やるせなき脱力神番外編 男女友情モノ習作

伊達サクット

番外編 男女友情モノ習作(1)

 王都のとある裏通り。


 よく考えなくても極めて治安が悪いこの場所に、似つかわしくない二人の女性。


 一人は白い地味なローブにさらりとした長い金髪の女性。ワルキュリア・カンパニーの幹部従者・シュロン。


 脇に並んでヒールの音を響かせている、シュロンより頭一つ以上は長身の女性。彼女は身に纏う鎧、アクセサリーから、オッドアイの瞳や髪の色まで、左右緑と赤が交互に細かく入り組んだ、極めて派手な外見をしている。シュロンの側近的立場にある管轄従者・ローリエだ。


 彼女らは普段、このような場所に近寄るようなことはしない。たが、今回は立ち入る必要性があった。人知れず街角に巣食う悪霊を退治する必要があったからだ。


「まったく……。口ほどにもありませんでしたわね」


 静かな裏通り、シュロンが小声で、若干不機嫌そうにつぶやく。そして、ドブのような生暖かい臭いが不意に漂い、訝しげな面持ちでローブの袖で鼻を覆う。


「ええ。シュロン殿に来て頂く必要はありませんでしたね。A+ランクというのは本当でしょうか?」


 ローリエがシュロンの不機嫌をなだめるように言う。


「精々B……。まあ、いつものことですわ。ロシーボ隊の悪霊調査はいつも大袈裟。数ランク上に評価しますもの」


 それを聞いたローリエが妖艶に微笑む。


「ふふ……。今回はロシーボ殿が自分で調べましたものね。ロシーボ殿だと、敵が余計強く見えるのでしょうね」


 ローリエの口ぶりは、ロシーボの戦闘力の低さを暗に示している。


「それもあるけど、自分達が評価した悪霊によって他の隊の犠牲が出るのを嫌ってるのよ。あの子は」


「それは責任を追及されたくないから?」


「ええ。仲間に死なれたくないというよりは、保身のために慎重過ぎる評価を下す。以前、悪霊を過小評価して他の隊に大きな損害を出して問題になったことがありますの」


「そうなのですか」


「それが相当堪えてるみたいですわ。でもわたくしの隊に関してはそんな心配無用ですのに」


「仰る通りです」


 ローリエが同調する。


「わたくし、科学というものには詳しくないけど、あの子の言う『データ』とやらに恣意的な感情が入っては意味ないんじゃありませんこと? まったく……」


 シュロンが愚痴っぽく言った。整った笑顔でうなずくローリエ。


「とにかく、このような所に長居は無用ですね。早いところ人通りの多い大通りへ出ましょう」


 シュロンのような高貴な女性にこのような汚らしい場所は相応しくない。もちろん自分にも。ローリエはそんな気持ちでシュロンに語りかけた。


「そうね」


 当然と言わんばかりにシュロンが返す。


 そうして歩いていると、物陰から突然三人の男達が現れた。絵に描いたようなチンピラ共である。


「お姉さん達どうしたの? こんな所歩いてると危ないよ?」


 三人のチンピラは楽しそうな、シュロンとローリエにとっては不快な笑みを浮かべながら、一々文字に起こす価値もないような言葉を投げかけ絡んできた。


 普通の女性なら恐怖に震えるところだが、シュロンは心底煩わしそうな表情を浮かべ、長い前髪を手で振り払う。


「シュロン殿。このクズ共は私にお任せを」


 ローリエが男達の注意を惹くため、あえて挑発的な言動をした。


「ええ。お願いね」


 シュロンはローリエに後を任せ、その場を通り過ぎようとする。


「待ちな」


 下卑た笑いを浮かべたチンピラAがシュロンのローブをつかもうと腕を伸ばしたが、シュロンは音もなく、亡霊のように半透明となり自らの輪郭をぼかし、ふっと夜の闇に溶け込むように消えてしまった。


