凄いスピードでぐるぐる回って、目の前がクラクラしてるぞ……」

 ユイにも弱点があったらしい。

「ユイちゃん、大丈夫?」

「ああ、なんとかな」

 僕は青ざめたユイを見て、息をついた。

「……凄かったね」

 僕達はジェットコースターを後にした。


「じゃあ、最後に観覧車に乗ろうか」

「観覧車?」

「あれだよ」

 僕と葉山さんが指さした先に、大きな丸い乗り物が見える。

「大きいな!」


 僕達が観覧車に乗ると、ドアが閉められて声をかけられた。

「それでは、空の旅をお楽しみ下さい」

「あ、あれ東京タワーかな?」

「それじゃ、あっちはスカイツリー?」

「ふたりとも、物知りだな」

 三人でゆっくりと外の景色を楽しんで、地上に降りた頃には夕暮れが近づいていた。


「今日はお疲れ様でした。楽しかったね、ユイ、葉山さん」

「そうですね」

「ああ! 楽しかったし美味しかったぞ! また来ような!!」

 僕達はゴンドラに乗って、駅に行くと電車に乗った。


「じゃあ、気をつけて帰って下さいね」

「葉山さんも気をつけて」

「私は運転手が迎えに来るはずなので」

 そう言っていると、佐々木さんが葉山さんの傍に駆け寄ってきた。


「それじゃ、また学校で」

「うん」

「またな!」

 僕達はそれぞれの家に帰っていった。

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