十九話 エルガ・ドルミール
エルガ・ドルミールは鷹揚な調子の青年で、後ろに撫でつけた濃茶色の髪が風になびいているのが、よく似合っていた。
「エルガ卿。お待ち申しておりました」
グルジオが跪き礼をとる。内心の動揺を一分も見せない、見事な礼だった。エルガはそれに頷くと、グルジオに応えた。闊達な声だった。
「うむ。此度のお前の働き、うれしく思う。父上も喜んでおられた」
「かたじけのうございます」
後から、遅れてホロスとホロスに引かせた車が広間に入ってきた。飛ばしてやってきたようだったが、ぴたりと足をそろえて止めた。エルガは、肩越しに振り返ると声を上げた。
「遅いぞジアン。ようやく来たか」
「申し訳ありませぬ。風のように飛んでいかれるものですから」
ジアンと呼ばれた藍色の髪の青年は恭しく頭を下げながら、どこかちくりとトゲのある様子で答えた。エルガは気にした風もなく、大笑した。大笑というにふさわしく、顔全体で笑っていた。
「さて。早速だが、姫にお目通り願いたい。姫はどうしておられる?」
ホロスから下りると、グルジオに尋ねた。グルジオは、は、と平伏し応えた。
「卑しき森で過ごされ、さぞつらい思いをなさっていたはずだ。丁重にもてなしておるのであろう?」
「は。姫は魔の森で育ったためか光がおつらいようで、光を遮って過ごしておられますが……それ以外は、健康なご様子です」
「光に? それは……なんとお労しい。おのれ奸賊め、ますます許せぬ」
グルジオの応えに、エルガは驚き、それから嘆いた。大げさなまでの動きだったが、どうにもエルガに似合っていた。
「誰よりも光のみもとにあるべき姫から、この尊き光を奪うとは。なんと汚い。ジアンよ、俺はもっとあの男がきらいになったぞ」
「は。お怒り、ごもっともでございます」
エルガは、陽光に右手をかざし、それから握りしめた。あまりに強く握りしめるので、拳がふるえていた。グルジオらは、それをじっと見守り、エルガが満足するまでと控えていた。
「うーむ、許せぬ。――おお、ゼムナ、息災であったか」
「はは。エルガ卿におかれましては、ますますご健勝のことお喜び申し上げます」
礼を取っていた村長のゼムナに気づいたのか、にこにこと声をかけた。ゼムナは、人のよい顔立ちを限界までかしこまらせて、頭を下げた。整えられた白髪がまぶしい。
「ははは。そうかしこまるでない。かたい顔は似合わぬ」
「エルガ卿、そろそろ参りましょう」
「うむ。姫のご加減よいときでかまわぬ。ここは、俺にとって好ましき土地ゆえ、いくらでも待たせてもらう」
「もったいなきお言葉にございます」
ゼムナとジアンをともに、邸の中へ入っていく。兵士達は礼を持って見送った。
「エルガ卿の為、今から姫を伺う。エレンヒル。ついて参れ」
「はっ」
グルジオの言葉に、エレンヒルが恭しく答える。隊列からはずれ、グルジオの
後に続く。
(……――何故、エルガ卿が?)
エレンヒルは、浮かんだ疑問を凪がせていた。波立ち、周囲との規律を乱さぬように、ひたすらに静かに。
「姫様。 お目通りかない、まことに光栄にございます。お初にお目にかかります。エルガ・ドルミールにございます」
エルガは、ラルの部屋にて、礼を取った。なんと暗く不格好な部屋か、という悲しみを一心に隠しての礼だった。
「この度は、わが父、ガスツェ・ドルミールの名代として参りました。父は急な病にかかりました故。あなた様に直接お目通りかなわぬこと、まことに遺憾であると申しておりました」
恭しく、しかしどこまでもはつらつとエルガは言葉を述べる。
そういうことか、エレンヒルは思った。
おそらくドルミール卿は、この件から降りたのだ。わき起こった不愉快な気持ちを抑えた。表に出してはならない。無理もないことだ。今回のこと、まだ姫の素性わからぬ以上、危険が多すぎる。いくらレヴ家と旧知であったと言え、いや、だからこそか――沈むかもしれぬ船に乗れまい。
(ドルミール卿は、最近とみに迷信深いと聞く。ネヴァエスタにいた者なぞ、ご落胤であろうと抱えたくない、とも考えられるが)
そういった者は実際、グルジオらの中でも少なくはない――しかし、ひとまず、自分の推論を心においておいた方がよいだろう。ここはあてにならぬと。何にせよ、「あの」エルガ・ドルミールを寄越してきたのだから。
「……――エルガ?」
姫がエルガの名を、確かめるように呼ぶ。それにエルガが喜びに満ちた声で、「は!」と返事をするのを、さめた心持ちで聞きながらエレンヒルは結論づけた。
(私は、わが主のためになすべきことをなすのみ)
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