「おっ!?」


「消えた!?」


 チンピラBとチンピラCが目を見開いて表情を強張らせる。


「あ、あれ、もしかして……強い系の人だった?」


 チンピラCがビビりながら言う。


「ウフフ……どうしたの? 私と遊んでくれるんでしょう?」


 そんな彼らを前に、ローリエが妖しげに微笑みながら、悠然とマントをなびかせ一歩前に出る。三人の顔がみるみる青ざめる。


「やべ、普通じゃねえのに当たっちまったかも……」


 チンピラAが後悔の念を漏らす。


「あの、悪かった。俺らもう行くから」


 チンピラBが愛想笑いを浮かべる。チンピラCはゴクリと生唾を飲んでコクコクと首を縦に振る。


「残念だったわね。もう遅いわ!」


 ローリエはその長い脚からハイキックを繰り出し、チンピラAを吹っ飛ばした。


「ぐえっ!」


 クリーンヒットしたチンピラAは塀に激突して砂煙を上げ崩れ落ちて失神。


「て、てめえ! 何しやがる!」


 これには残りのチンピラ達も黙っていなかった。


「それはこっちの台詞よ。もし私に戦う力がなければ間違いなくあんた達に襲われていた。確かに、私はあんた達を余裕で叩きのめせる程に強い。でもそれは、たまたまの結果論でしかないわ」


「はああぁ!? 優しくしてりゃつけ上がりやがって!」


 チンピラBが丸太のような腕を振り上げローリエの顔面にパンチを繰り出すが、ローリエはそれをかわし、カウンターの蹴りを叩き込んだ。


「ぶごっ!」


 チンピラBも吹っ飛び地面に転がる。重い蹴りで、うめき声を上げながら立ち上げることができずにいる。


「っざけんなこのアマッ!」


 チンピラCが怯えながらも虚勢を張り、抜刀しようと腰の鞘に手を伸ばす。だがその刹那、ローリエが背中に提げている白銀のランスを手にし、チンピラCより遥かに早い動作で彼の頭部のモヒカンを串刺しにした。


「ヒッ!」


 鞘に手をかけた格好のままチンピラCが硬直する。雄々しきモヒカンはランスの風圧により全て抜け落ちツルッパゲになってしまった。


「クズは力で分からせるしかない! 美しい力をもって!」


 ローリエはランスを薙ぎ、チンピラCのみぞおちに当てた。


「エゲエエエ……」


 地面に倒れ、足をじたばたさせもがき苦しむチンピラC。ローリエはチンピラCを高いピンヒールのサンダルの、鋭いヒールでグリグリと痛めつける。


 こうして、開幕早々気絶したチンピラAはともかくとして、チンピラBとチンピラCは彼女によってボコボコにされた。


「すいませんでした」


「すいませんでした」


「すいませんでした」


 しばらくの後、目を覚ましたAと、すでにボロボロなBとCは、三人並んでローリエに土下座していたのだった。







 王都の『宿場通り』のとある宿屋がメクチェートの住まいだった。


 この宿は、一泊限りの旅人は基本的に受け付けておらず、王都に根付いてしまった長期入居者を相手としている、事実上の借家であった。レンガ造りのせせこましい安宿である。


 メクチェートはその借り住まいの自室にて、床に様々な種類の薬草を広げ、その調合にいそしんでいた。


 彼は、ワルキュリア・カンパニーの中核従者である。植物系種族で、緑色の皮膚のいたる所に蓮の花の花托のような器官が不規則に散りばめられ、頭髪は赤い広葉で、側頭部にはこれまた蓮の花を思わせる器官が生えている。


 床に座って薄っぺらい皿に盛られた薬草を調合しているメクチェート。その背後には彼のベッドに腰かけるローリエが、メクチェートの赤い葉の頭髪に足を乗せ、わさわさと足の裏で撫で回す。


