エピローグ7-2【転換の準備・豊穣の村part】



転換てんかんの準備・豊穣の村part◇


 アイシアの思考が変わったのは、ミオにとっても手痛い事態かも知れない。

 幼馴染の少女に課せられた運命を変える。そんな展開を夢見る年齢は過ぎているかも知れないけれど、私も同じ気持ちだった。

 けれど、アイシアの心の天秤てんびんかたむいたかもしれない。


 ――最悪な方向に。


「……なぁに?」


 視線は私に突き刺さっている。

 幼い、値踏みするような、そんな視線だ。


「……なんでもない」


 小さな少女、いや幼女。

 【竜人ドラグニア】の女の子……リアちゃん。


 現在、私は実家に居る。

 アイシアが初代アイズレーンの事を話してから、約七日。

 一週間もの間、私は自分のすべきことを考えていた……が、結果は何も得られていない。


 実家である村長宅には、ちょこちょこリアちゃんが訪れるようになっていた。

 あの日から、リアちゃんがそわそわするようになり、世話になっているロクッサ家に居辛いのだとか。

 初日にスクルーズ家に訪れて、私はようやくこの幼女と対面した。

 その結果がこれよ、私……子供に好かれないのよね。


「ご飯食べる?」


「……」


 私が差し出す野菜のグラタン。

 スクルーズの野菜がたっぷり入った、実に健康的な料理ね。


 しかしリアちゃんは、首をフルフルと横に振るって拒否。

 肉が好きらしいわよ、流石幼女ね。


「はぁ、それにしても……」


 私はため息交じりで食事を進める。

 一週間、村にとどまっていて実感した。

 今の私は、何も出来ないんだって。

 魔力はそこそこ回復してきたわ、あの戦いの前とまではいかないけれど、おそろくもう少しで……全快だと感じる。


 それはいい。時間が解決してくれることもあると、理解できるから。

 問題は、やはりアイシアの事なのよ。

 アイズもそうだけれど、アイシアも……様子がつかめない事が多かった。


「ねぇ、おねえちゃん」


「――え……あ、私?」


 考え事をしていると、幼女……リアちゃんが目の前にいた。


「やっぱり食べる?」


「……ちがう。あのね……悪いのが来る・・・・・・


「え?悪い?……何が?」


 理解出来なかった。

 でも、その瞳は……紫色だ。


「――うぅ」


 アイズに聞いた。

 確かこの子の能力は、極限まで身体能力を高めるもの。

 それなのに、なんなの……この底知れない不安は。


「リアちゃん、もしかして……何かえたの?」


 アイシアと同じ、何かをた可能性を考えて、私はリアちゃんに問う。

 しかしこの幼女は首をかしげて。


「ちがう。でも……悪いなにかが来るの!おねえちゃんしか、今は戦えそうな人がいないから……リア、どうしたらいいか分かんないし」


 涙を溜めた瞳で私をとらえるリアちゃん。

 何かをた訳ではない……?それじゃあ、悪いもの?来る?


「――まさか、物理的にっ!!」


 バンッ――!と、テーブルを両手で叩いて、グラタンを入れた食器が音を立てた。


「……うん、たぶん」


「……っ」


 この子は最強の種族。

 直感的な何かが、この村に迫る何か・・の反応を察した?

 動物的過ぎて具体的な事は一切分からない……それがもどかしくて、歯痒い。


「悪いって言われてもね……どうすればいいとか、何をして欲しいとか、ない?」


 極力優しくを心掛けて、前世で迷子の幼稚園児に泣かれたトラウマがよみがえるけれど、平常心平常心。


「ううん、分かんないよ……でも、本当に来るから。ぜったい来るから!」


 私だって信じない訳じゃないわよ。

 根拠が欲しいって、そう言いたいけど……相手は子供だし。


「……分かったわ。お姉ちゃんが守ってあげる……大丈夫、リアちゃんも村の皆も……私が守るから」


 優しくリアちゃんの頭を撫でて、落ち着かせようとする私。

 本当に子供が苦手なのよ……昔の私を知る人は、思い出して欲しい。

 弟の誕生日にキスをするような女のコミュニケーションの出来なさを。


 精一杯、竜の幼女をあやす。

 落ち着いたのか、その日は何も起こらなかった。

 良い事なのだけれど、次の日もまた次の日も、リアちゃんは私にすがった。


 そしてそれから更に数日後……おとずれる。

 王国、帝国、そして公国。

 三国が交わる……私たちを巻き込んだ戦いが。





 ロクッサ家、アイシアの自室。

 そこでアイシアは……瞳の色を紫に変えて、近い未来をていた。


「……この村に、軍隊が来る……強大な何か・・・・・が」


 これもまた、具体的な事が分からない。

 えた光景に、もやのような何かがおおいかぶさり、詳細を隠したのだ。


「……赤い、村が……燃える、燃えちゃう……どうにかしなきゃ、あたし・・・が。初代アイズレーンの……願いを」


 ベッドに腰掛け、身体を守る様に抱える。

 赤い光景は、最悪の事態。

 森と近いこの【豊穣の村アイズレーン】が……炎に焼かれるものだった。





 一方で、村に合わないモダンな建造物。

 アイズの家では……


「――ぐっ……うぅ……こ、れは……」


 うずくまり、頭を抱えるアイズ。

 急激な頭痛が襲い掛かり、思わず膝から崩れてしまった。


「アイシア……あの馬鹿娘っ」


 一人の少女が決めてしまった選択は、女神の力を極端に弱めた。


「主神の爺様に封じられなければ……もっと長く、居れたのに!」


 アイズは下界に降りる際、【主神レネスグリエイト】に権能の大半を封じられている。

 それは転生の流れをぶち壊した罰であり、強力な当代アイズレーンを自由にさせないと言う、そんな理由があった。


「アイシア、あの子……自分が成れると本気で思っていると言うの?」


 思い上らないで欲しかった。

 千年……生きた地獄は、耐えられるものではなかった。

 だからいずれの時代のアイズレーンも、同じ思いを馳せるだろう。


「普通が一番いいのよ、普通が。神なんていなくなればいい……死んでしまえばいい。お願い……ミオ、頼むから……」


 伸ばした手は、誰もいない虚空こくう

 薄れゆく意識は、残された時間のように……徐々に消えていく。


 パタ……と、伸ばされた手と身体は横たわり。

 アイズの意識は途絶えたのだった。

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