第12話 厚かましい成金地主とその跡取り
魂の抜け殻になったおばあさんは、生きる亡霊のようなすがたで帰国しました。
引揚船から一緒に舞鶴港に降り立った人たちは、それぞれ親戚や友人知人を頼って日本中に散って行きましたが、おばあさんには頼れる人がいませんでしたので、満州から出征したきり消息の知れないトウヘイさんの実家を訪ねてみることにしました。
夫は戦地へ行ったきり、息子は中国人に渡したきり……こっぴどく叱られて当然だと覚悟して行ったおばあさんを、実家の人たちは意外にやさしく迎えてくれました。
そして、あんたも苦労しただろうからと言って、山奥の湖畔にある山小屋を小さな雑貨店に改築して、細々ながら、暮らしが立つように取りはからってくれたのです。
おかげで、おばあさんは戦後の混乱をなんとか生き延びることができました。
そうしているあいだにも、村には復員兵がひとり、ふたりと帰って来ました。
そのたびに希望をつないだおばあさんは、日に何度となく街道を眺めてはこちらに向かって来るトウイチさんを探しましたが……ついに帰らず仕舞いだったのです。
*
そんなある日、そのころ戦後成金のあいだに流行り始めていた無粋なハンチングをかぶり、品のない縞柄の背広の小太りの身体を自転車にのせた男がやって来ました。
驚いたことに、男はおばあさんの雑貨店の地主を名乗りました。
おばあさんは知らされていませんでしたが、このあたり一帯はたいてい男の土地で、トウヘイさんの実家を含め、どの家でも男から土地を借りているのだそうです。
まだ若くてきれいだったおばあさんに、小太りは厚かましく言い寄って来ました。
邪険にできずに困っているとき地主が倒れ、よく似た息子があとを継いだのです。
それが真っ赤な外車を得意げに乗りまわしている青年でした。
苦労知らずの二代目で、父親よりさらに山っ気がある青年は、儲けの大きい事業にばかり気を取られ、ボートや釣り客ぐらいしか見こめない山の湖には関心が薄かったので、おかげでおばあさんは、また静かな暮らしを営めるようになっていたのです。
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