「はああぁ……」


 うっとりとした表情で溜め息を漏らすローリエ。構わず薬草をすり鉢でごりごりとすり潰すメクチェート。


「ああ~、くすぐったくて気持ちいい……」


 ローリエのその言葉に反応の示さず、メクチェートは脇に置いてある、薬草の図鑑を手に取った。パラパラとページをめくり、目の前に広がる薬草と見比べる。


 ローリエは今度はメクチェートの頭に生える青い蓮の花のような器官を足の裏で撫で回した。足の親指と人差し指で花びらをつまんでみたり、もう片方の足の裏では葉っぱの頭髪を触り始める。


「メク、いつもこうしてるけど何で怒らないの?」


 ローリエが問う。彼女は足の裏でメクチェートの頭髪を触ったときの感触が気に入ったようで、癖になっていた。


「別に、減るものでもないですし」


 メクチェートが赤い薬草と緑色の薬草を挟みで細かく切りながら答える。


「やっぱり私だからOKしてくれるんでしょ?」


 ローリエは両足を頭に乗せた状態で足を止めた。


「いや、そんなわけじゃないですけど」


「え? じゃあ他の人が足で頭触らせてって言ってきたらどうすんの?」


「いや、普通そんなこと言ってこないですから」


 メクチェートがそっけなく言う。


「もし言ってきたら?」


「う~ん……。断るかも」


 若干の間を置き、メクチェートがぼそっと漏らした。


「ほら、やっぱそうじゃない! メクはMだからね。こうやって私の美しい足に触ってもらえて嬉しいのよ」


「いや、そんなことないです。そもそもやってくれって頼んでことないですし」


 メクチェートは構わず作業を続けながら否定した。


「嘘。変態なのがバレたくないから。私、男がSかMかを見分ける能力があるの」


 ローリエが嬉しそうに笑いながら言う。


「いや、だってそりゃあ、ローリエ殿に寄ってくる男は基本Mでしょう。Sは近寄らない」


「あら、分かってるじゃない。でも正確に言うと、Sも最初は私の美しさに惹かれて寄ってくるわよ。その後で、どう反応するかってとこよね」


「出た、ナルシスト。もうその時点でSの人は駄目でしょ」


 メクチェートが呆れたように言う。


「メクは間違いなくM」のローリエの言葉に対し「はあ」と生返事をするメクチェート。


 ローリエはメクチェートの頭から足の裏を離し、ベッドから立ち上がった。そして、床に座るメクチェートの脇に胡坐をかいて座り込んだ。


 ローリエがメクチェートの着るローブの長い袖をめくると、緑色の腕が露出する。


 腕の表面に無数に広がった、蓮の花托のようなブツブツとした穴を、彼女はじっと見つめている。やがて、彼の腕に自らの手を乗せ、指先をくすぐるように滑らせた。そして、花托の中に埋め込まれている種を爪の先でつつく。メクチェートはノーリアクションで作業を続ける。


「と言うか、いつも帰りに私の家に寄るのやめてもらえませんか?」


 メクチェートが無表情で言った。


「だってウィーナ様の屋敷から貴族街まで遠いんだもん。私の家と、丁度中間地点のいい場所にメクの家があるから、途中で休むのに便利なのよ。ここを拠点にして、色々生活面で融通し合えればお互い便利でしょ?」


「融通してるのがこっちばかりなんですがそれは」


 メクチェートが内心心配しているのは、こうしてローリエがメクチェートの家にしょっちゅう入り浸っていることで、職場で変な噂が立たないかということである。別に付き合っているわけでもないのに男女の仲を噂されると厄介だ。


