第13話 新山ユメ(後編)
そうして、本の山の中から『神との契約書』を発見して実行することにした。
『神との契約』を成立させるには何個が条件があった。
・古い紙(和紙でも代用可)、私はふすまの張り替え用のものをおばあちゃんからもらった。
・その紙に万年筆で魔法陣を描く
・魔法陣を取り囲むように呪いたい人物の名前を書く
・指先などを刃物で切り、自分の血で名前と、血の母印を押す
・黒い布の上に、書いた契約書を置き、満月の夜12時に燃やす
・契約の対価は、身を捧げる=死
契約のやり方を見て、私は最後の一行に固まってしまう。
身を捧げる。
それはつまり、私に死ねと言うことなのか?
なのか?ではなく、「死」という文字があるのだから、確実に死ねということだ。
まあ、生きていてもつまらないし、別にこのまま死んでもいいのだけれど。
私が死んだら、さぞかし両親はこんな田舎へ追いやったことを後悔しながら、生き地獄を味わうんだ。ザマーミロだ。
早速、契約書を書き始めるために、おじいちゃんの部屋から持ってきた万年筆を握りしめていると、スマホが鳴る。おばあちゃんから電話だ。
「ユメ、アサコちゃんたちが遊びに来てくれたから部屋に通してあげなさい」
何でこのタイミング?本当に今は邪魔くさいと思いながらも悟られないように、
「メインルームにきてねって伝えて」
と明るく返事をした。
我が家は家の中にいても広すぎて声が届かないからスマホで呼び出したりする。
こんな全て最新の家具家電をそろえた豪邸を建てたのに、スマホで呼ばないといけないというのは相当不便なことだし、本音を言えば税金対策をしたかったから、こんな宮殿のような家を建てたんじゃないかと私は密かに思っている。
メインルームで待っていると、アサコ、ナオトの他にアカリがいる。
一度しか家へ来ていないのに、どういう風の吹き回しなのだろうか?
3人がソファに並んで座った。アサコだけが下を向いていて、よく見るとてが震えている。それを隠すように両手をさすっている。
残りの2人もいつになく真面目な顔をしている。
「どうかしたのー?みんな元気ないねー」
と、私が聞くと、ナオトとアカリが顔を見合わせて頷いた。
「ユメ、俺たちがユメの両親へ会わせてあげるっていう話なんだけど……」
ナオトの口から誘拐事件の話をされる。
内容は中学生らしい発想ではあるけれど、身代金を5千万円なんてどういうつもりなのか?と首を傾げた。
本当に私の両親が支払ってしまえば、立派な犯罪になるのに。
でも……。
『神との契約』には、身を捧げるのが対価だとされているけれど、それを実行するのに、この誘拐の計画は使えないだろうか?
正直、自殺するのは怖い。
でも、誰かに私が死ぬことを手伝わせるのはどうだろうか?
生贄って感じがして余計に契約が絶対的なものになるはずだ。
身代金も神への供物だと思えばなおさら良いことに思える。
どうせ死ぬなら、この3人にも嫌な思いをさせてやろう。
3人だって悪いんだよ?
優等生気取りで、私のことをバカだと思っているアカリ。
成績は学年トップで将来は医者になりたいアカリのために、気を遣ってわざとテストの点数を下げていたことを知らないでしょ?
