キャディーの日
~ 十月十八日(月)
キャディーの日 ~
※
すっげえ失礼
「中学生?」
「うん! 来年、おにいと同じ高校行くんだ!」
「…………アメ、返しなさい」
「えー!? やだー!!!」
舞浜ちゃんの浮気調査。
この手の情報は、ご近所おばちゃんネットワークに頼るのが丸い。
昔、ママから聞いたヒントを元に。
馴染みのお花屋さんに来てみたんだけど。
舞浜ちゃんのこと聞き出そうとして。
お嫁さんって話から、凜々花の齢の話になった途端。
いつもくれてるアメ返せとか。
つめてえこと言い出した。
「あんたと話してると、ずっと昔の娘のこと思い出して楽しかったんだけど……」
「だけど?」
「齢を聞いた今は、つい数年前の娘を思い出して心底心配になる」
「……ちなみに、娘ってあれか? 燃えるゴミの日に『ワンチャン』って書いたガラス瓶大量に出して叱られてた青空レストランのお姉ちゃんだよな?」
「その子がパジャマの上から腹巻してたら正解」
「あれ、夏の制服だって言ってた」
「びっくりすることに、二十四時間仕事しっぱなしなのよ、夏の間は」
「お姉ちゃん、優しいから大好きだぜ? なにが心配?」
「……その質問のせいであんたの心配が増したわよ」
お花屋のおばちゃんが。
いつものカウンター越しにため息ついてっけど。
お姉ちゃんと、ちっと似てねえんだよな。
おばちゃんは綺麗系。
お姉ちゃんは、だいふく系。
「あんな? ため息つくと、寿命が減るって知ってっか?」
「ほんと、今までため息ばっかりついてたからね。この間、病院で残りの寿命を宣告されたの」
「え? おばちゃん、しんじゃやだ……」
「残念だけど……。もって、あと八十年ぐらいだって……」
「……もっと行けるよ。だから楽しく過ごそう?」
「すごいわねあんた。異常なしって診断をそこまで心配してくれるなんて。……で? 舞浜さんの上の子だっけ?」
「そうそう! 好きな人とか知らねえ?」
「知らねーけど、知ってたとしても言いたくない。それ聞いてどうする気よ?」
「警戒しねえで教えておくれよ? ただの浮気調査だから!」
「…………第一級防衛体制発動」
「あれ!?」
肘を合わせて、両腕で顔を完全ブロック。
最強の防御出されちまった。
「二軒に一軒はあるごくごく普通のもんでしょ、浮気って! それを調査してるだけだって!」
「どうしよう。我が家は浮気してねえからお隣りのおばさんが浮気してることになる」
「じゃあ二軒お隣りさんは浮気してねえって事?」
「順番こなの? そりゃ探偵さんの仕事はラクチンだ」
「困ったな。おばちゃんが教えてくれねえと凜々花絶望だ」
「あたしは浮気率五十パーの日本に絶望してるわよ」
すんなり聞き出せると思ったんだけどもな。
凜々花、名探偵だっておにいがいつも褒めてくれっから。
どうしたもんか悩んでたら。
小さなお客さんがご入店。
「いらっしゃいませ!」
「あら、見ない顔ね」
凜々花も知らねえ子だ。
最近、田舎暮らしブームとかで、この辺に新しい家がぼんぼん建ってるせいかも。
駅前はそこそこ栄えてるくせに。
ちっと歩いたら森と山ばっかし。
ママが言うには。
この辺は、『うってつけ』な所らしい。
「お、お花ください」
「いいよ! どんなのにする?」
「えっと……。綺麗な花を飾ると、笑顔になるってほんと?」
「ほんとだよ! じゃあ、一番きれいなの選んじゃおうね!」
小学生の男の子が。
お小遣い握りしめて真剣に選んでる。
こういうのは邪魔しちゃダメだ。
楽しみを取っちゃいかん。
納得いくまで。
自分で選ぶのが楽しいんだ。
黙って、店の外眺めるふりして。
ちらちら様子をうかがうと。
手の中のお金と相談しながら。
三つの候補を行ったり来たり。
どのお花もいいと思うよ?
でも、凜々花のおすすめは…………。
「こ、これ……」
「ミニバラ? 良いの選んだね! 何色にする?」
「ピンク……」
「よしきた! おばちゃん! 出番だよ!」
「はいはい。何本欲しいの?」
「二本」
男の子から小銭を貰って。
綺麗なラッピングをするおばちゃんの手さばき。
これ、見てるの好きなんだよな。
凜々花もラッピングできるようになってみてえな。
「はい。それじゃサービスにアメもつけてあげるわ」
「あ、ありがと……」
嬉しそうにお花を受け取った子が。
アメを渡されたら、急に笑顔を曇らせる。
そりゃそうだよ、おばちゃん。
そんなことされたら困っちまうって。
「あれ? アメ、きらい?」
「う、ううん?」
嫌いなわけねーじゃん。
好きだから困るんだよ。
「ほい。これでいいでしょ?」
しょうがねえから凜々花がポッケに入れてたアメあげると。
男の子は、見る間に笑顔になって。
「あ、ありがと!」
嬉しそうに微笑んで。
店の外に飛び出して行った。
「…………え?」
「ん?」
「今のなによ。あたしから貰うよりあんたから貰った方が嬉しいって訳?」
そうじゃねえって。
あれ?
おばちゃん、まさか気付いてねえ?
「あんな? アメ、一個じゃダメなんよ」
「なんでよ」
「だって、お花、二本買ってたろ?」
凜々花の説明聞いても。
眉間の皺がWi-Fiになったまんまだけど。
そっか、凜々花は知ってるから気付いただけで。
おばちゃんは知らねえんだ。
「おにいがなんか買って来る時は、必ず凜々花の分も買ってきてくれるからな」
「…………ああ。だから二輪か」
「妹かな? 妹だといいな!」
「へえ」
「ん?」
「うちの子に似てるのかと思えば。お隣りさんに似てるみたいね、あんた」
「あの冴えないにいちゃん?」
「そう」
なんか失礼なこと言った後。
ご機嫌笑顔で、凜々花にアメを二つくれたおばちゃんが。
「そんな話、聞いたことあるわね。我が家にただ飯食いに来るヤツから」
「そんな話? 舞浜ちゃんの好きな人のこと?」
「……デパートの屋上にカエルがいるから。休憩中に話しかけてみなさい」
「なにそれゲーム形式!? やべえ、凜々花そういうの待ってた!」
「あらよかった」
「でも、あの冴えねえにいちゃんと似てるって話はいただけねえ」
「あはははははははははははは!!!」
豪快に大笑いしながら。
缶ビールを開けたおばちゃん。
誰もいねえとこに乾杯しながら。
「……ひっこして来たばっかりの兄妹か。笑顔になれるといいわね」
そんなこと言いながら。
ビールをくいっといく。
「そんな心配いらねえよ。凜々花、あれ買って欲しいって思ってたかんな」
「へえ? なんで?」
「ピンクのミニバラの花言葉、『温かい心』だかんな」
「…………やっぱり、そっくりじゃない」
そして、また失礼なこと言ってから。
楽しそうに缶に口を付けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます