安全・安心なまちづくりの日


 ~ 十月十一日(月)

 安全・安心なまちづくりの日 ~

 ※傾城傾国けいせいけいこく

  城を、国を傾けてしまう程

  災いをもたらす絶世の美女。




「洗濯籠が、三つもあること……」

「常識だよ?」


 我が家に来て。

 いろいろカルチャーショックを受けているお嫁さん。


 凜々花の舞浜ちゃん。


 一番驚いたのはなあにって聞いてみたら。

 予想外な返事が返って来た。


「もっとあるでしょに! 友達来ると、たいていバナナ引っ掛けるフック見て仰天すっけど」

「そ、それより籠の方が不思議だった……。ど、どこを使ったらいいのか分からなくて……」

「それで自分の洗濯物は実家で洗ってたの?」

「洗ってたというか、洗ってもらってたというか……」

「言ってくれりゃいいのに!」

「ご、ごめんね? ちゃんと使い分けるから、どれがどれか教えて?」

「これが勝負服籠、これが勝負しない籠、これがぞうきん入れ」

「…………すいません。覚える覚えないの前に言語の壁が立ちふさがりました」


 困った顔した舞浜ちゃんに。

 勝負用とそうじゃない服の違いを教えてあげたんだけど。


 何回説明しても。

 分かってくれなくて困っちゃう。


 しょうがないなあ。

 じゃあ、超分かりやすい例を出そう。


「も、もう一回聞くけど、左がいざ?」

「そう! いざ鎌倉ん時に着る服が左!」

「……普段着って事? 鎧兜の事?」

「だからそうじゃなくてな? おにいが外ごはんに連れてってくれっとき、ちょっと待ってろって言った後、部屋から調子こいた服着て出て来たら着るヤツ」

「それが鎌倉?」

「ううん? 駅のずっと向こうにある『揚子江』に行く時が多いかな?」

「馬で行けない!」

「行かねえよ馬でなんか。おきにスカートでそんなん乗ったらパンツ丸見え」

「えっとつまり、乗馬服をこの籠に?」

「そうじゃなくて……。じゃあもう舞浜ちゃんは左だけ使って?」


 舞浜ちゃん、おしゃれ服しか着ねえし、それでいいだろもう。

 しっかし説明一つで無茶苦茶つかれた。


 今日は洗濯のお手伝いを名乗り出てくれたけど。

 珍しくのみ込みが悪い。


「な、難解……」

「おにいなら上手く説明できんのかな?」

「何の説明しろって?」


 お。


 噂をすればじゃじゃじゃじゃーん。

 おにいがひょっこり脱衣所に現れたんだけど……。


「うげ」

「なんだ?」


 なんだ? じゃねえよ。

 その右手にぶら下げてんの。

 ひきこもりの原因になったぬいぐるみじゃねえの。


 とうとう家ん中を連れて歩き回るほどになっちまったの?

 これ、今週中には外にも連れ出すようになるんじゃない?


「どうしたんだお前? 頭がくっついてるエビフライをどこまで食ったらいいのか分からない時の顔になってるぞ?」

「あれはアンテナから水平尾翼まで全部行っとけばいいからダイジョブ!」

「空飛ぶエビだからエビフライって訳じゃねえぞ?」

「それよりちょうどよかった! おにい、籠の使い方、舞浜ちゃんに教えたって?」

「…………脱いだ服を入れる」

「そういうおバカな話じゃなくてな? どこを使えってこと説明したいんよ!」

「ああ、なるほど。舞浜は左だけ使えばいいんじゃねえの?」

「そ、そうじゃなくて、左と真ん中の違いを知りたい……」


 おにい、めんどくさそうな顔してっけど。

 ちゃんとしてくんなきゃ困るんよ。

 説明はおにいの仕事でしょ?


「凜々花のお気に入りが左に入るわけだから、舞浜は本体含めて左でいい」

「な、なるほど、そういう事なんだ。でも、本体は浴槽へ入れて欲しい……」

「そうだな。そして今日はこいつも風呂に入れてやってくれ」

「ち、ちびらびを?」

「たまには洗濯してやらねえとって意味だよ」


 おにいは、彼女さんと洗濯方法書いた紙を舞浜ちゃんに預けてるけど。

 ここはチャンスだ。


「凜々花が洗う!」

「いや、お前に任せるの不安なんだが」

「ダイジョブ! 義姉様に当たるわけだから、凜々花超丁寧におもてなしするよ?」

「……なにさんだって?」

「ダイジョブダイジョブ! えっとなになに? 1.リボン、服を外します。ふんぬうううう!」

「脱がせ方っ!! リボンは解け解け! 首が限界近くまで伸びたわ!」

「ほえ? いや、だったらそう書いてもらわねえと」

「やっぱ俺が洗うよ、まったく……」


 くそう。

 義姉様殺害計画、失敗の巻。


 それよりやばいって。

 この人、ぬいぐるみとお風呂入ろうとしてる!


「おにい、義姉様と一緒に風呂へ入る気? ここは女子同士の方が健全だって!」

「さっきから、ネエ様ってなんだ? こいつの名前はちびらびだ」

「ああ、そだよね! まだ決まったわけじゃねえしな!」

「決まった? さっきからなに言ってるんだよお前」


 やばいやばいやばい!

 このままじゃ変態街道一直線。

 でも頭ごなしはいけねえよな?


 ここは凜々花お得意のたとえ話でナチュラルに否定しねえと……。


「あ、あんな、おにい。よく聞いてくれ」

「なんだよ」

「むかしむかし、とある村に、ぬいぐるみと一緒にお風呂に入る変態がおったそうな」

「誰が変態だ!」

「あ、あの…………。た、立哉君?」

「ストップ舞浜ちゃん! ちょくで言ったら傷つくから、ここは凜々花がやんわり変化球で変態だって伝えるから……!」

「百六十キロの直球が顔面直撃しとるわ」

「そ、そうじゃなくて……。マーキーズは?」


 マーキーズ?

 なんだそれ?


 舞浜ちゃんが口にする科学っぽい単語は。

 天才凜々花にも分かんねえ。


「ん? ……ああ、そうだったな」

「うん。付けてあげないと……」

「凜々花に変態って言われるし。お前にやるから、自分で探してくっ付けてやってくれよ」

「え? …………え?」

「あと、洗濯は凜々花にやらすなよ? 自信が無かったら春姫ちゃんに頼め」

「わ、分かった……」


 よし、舞浜ちゃんに渡したな?

 おにいが二階に上がった行ったのを確認して……。


「舞浜ちゃん!」

「は、はい!」

「そいつを捨てちまおう!」

「だ、だめだよ!?」

「え……?」


 義姉様を大事そうに胸に抱きしめて。

 凜々花に向けて頬を膨らませた舞浜ちゃん。


 まさか、そのぬいぐるみ。

 手にした者を魅了する呪いがかかってる!?


「き、危険すぎる……っ!」

「大丈夫よ? でも、立哉君が、やっぱり大丈夫じゃない……」

「いや、おにいはこれで快方に向かうと思うんだけど……。ねえ、舞浜ちゃん」

「なあに?」

「舞浜ちゃんは、凜々花のお嫁さんだよね?」

「ち、違うよっ!?」

「がああああああああああああああん!!!」


 や、やはりなのか!

 めちゃめちゃぎゅうって抱きしめてるそいつに心変わりしたのか!


「は、早くなんとかしねえと……っ!」


 凜々花は、呪いのウサギをにらみつけながら。

 舞浜ちゃんを取り返すことを心に誓った。


 ……そんな舞浜ちゃんは。

 二階を見上げながら。


 不思議そうに首をひねっていた。

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