こんな田舎のトップなんて、東京で家庭教師までつけて英才教育をされていた私には片腹痛い。
あんなに簡単なテストを満点を取らないように無駄な努力をさせている原因はアカリ。
両親への復讐へ一役買ったのだけは、唯一褒めてあげたい。でも、それだけ。
可も不可もなく、「普通の人」という言葉がピッタリなアサコ。
アカリを陥れるため、またはナオトとの恋を成就させるため、そのどちらかくらいには役に立つと思っていたけれど、本当に使えない。役立たず。
常に周りの顔色をうかがい、アカリの言うことをペコペコしながら聞いて、陰でナオトとアカリの悪口を言って気を紛らわせている。そのくらいしか楽しみがない、つまらない人間。
アカリの件は早々に諦めたけれど、ナオトとの恋の橋渡しくらいにはなるかと仲良くしているフリをしてあげたのに、全く役に立たない。
もしかしたら、3人の中で一番、ムカつくと思ったかもしれない。
だから、私が契約成立のために身を捧げる大役を与えてあげよう。
両親への復讐の役にも立たないから、最後の仕上げをさせる。
一番苦しめばいいと思ったから。
ナオトのことは、まあ特別に許してあげようかな?と思っていた。
私になびかなかったのが腹立たしいけれど、本当に好きだったから。
それに、結局は両親への復讐へ一番役に立ったのだから、特別に許してあげる。
でも、一緒に地獄には来てもらおう。
なぜだ?って思っているだろうけれど、私の家の財力に白旗を上げて、クラスの男子のように、私に好かれたいと努力をしなかった。
それどころか、私を利用しようとした、それがナオトの罪。
役には立つけれど、振り向かないナオトが憎くなった。
だから、地獄には、あなたにも一緒に来てもらう。
「すごい!その計画ならお父さんもお母さんも絶対に私に会いに来てくれるよね!推理小説に出てきそう!みんなすごいね!私のためにありがとう!」
私は3人を見て、驚いた顔をしながら拍手をした。
契約書に呪いたい相手を両親の他に「柳アサコ」「清水アカリ」「結城ナオト」と書き加えた。
満月の日は誘拐計画の前日だった。
まるで神様がこの計画で私の願いを聞き入れようとしているかのようだ。
指をカッターで深く切って、血で名前を書いて、血の母印を押す。
黒い布の上に契約書を置いて、月明りに照らしてから、時計が午前12時を回ったと同時に契約書にマッチで火をつけて燃やした。
燃える契約書を見ながら願う。
どうか私の復讐が果たされますように……。
2日後には私の身を捧げます……。
神様、どうか、どうかお願いします……。
そうして実行された誘拐事件。
資材の下敷きになり死んだと思った私は、目が覚めると不思議な場所にいた。
ソファで寝ていた私が目を覚まして起き上がると、目の前に若い男性がいた。
「おはようございます。新山ユメさん」
そう言って男性は微笑んだ。
「もしかして……」
私は回りをキョロキョロ見る。
あの田舎にあった私の家と少し似ているような宮殿みたいな部屋。
大きな本棚や奥に見えるカフェのようなものは全く違うけれど、ソファの形、それの感触や床などが似ている気がする。
「神様……ですか?」
私が聞くと、男性は少し驚いた顔をした。
「すごいですねー!よくわかりましたね!はじめまして。ウタカタと申します。今、新山さんが言った通り、職業は神様です」
「神様!!やっぱり!契約は本当だったんですね!」
嬉しさのあまり、ウタカタという神様の手を握る。
「契約?……ですか?」
私に手をブンブンと振り回されながら、困惑した顔をしている。
「何でとぼけるんですか?『悪魔神との契約』ですよー。あ、もしかしたら口には出してはいけない事なのですか?」
私は手を離して、ニヤける口元を押さえた。
「ウタカタさん」
アニメ声優のような声の女の子の声が聞こえた。
いつの間にきたのだろう。
それとも最初からそばにいたのだろうか?
渋谷にでもいそうなギャルっぽい女の子が、分厚い本を手に立っている。
神様の使い?天使?
ウタカタさんという神様も現代風な格好をしている。
ジャケットに細身のパンツ。黒ぶちの眼鏡。
2人とも、キレイな顔立ちをしている。
私が読んでいた本の装飾の神様たちも美しい顔だった。
驚かせないように現代人風な身なりにしているのだろうか?
「多分、新山さんはこのページの話をしているのかと」
天使だと思われる女の子が、本のページを見せている。
「ああ。ミコちゃん、ありがとう。どれどれ……」
神様が天使を「ミコちゃん」と呼んだ。
そして、そばに置いてあるミコちゃんが持っているのと同じような本を取って、ページをめくる。
神様は、しばらくページを目で追ってから「なるほどね」と頷いた。
それから私を見て言った。
「ほぼ即死に近いし、かろうじて生きているのが不思議なくらいですから、身体の痛みはないでしょうね。ミコちゃん、向こうへ新山さんを案内してあげて。新山さん、色々とお話しがあります。この『悪魔神との契約』についても含めて」
「あちらへどうぞ。新山さんがお好きなレモネードをご用意しますね」
天使のミコちゃんが笑顔で言った。
「待ってくださーい。天使さん」
私は嬉しくてフワフワと飛んでしまいそうなくらいになりながら、ミコちゃんの後へ続いた。
カフェのような場所の椅子に座ると、向かえに神様が座り、天使のミコちゃんが綺麗なグラスに入った飲み物をテーブルに置いた。そして、神様の隣に座る。
グラスの置かれたテーブルには2人と同じ本が置いてある。
タイトルは「新山ユメ」。私の名前が焼印で書いてあった。
「では、まずはこの場所の説明をしたいと思います」
「はい!神様」
笑顔で私が答えると苦笑いをした。
「なかなかの珍客ですね。僕のことはウタカタで結構です。こちらは助手のミコちゃんです。ミコちゃんのことも天使ではなく、ミコと呼んでくださいね?天使ではないので。彼女は僕の助手ですから」
「ウタカタさん?ですか。ミコちゃんは天使ではないのですか?」
「はい。私は神様という「職業」のウタカタさんの助手をしています。天使ではありませんよ?」
少しだけ笑いながらミコちゃんが言った。
神様という「職業」?
