アニメの日


 ~ 十月二十二日(金)

 アニメの日 ~

 ※権謀術数けんぼうじゅっすう

  人をあざむく策略




「バカ浜に好きな男ができたぁ!?」


 そんな話はしてねえって。

 凜々花、否定しようとしたんだけど。


「それであいつ、この世のおわりみてえな顔してたのか! そうかそうか! いいふらしてこよ!」

「や、や、やっぱりこうなった!」

「こら待てカンナ!」


 あねごちゃんが店を飛び出すと。

 コタくんと雛姉ちゃんさん先輩が後を追う。


 そんで、青い顔した店長さんが厨房から飛び出して来て。

 何人か並んだお客さんを前に右往左往し始めた。


「あちゃあ。これ、舞浜ちゃんにわりいことしちまったかな?」


 あとであやまっとこ。

 でも、わりいのは人の話を捻じ曲げて聞いたあねごちゃんだって。


 あと、店長さんにもわりいことしちまった。

 いきなり店員三人も消してごめんね?


 凜々花、しょうがねえからせめてものお詫びに。

 レジ打って慌てて厨房にかけてく店長の背中を見送りながら自分でコーラを大盛りで注いで。


 ……十円でいいか。


 レジの上にお金置いて、みんなが戻って来るまで待ってようと思いながらテーブルに座ると。


「…………アニメでしか見たことねえ髪の色」

「都会じゃそろそろ普通なのですけど」


 水色でピンク。

 もう日本語で表現できねえ不思議な色の髪をした姉ちゃんが。


 凜々花と同じようにセルフサービスで。

 山ほどハンバーガー持って来た。


「少女。ひとつあげましょう」

「まじで? アニメキャラの姉ちゃん!」

「なに、構いません。あなたのお兄様から頂く利息に比べたら微々たるものですから」

「りそく?」

「それより、あれには困ったものですね。少女の話をまるで理解せず飛び出して行きましたが」


 おお。

 このアニメのお姉ちゃん、まともキャラだったか。


 落ち着いてるし。

 状況をちゃんと理解してる。


 変な人ばっかだかんな、凜々花の周り。

 アニメのお姉ちゃん、すげえ信頼できる。


 ひょっとしてひょっとしたら。

 凜々花の知りてえこと、何でも教えてくれるのかも。


 そう思ったから、バーガーのお返しに。

 アニメのお姉ちゃんへコーヒー淹れて来てあげた。


 ……五円じゃ奮発し過ぎかな?


「並んでいるお客様方が、私達の真似をし始めました。潰れますね、この店」

「人件費がタダなんだからいいんじゃね?」

「料金がタダ同然でどうします」

「それより、アニメの姉ちゃんなら分る? あんな? 凜々花の舞浜ちゃん、浮気してるかもしれねえんだ」

「……ほう。詳しく」


 凜々花、熱心にお話を聞いてくれるのが嬉しくて。

 つい長々話しちまったけど。


 アニメのお姉ちゃんは、お話の終わりまで。

 黙って聞いていてくれた。


「なるほど。少女は、凜々花の舞浜ちゃんさんが、おにいとか言うお客様のことが好きなのではないかと疑っているわけですね?」

「おにい、お客様?」

「はい。一生たかって暮らす予定です」

「なんの話か知らんけど、まあいいか。あのな? 凜々花、別に疑ってるわけじゃねえんよ」

「おや。疑っていないのに浮気調査をしているのですか?」

「うん。凜々花、舞浜ちゃんがおにいの事好きだったらいいなあってずっと思ってたんよ」


 浮気だったらいいなあって。

 二股だったら最高だーって。


 そう思って、知ってる人いねえかなって。

 ずっと調査してたんだ。


「……凜々花、変なこと言ってる?」

「まあ、多少は」

「でもな? 凜々花、おにいと舞浜ちゃんが恋人同士になればいいなあって」

「その上で、舞浜ちゃんさんは少女のお嫁さんになると?」

「だめ?」


 アニメ姉ちゃん。

 喫煙禁止の店内だってのに。


 小さな箱から煙草を一本取り出して機械に入れると。


 なにやら考え出して。

 急に喋んなくなっちゃった。


「…………それ、うまいの?」

「イチゴミルク味」

「そ、そうなんだ……。凜々花も大人んなったら試してみようかな……」

「やめておきなさい。タバコなんて覚えたら、お小遣いがあっという間に飛びます」

「じゃあ、なんでアニメ姉ちゃんは吸うの?」

「水色の幼い生き物に人生について教える麦わら帽子は、パイプがトレードマークですから」


 なに言ってっか分かんねえけど。

 お姉ちゃん、凜々花のために一生懸命考えてくれてるんだ。


 凜々花が出会った人の中で。

 一番まともな人って思う。



 よし。

 凜々花は、このアニメ姉ちゃんの言う事、全部信じよう!



「では、こうしたらどうでしょう」

「ほうほう! なんか思いついた!?」

「舞浜ちゃんさんのいる前で、おにいに、舞浜ちゃんさんが好きかどうか何度も問いただすと良いでしょう。時間をあけて。何度も」

「そうすれば、舞浜ちゃんがおにいの事好きか分かるの?」

「ええ。そりゃあもう」

「わかった! 凜々花、やってみるね! でも……」


 ちょっと心配。

 なんでこの人、こんなに親切なんだ?


「おや? なにか引っかかるのでしょうか」

「凜々花、お金とか無いよ?」

「ああ、なるほど」


 アニメ姉ちゃんは、それだけですべてを悟ると。

 煙草を消して立ち上がりながら。


「……あなたのおにいが妹想いのいい方だから、協力してさしあげたまでです」

「おお! お姉さん、すげえいいひと!」

「ええ。私は、すごくいい人です」


 そして帰りしな。

 最後に一度振り返って。


「……でもね? 私も、妹想いなのですよ」

「へえ! 妹ちゃんいるんだ」

「ええ。……秘めた恋心をなんとか成就させてあげたいと思う程、大好きな妹が」


 優しくにっこり微笑んで。

 店を出て行っちまった。



 …………よし!

 良いこと教わったぞ!


 さっそく、舞浜ちゃんのいる前で。

 おにいに、舞浜ちゃんのこと好きかって何度も聞いてやるぜ!



 これで舞浜ちゃんが。

 おにいの事好きだって分かるといいな。


 凜々花は、お姉ちゃんが置いて行ったハンバーガーを抱えて。

 急いで家に帰ったんだ。


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