「固いこと言わないの。私達の信頼関係を深めるのは大切でしょ。相棒として」


「はい。すみません」


 謝るメクチェート。


 任務においては、ローリエとメクチェートは二人一組で行動することが多く、完全に相方のような状態になっていた。確かに仲間として信頼関係を維持するのは必須だ。


「情愛を抜きにした、女と男の信頼関係は美しいもの……。そうでしょ?」


「はい」


 生返事するメクチェート。


「私はこの美貌のせいで、今までその信頼関係を手に入れることができなかった。なぜなら、異性との友情が成立しないから」


「はい、三十回ぐらい聞きました」


 メクチェートが再びやる気のない生返事を返すが、ローリエは機嫌を悪くすることもなく、人形のように整った笑みを浮かべる。


 美貌といっても、彼女の顔は、実は魔導都市セタサーガで魔導施術を受けて整形されたものである。いわゆる『セターサガ顔』というやつで、施術を受けた後は人形のような美貌になるが、通り一遍の似たような顔に仕上がってしまう。


 この魔導整形は、それこそ施術の度合いによってピンからキリまであるのだが、ローリエはかなり金を投じてガッツリ手を加えたようで、喜怒哀楽の表情に関しても、施術の副作用なのか、かなり固くてぎこちなく、それこそマネキンのように生命感に欠けるものがある。


 メクチェートとローリエの所属するシュロンの隊は、魔導都市セタサーガ絡みの仕事が多く、出張所もあるためによく足を運ぶ。その街中には『セタサーガ顔』の女性が溢れている。


 ローリエはかなりセタサーガ顔の典型例となってしまっているが、とにかく見た目が赤と緑が飛び交う派手なもののため、セタサーガでの任務でも、他の女性と見間違えるようなことはなかった。


 ローリエ自身は、このような顔になってしまっても全く後悔する様子はなく、よく鏡に自分の顔を映して楽しんでいる。先天的な美しさではなく、自らの意思で人工的に手に入れた美貌だからこそ、本人にとっては尊いものなのであろう。ならばその美しさは、ある意味天然の美人以上に尊重されてもいいのではないかとメクチェートは思う。


「ウィーナ様にお仕えする前、他でパーティー組んでたときも、結局私を巡って人間関係がこじれちゃうのよ。しかも男達が勝手に私の取り合いをしてるのに、何で私が諸悪の根源みたいにされてんの? 私別に誰とも付き合ってるつもりないのによ? どっちかって言うと、男子よりはそのパーティーの他の女子達が、私を悪者にしたがるのよ。そんな人間関係ドロドロのパーティーで魔物と命がけで戦うとき、信頼とか生まれると思う? 本っ当に美しくない! だから私はそういう声を力でねじ伏せるために誰よりも強く美しく、その理想像をウィーナ様やシュロン殿に……」


「あ、その過去話カットで。もう五十回ぐらい聞きました」


 メクチェートが薬草を調合する手を止めぬままに拒絶したが、ローリエは構わず話を続ける。たまらず大あくびするメクチェート。


 ローリエの話は延々と続く。


「だから私はここ来てから、管轄に昇格して権限が大きくなってからは、コンビで動くことを軸としてんの。私がパーティー作るとどうしても男女の問題が起きちゃうから。そういう意味ではメクは適役」


「その語り、もう七十回くらい聞きました」


 ローリエが言うように、上司と部下として、戦う仲間同士としての関係を維持するために、メクチェートは距離を取るような態度を見せつけた。


 さすがにローリエもメクチェートに対して若干の遠慮をしたようで、「じゃあ私帰るわ。ねえ、門まで一緒に行かない?」と切り出した。


 彼女の言う『門』とは貴族街のゲートのことである。そこまでなら平民のメクチェートも行くことができる。


「分かりました」


 もう夜もふけている。


 女性に夜道を独り歩きさせるのも気が引けるので、こうなると大体メクチェートはローリエと一緒に貴族街の入口まで付き添う。


 貴族街まではかなり歩くのだが、ローリエは10cm以上の高さがある『バトルピンヒール』を履いているので、メクチェートはそのスピードに合わせてゆっくりと時間をかけて、道中を魔法談義に花を咲かせ歩いていった。


