八話 夜の邂逅3

「しかし、一気に雰囲気変わったな」

「うん」


 一連の流れが少し照れくさかったのか、鼻の下をこすりながらキーズは話を変える。乱暴にこすったために傷にさわったのか、「いて」と小さく顔をゆがめた。話題を変えるようで、掘り下げているが、アイゼは今度は動揺しなかった。ただそれに同意する。


「人間、いや、違うな。都市部はやべえなあ」

「うん。やべえよ」

「まあ、ここが特殊だったんかもしれんけどさ、都市で生きてる獣人はやべえよ」

「……これからどうなっちまうのかなぁ。ちびたち、大丈夫かな」

「まあそれは大丈夫、と思うしかねえな。ある程度は慣れなきゃいけねえもの」

「だよなあ……」


 言っても詮無いことではあるが、張りつめた空気を思うと息が詰まる。単に明日からの仕事の厳しさを思うだけでない。さっきアイゼは、キーズの言葉に、都市部に生きている獣人がいるのか、と言い掛けてやめた。言葉が余りに冷たくて、口にする前にぞっとしたからだ。

 自分が獣人であることが、やはり自分の人生にとって害悪であるのだという事実。それは、今まで感じてきてはいたが、本当のところわかっていなかった。いや違う、わかっていても、それなりにわからない振りをしていられた。それが今、真を迫ってアイゼやキーズ、そしてジェイミも――彼らという一個の命の上に陰を落としている。その陰に直面せざるをえなくなってきていた。

 アイゼは言葉にしなかった。言葉にすると、余りに重い気がした。うまくそれを持ち続けていられるか、わからなかった。


「――まあ、できるところは俺たちが助けてやっか」


 キーズは空気を変えるように、少し調子をあげて言った。


「おう。そうだな」


 アイゼも笑みをつくり、応と返す。それ以外に返す言葉も無かった。重い空気になってしまった。キーズは、何か考え込むように、切り出しにくそうにうろうろと顔をさまよわせていたが、やがて意を決したという風に切り出した。


「あーと……たださ」

「うん?……あ」

「お」


 その時、微かな光が二人の視界の端を横切っていった。ただそこにいたと告げるよな、静かな瞬きだった。二人はまばたきも忘れて、その光の跡を追いかけた。


「……ケーフラか?」

「かなあ。オレ、さっきも見た」


 気のせいじゃなかったのかと、アイゼは思った。


「へえ、珍しいな。今の時期に」

「うん」


 どこか感心したように、キーズは光の跡をじっと見つめていた。


「きれいだな」

「うん。あ、キーズ、さっきのは」

「あ? ……ああ、いいや。また今度で」

「そうか?」

「おう。寝ようぜ」


 日が昇っちまう。そう言うなり、キーズはまた、歩き出す。さっきのことなんてなかった様に、また頭の後ろで手を組んで。アイゼは少し腑に落ちなかったが、まあまたキーズの気の向いた時にでも聞けばいいかと、キーズの後ろをついて行った。

 アイゼの背後で、また光が小さく弧を描き、瞬いて消えた。そこにはケーフラの陰も無い、無の空間であった。



「……――誰?」


 訝しげな声に、何も返すことができなかった。まばゆげに細めた目は、睨んでいる風に見える事だろう、人事の様に思った。

 また一瞬だけ、目の前の人間の黄金の髪が、夜の空に鮮やかになる。他でもない、彼女の手から生み出された光によって、瞬きのような微かな時間。

 自分は殺されるかもしれない。でも、今更、跪く気にもなれなかった。だから名前を告げたのは、半ば自棄だった。


「ジェイミ」

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