第28話:君の名は

「宰相が逃げた?」

「い、いえ、逃げたと言うか追放になった訳ですから」

「どうせ面倒になって逃げたんだろう?」

「あの…宰相殿はご家族が隣国にいらっしゃるので、一度報告に帰られたのではないかと思われます」

「家族…?」


 そう言えば、宰相は王位を弟に譲り、かなり格下の貴族令嬢を嫁にしたと聞いたことがある。子供ができぬ体だから王にはなれないとかなんとか言って。だけど、ハイベックの奥様は素敵な恋愛結婚だったと以前お茶会で話していたことがあるのを小耳に挟んだ。


「どうして宰相が国外追放なんてことになったのかしら?あんなに国に貢献して未来を憂いていたのに」

「そりゃ、やっぱボンクラ王子が将来を担うと思えば憂いを通り越してお先真っ暗だからな」


 だからこそ俺みたいなのに王子の再教育を頼んだのだ。アルヴィーナを繋ぎ止める手段でもあったのだろうけど。俺が王子の再教育を受けたからこそアルヴィーナも婚約破棄を叫んだというのに、イヤイヤながらも引き続き王子の公務を引き受けていたのだ。


 俺も言葉を濁さず、そう呆れたように言うと騎士は項垂れた。


「じ、実は、昨日シンファエル王子殿下が、その…フィンデックス侯爵令嬢と睦みあい、乙女を散らしたと言うことでフィンデックス侯爵夫人が登城されたんです。責任をとって娘を王子妃にしろと」

「あら。フィンデックス侯爵令嬢はその場で拘束されて貴族牢に入れられたのではなかったの?」

「そうです。侯爵令嬢には登城禁止令が出されていたのでその場で拘束し、侯爵邸には伝令が届けられました」

「でしたら、どちらかといえば娘の行動を戒められなかった咎が侯爵家にいってもいいはずですよね?」

「ええ、宰相殿はそのつもりだったのですが、フィンデックス侯爵夫人に陛下が押されまして…」

「…責任を取ると言質をとられたのですか?」

「い、いえ、それは。ただ、その」


 視線を逸らしながら言いにくそうにする騎士に、俺は察した。


「ああ、つまりフィンデックス侯爵夫人は、ハイベックの人間が昔にやらかした事件から登城禁止令が敷かれているにも関わらず、俺やアルヴィーナが王宮に出入りしているのはどういうことかと詰られたのか」

「は。まあ、そういうことです。それに伴い、その…シンファエル王子殿下は自分の娘を好いていて、地位も歳もマッチしているのに、何故わざわざ格下の伯爵家の娘を婚約者にあてがうのか、と」

「そこはわたくしも同感だわ」


 アルヴィーナも神妙に頷く。嫁ぎたいと言っている高位貴族がいるのならそっちにしておけばよかったのよ、と。


「陛下は政略結婚で王妃殿下を娶られましたが、王兄である宰相から推されたものの、実権は宰相が握り王妃殿下が対外的に務められています。周りからお飾り国王と揶揄されるのも甘んじて受け止めておいででした。


 ですから陛下は、自分の息子には恋愛結婚をさせてやりたいと望んでいらしたのは確かです。ですが、陛下も王子殿下の能力については頭を悩ませておられたようで、王妃殿下の認知の度合いの高いアルヴィーナ様が選ばれたことに否やはなかったのですが、昨日の件で侯爵令嬢を無碍にはできなくなりまして、アルヴィーナ様を第一妃にセレナ嬢を第二妃にしてはいかがかと提案されたのです」

「はあ?!」


 腹の底から声が出て、騎士がびくりと体をこわばらせた。


 ふざけんなよ?何舐めたことを言ってんだ、あの老ぼれが。やっぱり国を出よう。手塩にかけて育てたアルヴィーナをこんなこんなところに置いて行くわけにはいかない。


「それでフィンデックス侯爵夫人はどうしたの?」


 アルヴィーナは俺を制し、アレクとかいう騎士に先を促した。


「侯爵夫人は娘の方が先に子を作るのだから、娘を第一妃にするのが常識ではないかとおっしゃられまして」

「だったら問題ないじゃないの。第一妃をセレナ様にして第一妃だけを娶ればいいのだわ。アレに二人も妃はいらないわよ」


 確かに。というか、王子はアルヴィーナに指一本触れられないだろうから、実際のところは王子はセレナ嬢と内宮に引っ込み、公務は全てアルヴィーナに任せる方向に向かったんだろう。それはそれで、ざけんなよ、だが。


