1-10【空気が重いんだが】



◇空気が重いんだが◇


 俺は今、二人の姉と共に別室にいる。

 母レギンが、長女レインに「ミオとクラウを連れて、そっちにいってなさい」と、遠ざけたのだ。

 長女のレインは五歳、次女のクラウは三歳で、夫婦のいざこざなどまだよく分からない年頃だろう。

 夫婦の事情なんて、実際子供は知らなくてもいい。そうは思うが、このせまい家の中だ、嫌でも聞こえてくる。


「……お母さん、怖かったね」


「……うん」


 しかし、父親が圧倒的あっとうてきに悪いとも理解できているのか、二人共レギンを悪くは言わなかった。

 それが子供の感受性かんじゅせいだろう。分かる、分かるよ俺にも。


 確か、あれは小学生の頃だった。

 前世でのオヤジはギャンブルが好きで、そりゃあもう朝からパチンコ店に並びに行っていた。帰ってくるのは店が閉店してから数時間後。


 ギャンブルで勝った金で、そのまま飲みに行ってたんだろうな。

 いつもは何も言わない母さんだったけど、その日はキレ散らかした。

 弟が熱を出したんだ。保育園から貰って来た、確かインフルだったと思う。

 酔っぱらったオヤジに、母さんはそこら辺にあるものをぶん投げてた。

 確か、目覚まし時計だったかな……それがゴチンと命中したんだよ、オヤジのデコに。


 そこからは、俺は見てない。

 弟を連れて、単独で病院に走ったからな。

 その後に、二人そろって病院に顔を出した両親は、二人共ボロボロだったさ。医者にもこっぴどく言われてたな。

 けれど、お互いがお互いの悪い所を理解し合って、結局のところ仲は良かったんだ、と思う。


 あんな夫婦喧嘩は、絶対に子供に見せてはいけないと俺は思う。


 そんな事を考えながら大人になって、三十年だ。結局、夫婦どころか恋人もろくに(一度も)出来なかった俺は、今はこうして異世界だ。

 しかし残念なことに、前世と同じような事態におちいってしまっている。

 なにせ赤さんだからな、何も出来ん。


「「……」」


 お姉ちゃんズが、ハッ――として顔を見合わせてる。

 これは終わったかな……長女のレインが俺を抱えて、そっと扉を開けた。


「……」


「おねぇちゃん?」


 レインは、扉をそっと閉じた。

 そしてクラウを見て首を振る。

 ああ……駄目だめだったか。想像できるが、レギンが一人項垂うなだれていたのだろう。

 さっき大きな音が聞こえたからな。きっとルドルフが思い切り扉を閉めたんだ。

 出ていった……って事だろうな。


 これってさ、俺のせいになるのかな?そうだったら、流石さすがに悪い事をしたって思うよ、赤さんとはいえ、自意識は三十歳の魔法使いなんだからな……

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