4-86【決められた未来】



◇決められた未来◇


 え、あれ?私――今、何て言った……?

 目の前のクラウの見たことのないおどろいた顔が、私の瞳にうつっていた。


「ねぇ……今、何て言った?」

「あれ……私、何て言った?」


 おたがいに混乱しているのかもしれない。

 同時に顔を見合わせて、同時に言葉をはっする。


 冒険者学校の学園長の話をして、気が緩んだ?

 言ってはいけないと釘を刺されに刺されていた、ジルリーネの母である……エルフ族の女王陛下の話を、私はクラウにした。


 その後だ……何て言った?

 動揺して、次に何を言うべきか考えていると、その答えをクラウが口にする。

 信じられないと……言うように。


「――け、結婚?……って……言った?」


 そう……言ったのかもしれない、いや……言ってしまったんだ。

 なによりも隠そうとしていた、その事実を。


 私が逃げようとしていた……事実。


「あ――」


「それ、本当なの?」


 クラウの顔は先程とは違う、真剣で、心配してくれている。

 誤魔化ごまかせない……誤魔化ごまかしてはいけない。


「――う、うん……本当よ」


 私は、変に冷静になっていた……不思議ふしぎと笑顔になる。

 これはもう子供の頃から決まっていた事、決められている――未来だ。


「私は……成人を迎えたら結婚しなくちゃいけない。お父様が決めた、貴族の男性と」


「それは、誰?」


 私は首を振る。


「知らないわ。顔も、名前も知らない……お父様がどんな人を探しているのかも、私は……何も知らない」


「そう……だからあんなに積極的に、ミオにアピールしていたのね」


 そうね。そうかも知れない。

 ミオを好きになったのは、私の意志だ。

 運命だと思った……変えてくれると思った……私の、未来を。


「うん。奴隷どれいとしてミオに出会って、救われて……好きになって。戦うところも、話すところも、笑うところも、怒るところも、悲しむところも……みんな好き」


 これは私が選んで、私が決めたことだ。

 お父様にはお父様の考えがある。

 理解もしているし、そういうものだって割り切りもあった。


 奴隷どれいになることなく【ステラダ】で過ごしていたら、きっとそのまま結婚していたのでしょうね。


「大好きなの。ミオが……」


 あれ?クラウの顔が赤い。

 クラウは下を向いて言う。


「……五年の約束って、そういう事だったのね。だから、ミーティアはこんなにも必死に」


 そうね。あの時お父様が「五年で振り向かせて見せろ」なんて言ったのは、私にも通告していたんだ。

 これで駄目だめなら……黙って結婚しろ、と。


「うん。お父様には、最後の我儘わがままって言ってある。駄目だめだったら、素直に結婚するって」


「そっか……だから会長さんはあっけなく認めたのね。おかしいと思ってたのよ……普通、あんなに簡単に「五年の内に振り向かせて見せろ」だなんて言わないもの」


 クラウもあの時の事を覚えているのね、お父様が村まで迎えに来た時。

 もしかしたらクラウには、あの時の私とお父様が仲のいい親子に見えたのかもしれないわね。

 でも、そんな事は――ない。


「お父様は、いつだって私の事考えてくれている……きっと、結婚もそう」


 そうね。考えてくれては、いると思う。

 でもその見据みすえる先は、きっと……【クロスヴァーデン商会】の未来だけだ。


「だけど、それじゃあっ!」


 拳をにぎりしめて、クラウは怒ってくれる。

 きっと、知ればミオも……でも、私はそれを望まない。


「いいのよ。話してしまったのは私のミスだし、本来は言うつもりなんて無かったんだから。だから、絶対にミオには言わないで?ね、クラウ」


 そう言って、クラウの気まずそうな顔を見ながら私は笑う。

 決められた未来を変えるのは、私自身なんだから。

 

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