 バトルピンヒールとは魔法装備の一種で、履く者の足に苦痛を強いるが、痛みに耐え完全に履きこなすと、靴が使用者を認め苦痛を感じなくなり、足の形は靴に合わせて美しく矯正され、おまけに戦闘時には全能力値がアップする法呪錬成が施されている。無論茨の道であり、過去、多くの女戦士が憧れて挑戦した。


 普通なら立つのがやっと。歩くだけで転びそうにさえなる。それを履いて戦闘をしろというのだから尋常ではない。しかし、足の痛みに耐えて履きこなし、靴に認められさえすれば、つま先に体重がかかることで歪んでしまった足は美しく矯正され、痛みもなくなるのだ。だが、大抵の者はそこまで耐えきれずに足を潰す。そうなると、血の出た跡が残り、いびつになった足と後遺症しか残らない。残酷な話だ。メクチェートは思う。


 それを颯爽と履きこなし、優雅に歩くその姿は、ローリエの美意識の高さと精神的な強さを物語っていた。


 家を出てから大分経ったはずだが、話をしながら歩いていると貴族街のゲートまではあっという間に感じられた。


「じゃあね。いつもありがとう」


「お気をつけて」


 ローリエの背中を見送り、メクチェートは独り、足早に来た道を黙々と引き返した。宿屋までの所要時間は、往路の半分もかけなかった。







 数日後、仕事を終わらせウィーナの屋敷を後にしたローリエは、別件で動いているメクチェートに、いつもの酒場へ合流するよう伝言を残し、一人酒場へ向かっていた。


 すると、この前叩きのめしたチンピラA~Cがローリエの行く手を阻んだ。どこかで回復魔法でもかけてもらったのか、数日前ローリエがボコボコにした傷跡は綺麗さっぱり癒えていた。しかし、髪の毛を全部抜かれたチンピラCの頭髪はスキンヘッドのままであった。


「見つけたぞ、赤と緑の女騎士!」


「よくも俺の命より大切な魂のモヒカンを台無しにしてくれたな!」


「この前はよくもやってくれたなこの野郎! 今度は仲間を連れてきたぞこの野郎!」


 チンピラ達が言うと、ローリエの後ろに二人の気配。見ると、チンピラDとチンピラEがそれぞれ斧と鎌をもって逃げ道を塞いでいた。


「へっへっへ! このチンピラD様にかかれば貴様など一ひねりよ!」


「いやいや、このチンピラE様も甘く見てもらっては困るぜ! 地元じゃ『瞬殺のチンピラE』恐れられた男よ!」


 チンピラDとチンピラEが威勢よく言った。


「まったく、弱い犬ほど群れるわね!」


 ローリエが吐き捨てるように言い、今日の得物である(ランスは携帯していない)、赤と緑の宝石が埋め込まれた黄金に縁取られた杖を構え、深く精神を集中させた。


「ハアアアァァ……」


彼女の息づかいと共に、周囲に赤と緑の魔力の奔流が巻き起こる。


「カラメル・キャラメル・カスタード、紅蓮の動流、青碧の静流、我が血の滾りに応じ……」


 ローリエがいかにもな詠唱を始めると、赤と緑の奔流は激しさを増すが、背後のチンピラDとEは詠唱中のローリエに構わず攻撃を仕掛けてきた。


「うおおおお!」


 武器を振りかざすDとE。


「何してんのよ!」


 ローリエは詠唱を中断し、振り向きざまに杖でDとEを二人まとめて殴り飛ばした。


「ぐええええっ!」


 倒れるDとE。それを見て及び腰になるビビりまくりのAとBとC。彼らはこの前のトラウマが呼び起こされ、完全に足がすくんでいた。


「何考えてんのよアンタ達! 人が魔法の詠唱してるときに攻撃してくるとか! 何なの!? マジ信じられないんだけど!? バッカじゃないの!? 何でそんな常識ないの!?」


