夏越しの祓い
村良 咲
第1話 お狐様参り
「あれ?ねぇ涼花、あれって何かわかる?」
「ああ、あれは茅の輪だよ。今日は6月30日で夏越しの祓いの日だよね。ちょうどいいや、茅の輪くぐりしていこうよ」
「何それ?そんなことしたことないんだけど」
「あの輪をくぐって、無病息災や厄除け、家内安全を祈願するんだよ」
「へぇ、なんか初詣みたいな感じだね」
「まあね、そうかもね。ね、行こう」
「いいよいかなくて。なんだかめんどくさいし、家内安全なんて親や年寄りたちが祈ることじゃん。それよりさ、早く行こ」
その日の学校からの帰り道は、いつもとは違う道を自転車で走っていた。一緒に帰る菜々美が新しくできた大型の文具屋へ寄りたいと言ったからだった。
後ろ髪を引かれる想いを抱えながら、涼花は神社を通り過ぎた。
茅の輪くぐりの日だったなんて、知らないほうがよかったな。
涼花はこんな時、いつもそう思う。知らないままならお詣りをしなかったことで自分によくないことが起きることもなく済むのに、知っていたのに知らん顔をしたことで、自分に何か嫌なことでも起こるのではないかと、そう思ったりするのだ。もちろん、それは本人の思い込みに過ぎないのだが、つい関連付けてしまうのは悪い癖だ。
涼花がそう考えるに至ったことには理由がある。それは涼花がまだ幼稚園児の頃の話だ。
涼花の母親の実家の村では、年に一度、『お狐様参り』という行事があり、その日は母の実家では多くの親戚が集まり、宴が開かれ、みな揃って狐様に、それこそ無病息災、家内安全など祈るのだ。
「村に関係のある人たちは、お狐様が護ってくれるでな、ちゃんと参らなけりゃダメだ」
祖父母も両親も、その日はいつもそう言っていた。
あの日、宴会のあとイトコのみんなと一緒に神社に歩いて向かった。親戚の大人たちもみな一緒にだ。だが、子どもたちは我先にと歩を進め、神社に着くと親たちが来るのを待つために、神社の脇を流れる小川に向かった。
その小川はとても澄んでいて、ゆらゆらと流れに揺れる水草の先まで見えるほどの綺麗な水で、底や隅にある石を動かしてみると、隠れていた透明なカワエビやザリガニ、ドジョウなどが現れ、慣れた手つきで、この村に住むイトコの聡太と弟の勇太は素手でザリガニの背を指で挟んで持ち上げた。
「涼ちゃん、やってみな」
聡太が自分がいた場所を空け、涼花に譲った。
「捕れるかな……」
聡太と勇太が手を入れたことで砂が起き上がり、一瞬濁った水はあっという間に澄み戻り、涼花が2人とは別の石を持ち上げた時、また濁りが見え、その中に蠢く何かを見つけた。
「涼ちゃん、いたいた、大きいよ」
それは2人がつまんでいるザリガニよりも一回りも大きなもので、涼花はザリガニに逃げられないように、自分の手が入った水が揺れないように、そーっと、そーっと、ザリガニを掴もうと、その瞬間、大きな声がして水が波立ち、ザリガニに気付かれて逃げられてしまった。
「あ~あ」
「お参り行くわよ、きなさーい」
「行っててーあとで行く――」
聡太と勇太、母の姉の娘の晴菜と菜緒、涼花の5人は顔を見合わせそう答えた。
「涼ちゃん、もう一回やってみな」
小学4年の聡太と同じ年の晴菜の声に頷き、涼花は逃がしたザリガニを捕まえようと、1mほど川下辺りの石を再び持ち上げた。
「あっ、カワエビ!逃げるの早いよ!」
その声に、慌てて両手で掬うようにカワエビを捕まえた涼花は、「やったぁ」と顔を上げ聡太を見た。
「私もとるー」
晴菜の妹の菜緒は、涼花より2つ下で、まだ幼稚園に上がったばかりだ。
「菜緒ちゃんは危ないからこれあげるよ」
そう言って、聡太は自分が捕まえたザリガニを菜緒に捕まえさせようと土の上に置いた。菜緒の手はまだとても小さく、掴めないのではないかと見ていたが、菜緒はそれを怖がることもなく手づかみでザリガニを持ち上げた。
そうしている間にも、勇太はザリガニやカワエビを捕まえてきて、いつの間に持ってきたのか、神社の名前の入ったバケツに水を汲み、それらを入れた。
「あっちにカニもいるかもしれないよ。行こう」
そう言って上流を指さした聡太の指先を目で追うと、小川は神社の裏の山に繋がっているようだった。
5人で連れ立って、小川に沿って神社の裏に向かうと、その流れは徐々に細くなっているように見えた。
「ここ、ここら辺にいつもカニがいるんだ」
聡太が言うが早いか、勇太は小川の流れに手を入れ、水草で隠れた辺りを探っていた。
「ほら、いた!」
勇太の手には、捕まえたカニが乗せられ、涼花や菜緒の目の前に差し出された。
「わぁ、カニだぁ……」
勇太がカニを捕まえたことが羨ましくて、涼花は勇太の真似をして、水草の中に手を突っ込んだ。
そんなふうにして、お狐様参りの日、私たち5人は川遊びに忙しく、あとから5人でお参りして帰ると晴菜が親たちに伝えに行き、久しぶりに会った5人で楽しく1日を過ごした。
気づくと当たりは薄暗くなりはじめ、誰ともなく「帰ろう」ということになり、5人揃って帰路についた。あれほど言われていたにも関わらず、お狐様に参るのをすっかり忘れていたのだった。
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