「ですが、それに対して王妃殿下が怒り狂い、実家に帰られてしまったのです」

「ああ…カランティエ様も限界を超えてましたものね……」


 夫だけでなく、自分の息子も捨てたのか。さすがはカッコウ夫妻だな。っていうか、いまだに帰る実家があるあたり凄いけどな。王妃になって何年だ?帝国の代替わりっていつだっけかな。


「それで動揺した陛下は宰相にその鬱憤をなすりつけたんですが、兄弟喧嘩から発展して何故か国外追放を言い渡されて。宰相殿も納得されてすぐさま国を出て行かれました」


 やってらんねえな、と逃げたわけだ。責任を俺とアルヴィーナになすりつけておきながら、何も言わずに自分だけ。


 けど、これはラッキーだった。俺との契約を破棄したのは向こうだからな。え、ということはいずれ罪人の焼印が体に現れるんじゃないか。王と王妃と、宰相も。


 もしかしてすでに忘れてる?宰相あたりは契約解消もしてるかもしれないけど。俺の了承なしで解消できるのか?


「えっと、それじゃあ…。誰がこの国を回していくの、かしら?」

「アルヴィーナ様に押し付けようとしているのだと思われます」


 ひでぇな。おい。16歳の娘に国ごと押し付けるとか。


 アルヴィーナはにっこり令嬢の顔をして微笑んだ。


「アレク様。内情報告をありがとうございます。ではわたくしはこれで失礼させていただきますわ。ああ、最後に一つだけ。あなた方も愛国心があるのならば、これから迫り来る困難に備えなさい。ですが、自身を可愛いと思うのであれば、いますぐ速攻で国を出ることをお勧めしますわ」

「ア、アルヴィーナ様!アルヴィーナ様はどちらに?俺、いえ、私たち騎士団はアルヴィーナ様にお支えしたく騎士の誓いも致しました。国を出るのならば我々も連れて行ってください!」


 えっ。いつの間に騎士の誓いなんて受けてたの?聞いてないぞ?


「わたくしとエヴァンはすぐにも家を出ます。わたくしはもう伯爵令嬢でも王子妃候補でもありません。謀反者として追われる身であるわたくしに、騎士様のお力は過分になりますわ。どうぞアレク様方ご自身の望む道を歩んでくださいまし」

「そんな…っ」

「エヴァン、行きましょうっ!もたもたしていられないわ」

「い、いいのか?」

「もちろんよ!さあ、早く。じゃないと騎士団と魔導団がついてきてしまうわよ」


 アレクが止める間もなく、アルヴィーナは俺の手を取り転移した。



「アル、いつの間に騎士の誓いを受けていたんだ?」

「何年王宮にいたと思っていますの?10歳の頃から騎士団と共に訓練をし、魔導士団と魔獣を乗りこなし、魔法を駆使して薬草畑を広げ、何度となく敵国を叩き出してきましたのよ?」


 えっ?なにそれ?聞いてないよ!?うちって平和な国じゃなかったか? 


「エヴァンが領地の改革をしている間、わたくしは国の改革を手伝っていましたの。それこそ外国には行っていませんけれど、王族に差し向けられた刺客を殺したり、倒したり、時には魔獣を操り、王国に巣食う貴族を一掃したりとまあ、これでも色々ありましたのよ。その都度、命を助けた騎士からは口頭のみでしたけど、騎士の誓いをされ、魔導士たちからは血の誓いを受け、わたくしの信奉者が増えたのですわ」


 えっ?マジで?すでに影の支配者になってた!?


「知らなかったよ…そんなことになってるなんて。教えてくれたら、俺も抗議したのに」

「嫌だわ。エヴァンが頑張ってるからわたくしも頑張ったのよ?」

「だけど、俺は……アルヴィーナを守っているつもりだったのに、そんな危険な目に遭っていたなんて。そんな情報、なんで入ってこなかったんだ?」

「だって、わたくしが止めていたんですもの。一つでもお兄様の耳に入ったら、すぐさま国を出て行くわって脅したの」

「……お前なあ。その情報があったらもっと守ってあげれたのに…っ!」

「エヴァンったら…可愛い」

「え?」


 可愛いって、え?妹に守られる兄のどこが?いや、好いた女に守られる男のどこが?それに、それならば、俺じゃなくても歳の近い男の方がよほどアルヴィーナにお似合いなのでは……?


