エピローグ5-4【女神の目論見】



◇女神の目論見もくろみ


 それは、ミオの不用意な発言がされる直前の事だった。


『ご主人様。その考えのままの言動では、クラウお姉さまに怪しまれます』


 能力――【叡智えいち】。

 正式名称【LostロストChildチャイルドofオブWisdomウィズダム】……略称、ウィズだ。


『???……ご主人様?お返事を、何故なぜ無視するのです?このままでは、クラウお姉さまに……素性がっ』


 ミオのその発言は、ユキナリ・フドウによる地面振動の際の言葉だ。


『いけません、それはこの世界には通用しない情報ですっ!ご主人様っ!お返事を……どうしてっ!?』


 ウィズは、ミオの精神の中で生きている。

 ミオの前世の記憶も把握しており、地球や日本の情報も分かっている。

 だから、何度も助言していたのだ……ミオからすれば、どうして助言をくれなかったんだと、言いたいだろうが。


『――ご主……じ……』


 まるでウイルスが流れ込んでくるように……ノイズが発生し、その瞬間……ウィズの意識は暗転したのだった。





「――ご主人様!!」


 起き上がり、手を伸ばす。

 その人間然とした動作に、ウィズは。


「これは……形??」


 自分の視界は、ミオの魔力の範囲を共有していた。

 それが今は……まるで一人称視点。なんとも狭い範囲だ。


「どうして……これはいったい」


 声がクリアだ……身体を動かす感覚も、違和感を覚える。


「――いらっしゃいませ~。ウィズダムちゃん」


「――!!」


 背後から聞こえてくる声は……自分の物と同じ波長なのだと、一瞬で気付いた。

 背に汗を搔くと言う感覚をその身で感じながら、ウィズはゆっくりと振り返る。


 なにもない真っ白な空間に、その姿はあった。

 ウィズの知識の中にも……当然存在する、その姿。


「め、女神……アイズレーン」


 榛色はしばみいろの長い髪は、うっすらと光を纏っている。

 その身姿は、均衡きんこうのとれたスタイルで、いわゆるナイスバディ。


「なぁにその顔……亡霊見たみたいな顔して」


 ヘラヘラと、いやらしい笑みを浮かべるその姿にウィズは。


「どうして、貴女あなたが……ここは、まさか転生の間?」


「そう……ミオが転生した時の、その再現ね」


 再現……つまり、本物ではない。

 しかし……どうして【女神アイズレーン】が自分をこの場に?


「【女神アイズレーン】、今すぐご主人様のもとへ……」


「ダメー」


「なっ」


 腕をクロスさせて、アイズレーンはおどける。

 ふざけたように舌を出して、眉根を寄せて……まるで子供だ。


「どういうことです!このままではご主人様は、クラウお姉さまに素性がバレてしまいます!」


「……いいじゃない。それで」


目端をゆがませ、アイズレーンは笑う。

まるで始めから……それが目的かのように。


「まさか……貴女あなたは、ご主人様を!」


 これが、ウィズをミオから遠ざけた理由か……アイズレーンは、強制的にミオとクラウの関係を進展させようとしたのだ。

 素性がバレる可能性がある瞬間を見極めて、そのタイミングで……この神の空間に呼び寄せたのだ。


「いいでしょ、これで二人は数十年ぶりの再会だわっ……あたしのおかげじゃない」


「――それは、ご主人様は望んでいませんっ!」


「でしょうね~、あいつ……なにのんびりと転生人生楽しんでんのかしら、そう思わない?」


「お、思いませんっ」


 ウィズはアイズレーンまで手を伸ばそうとするが、ホログラムかのようにジジジ――とブレてしまう。


「は?どうして……?ウィズダム、あんたはあたしを基に作られた能力よ?その姿もその声も、その思考も……全てあたし、【豊穣神アイズレーン】のデータが流用されている……あたしが創造主おやなのよ、ウィズダム」


「……」


 ウィズは自分の身体を触る。

 確かめるように、疑うように。

 そんなウィズの行動を面白く思ったのか、アイズレーンは。

 「ふふっ」と笑いながら手をかざす。


 そして光をはっし、ウィズの目の前に姿見を出現させた。


「……これは」


 映り込む自分の姿は……目の前の神、アイズレーンと瓜二つ。

 髪の色は白銀で、長さも短い……しかし、顔は本当に同じだ。

 その身体も……細部までが同じと言えるのかもしれない。

 計算上、身長から体重、足の先からてっぺんまで……一寸の狂いもない。


「どうよ、見事なもんでしょ~?」


「【女神アイズレーン】……今の貴女あなたは」


 ウィズは言う。


「神格を剝奪はくだつされているはずです……神の権能けんのうは、使えないはずなのにっ」


 この世界に降り立ったアイズレーンは確かに、神格……神であると言う事実を封じられている。

 それは主神が取り決めた絶対的なルール……ならばなぜ、使用者と能力を切り離すなどという神の御業を使えるのか。


「……簡単な事よ。あらかじめ……【叡智えいち】にそう言う設定を組み込んでいたと言うだけ。【叡智えいち】を所持した転生者を、あたしが直ぐに見つけ出せるようにね」


 それは神の力ではなく、【叡智えいち】の力だという事だ。

 ウィズすらも知らない、神の仕組んだ……罠だ。


「……なんの、為にです」


「もう分かってるんでしょ?あたしの思考を基にしているんだから……さ」


 【女神アイズレーン】の現状の目的は、転生者……ミオ・スクルーズを強くする事だ。

 その為に……ミオとクラウの関係性を進展させたのだとすれば、確かにそれは正解だろう。

 ミオは、基本的に消極的な姿勢が目立つ。

 転生者だと言う事を踏まえても、ド田舎でスローライフをしていた十数年は重い。


「理解出来ません。無謀むぼうですっ」


 アイズレーンの言う通り、理解は出来るし推測すいそくも出来る。

 しかし……それを口には出来ない。


「平気よ。ミオなら出来る……してもらうのよ、その為には……まず強くなってもらわないとね、この世界で生まれ育った……数々の英雄たち……そんなものが目じゃないくらい、他の世界の英雄がかすむくらいに……強くなって貰うわ」


 言っては駄目だめだ……それを口にしてはいけない。

 ウィズは理解しつつも、アイズレーンの言葉を止められない。

 身体がしびれ、舌先がひりつき……思考が摩耗まもうする。

 止められない……女神の目論見もくろみを、聞く以外にない……


「――ミオ・スクルーズには、強くなって強くなって強くなって――そしていずれ――神を殺してもらう・・・・・・・・わ。一人残らず、この世界から」


「ア、アイズレーン……貴女あなたは……」


 その絶望すら飲み込もうとする、女神の思惑おもわくに……ウィズは、何も言い返せないまま、意識を戻すことになるのだった。




~ 第5章【冒険者学生の俺。十五歳】中編・エピソードEND~

―――――――――――――――――――――――――――――――

次話からは5章の中間、【5-79~82】の各話で起きていた事と、【豊穣の村アイズレーン】で起きていたお話を、サイドストーリーとして数話投稿する予定です。どうぞよろしくお願い致します。

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