天使ではなく、助手?
私が契約書を交わした神様と違うの?
それからウタカタさんは、あの3人にも説明した通りの話をした。
説明を聞いて、この場所は『狭間』と呼ばれていること。
神様は職業であること。
そして、生か死かを、自分の人生の本を読んで振り返り、考え、選択するという説明を受けた。
私は一気につまらなくなり、本をテーブルに置いて、足をブラブラとさせた。
「さて。どうしようねー……、非常に珍しいタイプの客人だけど」
不貞腐れた私を見て、ウタカタさんはミコちゃんと顔を見合わせた。
「新山ユメさんの死因は、自殺でしょうか?柳アサコという女の子が倒した資材の下敷きになり、ほぼ即死ですが……。これは他殺?でも、死を希望したユメさんが計画したことですので、柳アサコさんは自殺幇助。つまり、ユメさんはやはり自殺と判断して良いのですか?」
ミコちゃんは本を見ながら言った。
「うーん。かなりイレギュラーな案件だね。どう判断するかは、新山さん次第かな?」
ウタカタさんは私を見た。
「何でもいいけれど、ただの無駄死には腹が立つから、アサコちゃんが殺したことにしておいて。どうせなら3人を巻き込んで一緒に死ねばよかったなー。あの3人がこれから生きていくことが本当に腹が立つよ」
「それはなぜ?」
ウタカタさんの質問に私は口をとがらせて答える。
「だって……。お金貰って、3人はこれから何もなかったように楽しく生きていって、必要になったらそのお金を使うでしょ?私は生きる選択をしても、苦しみながら生きるってウタカタさん言ったじゃない。何で私だけ、お金をあげたのに苦しまなきゃいけないの?そんなのズルいよ」
「それはキミが望んだことだと思うけど?この3人を利用して両親へ復讐をしたのだから、それはズルいことではないんじゃないかな?」
「だーかーらー!私が死ぬことを選んだのは『悪魔神との契約』のためだって言ってるでしょ?身を捧げなきゃ、願いは叶わないって書いていたの!そのために死ぬことにしたんだってば!こんなことなら死なないで、誘拐事件なんかの話に乗らなかったよ。本当にあの3人はムカつく!!」
テーブルをバンと叩いて言うと、ウタカタさんは顎に手を当てて考えているように見える。
「悪魔神との契約ねー……。ふむふむ。わかったよ。では、新山さん。僕と新たな契約を結ぼうか?」
「え?」
ウタカタさんの言葉に聞き返す。
「僕も一応は神様という職業の端くれだからね。新山さんが僕との契約に乗るか、それは僕の、神様の話を聞いてから決めていいよ?どう?」
「ちょっと、ウタカタさん。それはマズイですよ」
ミコちゃんが慌ててウタカタさんの肩を掴んだ。
「大丈夫。まあ……、ミコちゃんも、この仕事に就いたらいずれは知ることとなるけれど、こういうイレギュラーなケースも存在するんだよ」
ウタカタさんがミコちゃんに笑顔を向けた。
「で、契約ってなに?」
私が聞くと、ウタカタさんは手に持っていた『新山ユメ』のタイトルの本をテーブルに置いた。
そして、本に手をかざして横に動かすと、本のタイトルがなくなった。
「これは、新しい本になった。では、キミの人生の本はというと……」
手をパンと軽く叩くと、ウタカタさんの膝の上に新たな本が出てきた。
『新山ユメ』とタイトルが書いてある。
まるで手品を見ているようだ。
「はい。ここに戻ってきたよ」
「何それ、すごい!」
手品を見せてもらっている気分で拍手をする。
「アハハ。ありがとう。これでも一応、神様なんでね。さて、契約の話をしよう。キミの本を読む限り、この3人の思惑にも原因はあると思う。それに、趣味だとしても、こんなカルト宗教の雑誌などが世の中に出回っているのもどうかと思うよ。こうして、新山さんのように信じて実行してしまう人間も現実にいるのだから。では、どうしようか?この3人にも少し痛い思いをしてもらおうか?それはどうやって?と、いう話になる」
