第3話 茅の輪くぐり

 学校からの帰り、神社で夏越しの祓いをしていたことに気付いたのに、菜々美がそんなことよりと言ったことで、涼花も文具屋へ行きそのまま帰宅した。


 その間中、心の片隅にはお参りに行かなきゃという気持ちがあり、帰ってきてしまってからは、よりその気持ちが強くなっていた。


「お母さん、ちょっと忘れ物したから学校に行ってくる」


「ええっ?今から?もう学校閉まっちゃうでしょ。それに、これから雨の予報だからどうしてもじゃなければ明日でいいでしょ。何を忘れたのよ」


「え?ちょっと宿題のプリント……うん、まあ、明日でもいいけど」


「1時間目の宿題じゃなければ朝とか休み時間にできちゃうでしょ?」


 頷きながらも、いっそ気になるからお参りに行きたいと言ってしまおうかとも思ったが、これは母にとってもかなり敏感なことでもあるという認識があり、できない。幼稚園での出来事の時に感じた母の怯えは、子供心に経験させてはいけないことだと思ったのだ。だから、今日そこにいたのにお参りしてこなかった。この現実を伝えづらいのだ。


 さんざん悩んだ挙句、涼花は夕食を終えると、


「ちょっとコンビニ行ってくる。シャーペンHの芯がいるんだった。すぐに行ってくるから」


と言って外に出た。


 一番近くのコンビニは家から500mほどのところにあり、涼花の住む住宅地の入り口にあるため、夜でも早い時間にはだいぶ人の出入りがある。帰宅時に寄る人が多いのだ。そんなわけで、ちょっとした買い物でこの時間に出ることも不審がられはしない。ただ、「雨が降ってくるかもしれないから歩きにしなさい」と言う母親の返事には頷いた。


 物音を立てないよう自転車にまたがると、いつもののんびりした漕ぎとは違い、勢いよく漕ぎ始めた。できるだけ早く行ってこなければ。「ちょっと立ち読みもしちゃった」そう言えるくらいで帰らないとと思い、急いで神社に向かった。


 交差点にあるコンビニ前の信号を右に曲がり、その通りに出てしばらく走ると、よく見なければ気付かないほどの坂を上り切り国道を渡る信号が目に入った。まだ青だ。急いでペダルを漕ぐと歩行者用信号が目に入った。点滅が始まっている。ここは信号が長めだから、この青で渡ってしまいたいと思い、よりスピードを上げ信号を走り抜けた。


 昼間そこにあると気付いた神社に辿り着くと、涼花は駐輪場に自転車を置き参道に向かった。この神社の駐輪場は参道と鳥居のちょうど真ん中辺りに位置していて、自転車を置いてまず入り口にある鳥居に向かった。入り口にあるというのは、この神社には参道の先、本堂の手前にもう一つ鳥居があるのだ。


 入り口の鳥居をくぐるまでもなく、参道には茅の輪をくぐる列が続いており、涼花もその列に並び順番を待った。夜の時間でもたくさんの人がいて、のろのろとくぐる人たちを見て、早く……早く……と、なかなか進まない列の後ろで、心ばかりが焦っていた。


 そうはいっても待てば順番は回ってくる。その時間が焦っていた分長く感じただけで、自分の番になると茅の輪のくぐり方の看板を目に、間違うことがないように頭に入れてはみたものの、くぐって左を周り看板を確認し、次はくぐって右でと、傍から見ると涼花も十分手間取っているように見えただろう。


 茅の輪をくぐり終え、その先にある本殿前の鳥居をくぐると、その両サイドにいる狛犬に目が行った。母親の田舎にあるお狐様が涼花にとっては狛犬であったため、それを目にして違和感を感じた。


「あれっ?お狐様じゃないんだ。これって……犬?いや、狼?」


「違うよ、狼じゃなくて大神オオカミさ」


 誰?と思い、その声がしたほうに目をやると、その大神オオカミの陰から一人の男の子が出てきた。あきらかに小学生に見える子供がこんな時間にと辺りを見回すと、先程までいたたくさんの人の姿が消え、閑散としていた。


「えっ?えっ?なんで?いきなり人が減ってるんだけど……えっ?」


「ねえボク、一人できたの?お父さんかお母さんと一緒じゃないの?」


「お父さんもお母さんもここにいるよ。今日は大事な日だからね」


「あ、そっか。神社の子ね」


「神社にお参りに来たんでしょ?お参りしてきなよ」


 むっ、なんだかエラそうだな。まあ神社の子だからそう言うだけなのかな。ま、お参りに来たんだからそりゃちゃんとしますよ。


 涼花は手水舎でキチンと手順を踏んで清めてから本殿へ向かう階段を登り始めた。


 お詣りを終え合わせた手を身体の横に下げた時、左の手に柔らかいものを感じた。それがこの子の手だと気付いたのは顔をそちらに向けた時だった。


「どうしたの?」


「水無月の なごしの祓 する人は ちとせの命 のぶといふなり」


「えっ?何て言ったの?」


「いこ」


 その男の子に手を引かれたことでついた勢いのまま階段を一つ下りた瞬間、違和感を感じた。


「えっ?……えっ?……えっ?」


 ここ、どこ?

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