 ローリエがまくし立てる。


「え、普通、詠唱している最中こそ攻撃チャンスだと思うが……」


 口答えするチンピラDを、ローリエが再び杖で殴り飛ばす。


「ぶえっ!」


「ふざけんなよ! もし私がカッコよく詠唱してるところを後ろから攻撃食らってやられたら、そんなの美しくないじゃない! もしそうなったらどうしてくれるの!」


「え、ええぇ~……」


 腫れた顔を抑えながら、泣きそうな顔でチンピラDが弱々しく困惑の声を漏らす。


「で、でもそうはならなかったし、しっかり背後からの攻撃反応してたし」


「お黙り!」


 意味不明な抗弁をしてきたチンピラEを、ローリエが長い脚で回し蹴りした。


「ヒッ!」


 咄嗟にチンピラEは腕でキックをガードする。それがローリエの怒りを激しくさせる。


「ちょっと何ガードしてんのよ!」


「だ、だって怖い」


「ガードするな! 防がれたら私美しくないでしょ! ハイッ! 気を付けっ!」


 ローリエが杖をチンピラEが杖を向けて命令すると、チンピラEは「はいっ!」と背筋を伸ばして直立する。その無防備な体勢に向けて、ローリエは今一度回し蹴りを放った。


「グワーッ!」


 無抵抗で蹴りを受けたチンピラEは今度こそ吹き飛んだ。


 DとEを蹴散らしたローリエは、今度はA~Cに目を向けた。


「ぐ……、いい気になるなよ、赤と緑の女騎士」


 気を取り直したチンピラAが言う。


「はぁ!?」


 凄むローリエ。


「今日は兄貴に来てもらってんだよ! 兄貴ッ! キンピラの兄貴ッ! お願いします!」


 チンピラBが声を張り上げると、彼らの後ろから一人の男が現れた。


 ロングコートを羽織り、黒いスーツの下はストライプのワイシャツと黒いネクタイ。そして漆黒のサングラスをかけている。確かに、キンピラと呼ばれていたこの男は、周りにいる三下達とは違った大物感が漂っていた。