私はその通りだと、大きく頷いた。
「では、彼らにも死ぬような辛い体験をしてもらい、この『狭間』に来てもらおう。その体験は新山さん、キミのご自由に。その本をあげるから、最初のページにどんな苦しみを与えるのか、キミに書いてほしい。1人ずつ正確に。死因も考えてね?」
「私が考えてもいいの?」
「いいよ。ここへ辿り着くには普通に死んでも無理だからね。現世で苦しみや何かがないと、ここへは案内されない」
ウタカタさんの話にミコちゃんが眉をひそめている。
「うーん……、でも、ナオトくんだけは苦しむのは少し可哀想かも。憎たらしいのはあるけれど」
「ああ。キミは結城ナオトくんに恋をしていたからねー。そうだね……、結城くんだけは、急病で意識不明の重態にでもなってもらって来てもらおうか?大サービスで。それでだ、原因と死因を書いてもらって、彼らはそれに向かいながら人生を歩んで行く。ただし、これはあくまで「契約」だよ?もちろん、対価はもらうからね」
「対価ってなに?」
生唾を飲んでしまう。
「期間は約3年間。そうだね、高校二年生の夏休み間近にしよう。17歳の7月。その期間、キミには現世に戻り、苦しみながら生きてもらう。その本は現世に持って行っていいよ。3人がここへ辿り着くのかを確認してもらいたいから。そして、3年後の約束の時、正確には3年と4か月になるのかな?3人がここへ招集されたと同時にキミにも再び戻って来てもらう。必ずその本を持って、3人の死因と同じ死に方をしてもらおう。それが、契約の対価だ。いいかな?」
「3人と同じ死に方ってどうやって?3回も死ぬ思いをすれってこと?」
「いいや。死因が同じであれば一度でいい。例えば、そうだなー…。死因だけは僕が決めよう。どれどれ」
ウタカタさんは『新山ユメ』の方の本をパラパラとめくった。
「では、順序も僕が決めるよ?まずは、柳アサコ、彼女は自殺。次に、清水アカリ、この子は交通事故。最後に、結城ナオト。彼はキミの望み通り苦しまないように、急病で医療ミス。これでどうだろう?新しい本の最初、目次を見てごらん」
言われた通りにテーブルの本を開いて『目次』と書いてある1ページ目を見る。
1。柳アサコの物語。死因、自殺。
2。清水アカリの物語。死因、交通事故。
3。結城ナオトの物語。死因、医療ミス。
そう書いてある。
「その死因に向かう苦しみをキミには考えてもらう。あ、結城ナオトに関しては、僕の方でここへ来るように操作するよ?だから、正確には残りの2人の死の原因を考えてもらおうか?」
「この3人と同じ死に方って……?」
私は緊張した声で言った。
少し怖いから。
本で読んだ悪魔神よりも、ウタカタさんの方が本当のような気がする。
いや、「ような」ではない。
本当なのだ。
「キミにも現世では辛い現実が待っている。だから、あの事件で大怪我を負ったキミは奇跡的に生還するも、事故の後遺症で苦しみながら生活をしてもらう。3年後の7月、その苦しみを苦にして自殺。自殺方法は、車道に飛び込んでの交通事故だ。病院に運ばれるが、医者が手術中に見落としのミスをして意識不明の重態となる。いつ死亡してもおかしくはない状況。今とそんなに変わらない。けれど、この方法だと3人と同じ死因にはなるよ。どうかな?」
「確かに……、同じだね」
私が頷くと、ウタカタさんは微笑みながらコーヒーを口に運んだ。
「ウタカタさん、もしも、ユメさんが自分の死を実行しなければどうなりますか?3人がただ苦しんでここへ来るのは私はどうかと思います」
ミコちゃんが口を挟んだ。
「それには心配及ばないよ?結城ナオトは何の苦しみもなく、僕に招集される。それが出来るということは、新山さんをその方法で招集することは可能ってこと。この契約を結んだら、それは動かせない現実となる」
