8-32【勝敗1】



◇勝敗1◇


 ザシュッ――!!

 鮮血が、斬り上げられた宙に舞った。


「がはっ……!!」


 ライネの斬り下ろしと斬り上げの二段斬りは、見事に腹と胸を裂いた。

 そして剣圧にて、コーサルは後方の岩に吹き飛び……ドガッとぶつかり、ずるりと落ちた。


「……」

(手応えが……?)


 ライネは汗を掻いた額を拭う。

 汗は前髪を額にくっつき、珍しくその両目が露出していた。

 確認の為、ライネは岩に崩れるコーサルのもとにしゃがみ込み。


「いや……うん。死んでる」

(久しぶりに斬ったから、感覚がおかしかったのかな……)


 近寄り、ライネはコーサルの脈拍をチェックした。

 脈は動いていない、息もしていない。


「はぁ~」


 今まで憎たらしい声を荒げていた男の死を確認して、やりきれない気持ちになる。


「何度経験しても……こればっかりは慣れないわね。地球だったら大罪、でもここは異世界。人殺しが賞賛される……そんなやりきれない世界。慣れたくもないけれど」


 コーサルの遺体を背に、ライネは歩き出す。

 ユキナリを追うのだ。


「あのボケナス……あんな顔・・・・で。いつもみたいに、馬鹿みたいに笑ってなさいよっ」


 先程の去り際のような、あの無表情。

 帝国にいる時は一度も見た事がない。戦った相手と何かあったのは確実だが、あそこまで能天気なユキナリの感情を歪めたと、そこがライネにとっては驚きだった。





 ライネとコーサルの戦場から離れた場所。

 稲光が走った地面は、蚯蚓腫みみずばれのように焦げていた。


 そこに……人影。


「おやおや、これは驚いた」


 その場には、ゲイル・クルーソーが倒れ伏している。

 辛うじて息がある。しかし両腕は稲妻によって炭化し、片足も足首から炭化して砕けていた。

 肩から腹にかけて六本の斬り跡が残されており、どうすればここまでの殺意を持てるのかと、この人物は思った。


「……」


「え、なんです?」


 その男は、ぼそりと何かを言ったゲイル・クルーソーの口元に耳を持って行く。

 「殺してくれ」と、ゲイル・クルーソーはそう言った。

 騎士として、武人として戦い、仲間の任務を遂行させるために悪鬼と戦い、そして敗れた男の……最後に求めた情けだった。


 しかし。


「くっは!あははっ……これはこれは、間抜けな事を言いますねぇ」


 男は涙を流しながら笑う。

 ゲイル・クルーソーの願いを、腹を抱えて笑ったのだ。


「駄目ですよ。あなたのような強靭きょうじんな身体の持ち主はさぁ、聖女のいい実験台だろうがよぉぉぉ!」


 貴族風の風貌のその男は、キザに髪を搔き上げて。

 ゲイル・クルーソーの髪を鷲掴わしづかみにすると……


「あなたもあのザルヴィネとか言う男と一緒に、あの阿婆擦あばすれの実験台になれよ……その方が女王もお喜びになるだろうさ、くふふ……あははははっ!!」


「……お、ま……えは……」


 ゲイルの光のない瞳に映るその顔は、人とは思えない下衆な顔を浮かべる。

 ゲイルの頭部を掴んだまま歩き出し、そして一言何かを呟くと……その姿を一瞬で消え去るのだった。

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