 俺、カッコ悪くない?


「それに、皆様、エヴァンにも陶酔してるのよ?」

「え、俺?」

「ええ。学園時代のエヴァンはまるで聖者か勇者だったと敬われていますわ。弱気を助け悪きを挫き、正義を貫きながらも権威や能力を傘にすることもなく、草莽之臣そうもうのしんだったと。現騎士団長も魔導士団長もエヴァンには敵いませんし、ハイベック領がわずか五年で持ち直したのもエヴァンのおかげだと聞いています。あの王子サルを見た目だけとはいえ人間にしたのもエヴァンだし、テイマーという職業を見出したのもエヴァン、識字率を上げたのもエヴァン、下水道処理を作り出したのもエヴァン、ひいては疫病が減り、治安が良くなり、隣国との交流を盛んにしたのもエヴァン、穀物がよく実るのもエヴァンのおかげだと」

「待て待て!そんなに立派なことはしてないぞ?」

「そうやって謙遜するところが、またエヴァンの魅力なのよね」


 いやいやいや。学園では常に五番目だったし、目立ってもいなかったはずだ。ハイベックの養子になったからにはと領地は頑張って立て直したけど、それも働き者の領民がいたからできたことで。影で色々やってるし、一部の貴族も潰したし?




「ところでアルヴィーナ?なんで森に飛んだんだ?」


 座り込んで話をしているときは気がつかなかったが、転移した先は緑竜のいる西の森だった。まあ、ここにくる予定ではあったのだが。まずは婚姻届を出したかったのに。


「だって、緑竜が呼んでたから」

「えっ?」

『遅かったじゃないか。退屈すぎて痺れを切らしたから呼び寄せた』


 見上げれば、俺たちの会話を見守っていた緑竜が擬態を解いて、首を出した。いつの間にアルヴィーナと念話が出来るようになったんだ?


『お前たちが番と認識したせいだ』

「はい?」

『気持ちが繋がったのだろう?魔力が繋がり交信が出来るようになった』


 俺とアルヴィーナはお互いに視線を合わせ、カッと頬を染めた。つがいって、そんな鳩じゃあるまいし。ああ、そうか。竜はそういう生き物だと聞いたことがあったな。一生に一匹?一頭?の相手しか持たないとか。俺とアルヴィーナがこいつにはそう映ったのか。


『そろそろ良い名前は考えたか?』


 あ、そういえば、名前をつける約束だった。


「ドラゴでいいか?」

『却下だ』


 なんでだよ!


 アルヴィーナは本当名付けは壊滅的ね、と呆れた顔をしてそれじゃあ、こんな名前はどうかしらと、いくつか挙げた。


「アラゴン」

『精霊っぽいな』

「イカーリオ」

『短気っぽい』

「ジャスパー」

『子供っぽい』

「文句が多いわね。じゃあ、シャムロック」

『ふむ。シャムロックか。いいだろう。おい、エヴァン。我の名をそれにして契約を結んでくれ』

「わかったよ。では緑竜、其方のこれからの名はシャムロック。我が友として共に生き、助けあい、互いの領域を侵さないことを誓う」


 魔獣をテイムするときの儀式に則り魔力を言葉に乗せながら契約の儀を結ぶ。


『我、シャムロック。名付け親のエヴァンとアルヴィーナと共に生き、助け合い、其方らが約束を違えない限り、其方らの命が尽きるまでいかなる厄害からもそなたたちの領土を守り、加護を与えると約束しよう』


 ん?加護?


『我は大地の竜で、豊穣の加護を与える者だ。本来人間と交わることはないが、其方らは少々面白そうだからな。短い期間の暇つぶしには良い。良き王となり、大地を鎮めるが良い』


 え?王?大地を鎮める?


『我が主エヴァンとその聖女アルヴィーナ。よろしく頼むぞ。まずはこの森の聖域化だな』


 あ、あれ?なんか話が大きくなってない?



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