「そんな……、何が目的でそんな契約を交わそうとしてるのですか?私にはわかりません」
ミコちゃんが言う通り。
ウタカタさんは私と契約をして何がしたいのだろう。
契約の内容を聞きながら、疑問に思っていたことだ。
「3人を苦しませて、この『狭間』へ呼ぶことがゴールではない。4人そろって話し合ってもらいたいんだ。誘拐事件のこと、なぜ4人はこの道を選ばなければならなかったのか。そして、考えて結論を出してもらう。キミ達4人は生と死、何を選択するのか、僕の目的はそれ。このままじゃ、新山さんは納得出来ないだろう。生と死の選択すら出来ない。罪を犯したのは、新山さんだけではない。4人で罪を犯したんだ。しっかりケジメはつけてもらう。そのために必要なことだよ」
ウタカタさんはまたコーヒーを飲んだ。
それから、私を見る。
「さて、新山ユメさん。キミに選んでもらおう。僕との契約を交わすのか、それとも、このまま光ある天国へ向かうのか。答えは一つ。どうする?」
私は、少し考えてから、意を決する。
そして、ウタカタさんをしっかり見た。
「私は、新山ユメは契約を交わします。3年後、ここで全員と会う。そして話し合う。罪は4人で犯したんだもの。私たちは『仲間』だし、いつでも一緒だから」
「契約成立だ」
ウタカタさんがニッコリと笑った。
そしてジャケットのポケットから、ペンを出した。
「その本にタイトルをつけよう。そうだな……、わかりやすく『3人の物語』なんかどうかな?それで良ければ、タイトルを書いてほしい」
頷いてから、ペンを受け取り『3人の物語』と書いた。
「では、キミは現世へ戻りなさい。3年後、再び会おう」
ウタカタさんが立ち上がり、大きな扉へ向かう。
ミコちゃんもそれに続いた。
私も『3人の物語』を抱きしめて歩いて行く。
扉を開けたウタカタさんが言った。
「3年後に4人が顔を合わせる。しっかり話し合いが出来ることを願うよ」
扉の向こうへ行こうとする私を見るウタカタさんは少し哀れんだ顔した気がしたけれど、私は扉を出た。
現世へ戻った私は、『3人の物語』の、柳アサコと清水アカリの苦しみを考えて書いた。
毎日、彼らの生活を読んでいた。
それしか私にはすがるものがないのだから。
現世の私に待っていたのは、全身の手術の連続。特に顔がグチャグチャになってしまったから、整形で元に戻すまでが本当に辛かった。
右足だけは動かなくて、車椅子の生活になった。
東京の大学病院の特別室に入院をして、何度、手術を受けただろう。
病院の中しか生活範囲がない。学校にも行けない、友達もいない。
孤独で苦しい毎日を3年過ごした。
本の通りに彼らが苦しみの道を進むことだけが、私の精神を保っている。
そうして約束の3年後の7月。
彼らがウタカタさんがいる『狭間』へ招集されたのを確認して、本を膝に置いて、私は車椅子を動かしながら外へ向かう。
「あら?ユメちゃんどこへ行くの?」
いつも担当してくれる看護師さんが声をかけてきた。
「涼しくなってきたから、外に散歩だよ」
ようやく元の顔に戻った私が笑顔で返事をする。
「そうなの?目の届く範囲にいてね?私が付いていこうか?」
「大丈夫。玄関のロビーにお母さんが来ているから、お母さんと一緒だから」
そんなの嘘だけれど。
でも、行かなくてはいけない。
「それなら安心ね。気を付けてね」
看護師さんが微笑んだから、私も笑顔を返す。
車椅子で裏の方から、歩道に出る。
目の前にある車道は夕方だから交通量が激しい。
私は少しだけ息を飲んだ。
これは契約。
破ることは許されない。
本をギュっと掴んだ後、私は車椅子を思いきり漕いで車道に出た。
目をつぶると、激しいクラクションが聞こえる。
その後、衝撃が走って意識がプツリと切れた。
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