 両手をスーツのポケットに突っ込んで、悠然と歩いてくるキンピラは、内ポケットからシガーケースを取り出し、そこから葉巻を一本出した。


 そして、指に葉巻を挟んでチンピラCの前に突き出すと、すぐさまチンピラCは指先に軽く炎の魔法を唱えて火を灯し、葉巻に火をつけた。


 キンピラが言葉もなく葉巻を咥え、口の中を満たした煙をゆっくりと吹いた。


 そして、葉巻をスッとチンピラBの前に向けると、チンピラBは灰皿を取り出して葉巻の前に出した。そこに葉巻を叩いて灰を落とすキンピラ。


「あ、兄貴、お願いします! コイツがあの赤と緑の女騎士です!」


「覚悟しろよ! キンピラの兄貴は俺達とは比べ物にならないほど強えんだ!」


「さあ、兄貴、やっちゃって下さい!」


「ピーピー騒ぐな。静かにしろ」


 キンピラが凄むと、はやし立てていたチンピラ達は「すいません!」と言ってすぐに押し黙った。


 キンピラは一歩前に出て、ローリエと対峙した。サングラス越しにじっとこちらを見るキンピラ。


「こいつが、お前らがやられたっていう赤と緑の女騎士か……」


 キンピラが低い声で言うと、チンピラAが「はい」とうなずいた。


「そうか……」


 そう言うと、キンピラは再び葉巻をふかした。そして、ローリエからやや顔を背け、どこか遠くを見つめるような仕草で、ゆっくりと煙を吐き出した。


 ローリエはキンピラの顔を杖で思いっきり殴り飛ばした。


「アバーッ!」


 吹き飛ぶキンピラ。ヒクヒクと痙攣して起き上がる気配がない。


「あ、兄貴ーッ!」


 慌ててかけよるチンピラA~C。


「な、何しやがるテメー!」


「まだ始まってなかったろうが!」


 チンピラDとEがローリエの先制攻撃に抗議した。


「なんか無駄にダンディーって言うか、ハードボイルド風味なのがムカついたから、とりあえず殴っといた」


 ローリエがさも当然といった風に言う。


「反則だ!」


「ずるい!」


「アンタ達も私が詠唱してる最中攻撃してきたじゃない。お互いさまでしょ?」


「それはお前、反撃してきたじゃねーか!」


 再び抗弁するチンピラE。


「アンタそここだわるわね。そんなの防げなかったコイツが悪いんじゃない」


 ローリエが痙攣しながら気絶しているキンピラを指差した。


「ぐぬぬ」


歯を食いしばるチンピラE。


「あら可愛い」


 チンピラDが悔しがるチンピラEを褒めた。ローリエには何が可愛いのかさっぱり理解できない。


「じゃあ、行くわよ」


 ローリエは再び杖を構え、呪文の詠唱に入る。


 怯えるチンピラ達。詠唱の邪魔をすると怖いので、最早手も出さない。


「カラメル・キャラメル・カスタード! ザラメ・カルメラ・カルメヤキ! 赤と緑のブラッド・ウェーブ!」


 ローリエの周囲に発生した緑と赤の魔力の奔流が、チンピラ達を走り抜け、彼らを次々と吹き飛ばした。


 キンピラは気絶から回復して立ち上がったが、その瞬間ローリエのブラッド・ウェーブがクリーンヒットする。


「ギャアアアアア!」


 再び倒れるキンピラ。


 周囲は静まり返った。


 そのとき、どこからか拍手が聞こえてきた。


 物陰から一人の男が姿を現す。


 青い髪の、裸の上半身の上に毛皮をあしらった豪華なコートだけを羽織っている盗賊風の男だ。若く、かなりの美男子である。


 男は、ローリエに向かって爽やかな笑みを投げかけた。


「素晴らしい。君強いね」


「こんなクズ共、相手じゃないわ」


 ローリエは鼻で笑った。


「僕の名はコンピラ。盗賊王コンピラって言えば分かるかな?」


 コンピラと名乗った男は不敵な態度で言った。


「と、盗賊王……コンピラ……だと」


 キンピラは知っているようで、よろよろと立ち上がりながら驚愕の表情を浮かべている。


 もっとも、ローリエは盗賊王コンピラなど知らなかった。


「知らないわね」


「僕を知らない? 政府から凄い懸賞金がかかってるイケメンの主人公なんだけど」


「知らない」


 再度ローリエが答える。


「ぜひコンピラ盗賊団に君を仲間に加えたい」


 いきなりコンピラがローリエを勧誘してきた。


「いや、いきなり過ぎて普通に怖いんですけど」


 ローリエが辛辣な態度で断りを入れる。


「僕は何と言おうと君を仲間に加えたい。僕がそうしたいからだ。もうそういう風にストーリーが展開されてるんだよ」


 コンピラが妄想じみた発言をし始めた。初対面に人間にいきなりこの口ぶりは、ローリエを相当にドン引きさせた。チンピラ達やキンピラもドン引きしていた。


「いや、あり得ないから。代わりにコイツら仲間にしたら?」


 ローリエがキンピラやチンピラを指差す。途端に迷惑そうな顔するチンピラとキンピラ。それを受け、コンピラはまた爽やかな笑みを浮かべた。


「よし分かった。じゃあ僕と勝負して勝ったら仲間になれ! そうすれば君も僕達のファミリーだ! 君も賞金首になれるよ! 僕は盗賊王! 君を盗むッ!」


 コンピラはウインクしながらローリエを指差してきた。白い歯がキラリと光る。


「うわキモッ!」


 ローリエが心底嫌そうに言いながら、杖を構えた。別にイケメンなら何をしても格好良いというわけではない。気持ち悪い行動は誰がやっても気持ち悪い。


「僕は盗賊王! 君を盗むッ!」


 コンピラが同じことを二度言ったが、その場にいた全員が無視。


 チンピラとキンピラが見守る中、コンピラとローリエのバトルが唐突に幕を開けた。

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