十七話 友達

 ラルはちゃんと言うことを聞くことにした。自分が何か言ったら、また、誰かが罰を受けるかもしれない。といっても、ラルには、どういう規則で罰を受けているのか、わからない。森の中しか知らないラルにとって、外の世界の決まりというのは理解が出来なかった。森の中でも、群や命の秩序を乱した者は、はじかれ、報いを受ける。しかし、それはちゃんと自分に返ってくる。食らったとしても巻き添えだった。誰かの行為の報いが、巻き添えでもなく他の者に向かうなんて、わからなかった。

 だから、とにかくその場に流されることにした。

 自分以外の生き物に裸を見られたり、触られたり、自由を奪われたりすることは苦痛だったが、ラルは我慢することにした。

 ラルは、白の変わった形の衣に着替えさせられた。巻くように着るのではなく、足から通して、背中で紐を引き編まれ結ばれ着る。ラルの衣は、召使のものが持って行ってしまった。シルヴァスがくれた衣だ。違う姿になるのは心細かった。

 しかし、ずっとこうしているわけにもいかない。ラルは意を決して、ジェイミのことを尋ねることにした。


「ジェイミのことを知ってる?」


 食事を持ってきたアルマに、尋ねた。するとアルマは、またもや蒼白になり、頭を下げた。


「あの者には、必ずや罰を与えますゆえ、どうか、お許しを」

「罰? いらない、そんなのしなくていい。ラルは」

「お許しください。何も言えませぬ」


 お許しください。万事この調子だった。アルマにはこれ以上、聞けないことがわかった。

 じゃあ誰にジェイミのことを聞けばいいのか。――エレンヒルが一瞬頭をよぎった。罰を与えるのは、あの群なら、彼に聞くのはいい気がした。しかし、ラルはそれを打ち消した。何となく、彼に何でも聞いて、頼るのはよくない気がしたのだ。漠然とした直感だったが、ラルはそれを頼りにした。

 頭に浮かんだのはアイゼという名前だった。あの生き物の音は、澄んでいてまっすぐだった。あの生き物なら、信じても大丈夫な気がする。ちゃんとジェイミのことを教えてくれると思った。

 思い立ったら早速、アルマに「アイゼを呼んでほしい」と頼んだ。アルマはためらっていたが、結局ラルの言うことを聞くことを優先してくれた。


「ありがとう」


 アルマに、ラルは感謝した。アルマは、目を見開いて、しきりに恐縮した。

 アルマが、アイゼを呼びに言っているあいだ、ラルは息をゆっくりと吐き出した。


(……エレンヒルに頼むのが、いいのかな)


 今自分がしようとしていること、これがいいことなのか、わからない。不安だ。けれど、ジェイミを放っておけない。

 ――ジェイミは何か、ずっとラルに怒っていた。なのに、ラルに敵意を向けなかった。それが不思議だった。ジェイミが自分のせいで、罰を受けるなら、何とか助けたかった。

 そのためには、ジェイミのことを知らねばならない。ジェイミが今、どうなっているか、ちゃんと知らないと、いけない気がした。


 部屋に呼ばれてきた少年は、昨日と同じ音をしていた。アイゼという名前の記憶が正しかったと安心した。アイゼはほかの生き物と同じように、やはりラルに対してひどく緊張していた。けれど、奥の音は、変わらなかった。


 「ジェイミのことを教えて。今、ジェイミはどうなっているの?」


 アイゼの顔もまた、傷だらけだった。自分の「罰」のせいだ。ラルは悲しくて、どうしようもなかった。けれど、ここでくじけるわけにはいかない。

 アイゼは、ためらっていた。しかし、それはラルにおびえてというものではなかった。やがて、心を決めたようなはっきりとした顔つきになった。


「ジェイミは、今、謹慎しています」

「きんしん?」

「えっと、物置に、閉じこめられているんです。それで……そこで、罰が決まるのを、待ってます」


 ラルは息をのんだ。アイゼは苦しそうに、一音一音吐き出していた。唇をふるわせ、それきり、黙り込んでしまった。


「ごめんなさい。……まだ、罰はされてないのね?」

「はい。でも、きっと夜には決まります。罰も……重いと思います」


 まっすぐなアイゼの言葉が痛かった。アイゼ自身、この言葉に傷つきながら、吐き出しているようだった。ラルにはかける言葉はなかった。「きっと助ける」と言うつもりでいたのに、言葉は重かった。

 沈黙。ひたすら痛い沈黙を、突如やぶったのはアイゼだった。


「お願いします! ジェイミを助けてください」


 頭を床にたたきつける勢いで、アイゼは平伏した。ラルは、目を見張った。アイゼの音が、まっすぐ心にぶつかってきた。


「ジェイミは、いいやつで、ずっとオレの面倒を見てくれました。兄貴みたいなやつで、オレの友達なんです。本当に、悪いやつなんかじゃないんです」

「アイゼ」

「オレにできることなら、何でもします。オレはジェイミと、ずっとここで、一緒に働いてたいんです!」


 その言葉は、ラルの心を強く打った。シルヴァス……ラルも、シルヴァスと一緒にいたかった。ずっとずっと、シルヴァスと一緒に。


「アイゼ、ジェイミを好きなの? 信じてるの?」

「はい」


 ラルの問いは、夢と現をさまよっていた。しかし、アイゼは現実のものとして受け止めた。顔を上げて、はっきりと言い切った。決意に満ちた目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。美しい榛色の目。


「そう……ラルもそう」

「ジェイミは、オレの友達です。死んでほしくない」

「うん……」


 ラルは目を閉じた。ラルと同じだ。この生き物はラルと……にわかに、アイゼが慌てた顔をした。


「ひ、姫様!」


 その声に気づく。頬に伝う感触。ラルの目からは、涙が一筋、こぼれていた。ラルは拭う。泣いている場合ではない。アイゼは、わたわたと慌てていた。


「ごめんなさい」

「そ、そんな、オレこそ……」

「ありがとう。教えてくれて……ちゃんと、話してくれた」

「い、いえ、あの」


 ラルはようやく、心がどこかに落ち着いた気がした。アイゼの手を取ると、アイゼは真っ赤になった。にわかにアイゼの熱い手が濡れたように湿り出す。


「ジェイミを助ける」

「あ……」


 内心、ラルは不安だった。けれど、言葉にした。――大事な言葉ほど、考えて言葉になさい――シルヴァスの声がよみがえる。うん、わかってるよ、シルヴァス。


「ありがとうございます」


 アイゼは、感極まったように泣いた、泣きながら頭を下げた。抑えきれない泣き声を聞きながら、ラルはそっとほほえんだ。必ず、助ける。ラルが、きっと。ジェイミも……シルヴァスも……――。

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