兄貴自慢大会編

15 兄貴自慢大会 始

「兄貴自慢大会!?」


 八月の半ば、夏休み真っ只中の俺はあまりの暑さで意識を失いかけていたが、沙恵の一言によって叩き起こされた。


「ヤンキーの友達グループで集まって、兄貴お兄ちゃんを自慢する会だよ☆」


「『だよ☆』じゃねぇよ意味わかんねぇよ!」


 説明されてもわからない。分かる気がしない会だった。大体、なぜ兄貴を自慢する必要があるのだ。沙恵達が不良好きなのは承知だが、兄までもがそうだとは限らない。


 俺の怪訝な表情を察して、沙恵は説明を加えた。


「みんなでお互いの兄貴を見せあって、誰が一番かっこいいか決めるの」


「……」


「だめ……かな?」


 沙恵は溶けてしまいそうなほどたゆんだ声で言った。頼み事がある時に限ってそういう態度をとる。今まで幾度いくどとなく、その甘い雰囲気に惑わされてしまっていたが、今回こそは鬼にならなければ。兄貴自慢大会などという意味不明な会に出てしまってはダメなのだ。


 俺は至って冷静に、きっぱりと。


「ダメだ。俺がそんな訳わからん会に出ると思ったのか?」


「…………ふーん、だめなんだ」


 沙恵はニヤニヤしながら呟いた。

 俺の言葉を反芻はんすうするように、


「ダメ、なんだ〜」


 断られたのにも関わらず余裕な態度に、俺は意味も分からずに焦った。嫌な予感がする……。


 (どんな考えがあるんだ!? 何をするつもりだ)


 沙恵はゆっくりと近づいてくる。

 まるで獲物を追い詰めるライオンのように。四つん這いで、ゆっくりと。


 暑さでダウンしている俺の元へ、少しずつ距離を近づけてくる。


「さ……沙恵さま? 何をするおつもりデショウカ!?」


「そっか〜『ダメ』かぁ……♡」


 これは異常だ!! 言葉が通じていない!!

 沙恵も暑さでイカれちまったか!?


 沙恵は、胡座をかいて座っている俺に、覆いかぶさるように体を押し付けてくる。


 辺りを蝕む高気温によって体に力が入らない。抵抗できない。いや、抵抗したくないのか? そんなことは考えないでおこう。


 そんな無駄な思考は、沙恵の一言によってかき消された。


「『ダメ』じゃなくて、『いいよ』でしょ?」


 耳元で囁かれた。

 吐息が当たって、ゾクっとした感覚が走る。沙恵の甘い香りが脳を侵食する。


 お互いの体温と汗が混ざりあって、頭が何も考えられなくなった。まさしくオーバーヒートだ。


 この窮地を脱する方法は一つ。

 理性が空の彼方へと飛び去ってしまう前に敗北を宣言しなければ。


「……い、いいですよ……。だから離してください!!」


 とても早かった。屈辱だ。兄貴、あっさりと負けを認める。


「それで良し!」


「……」


 密着していた沙恵の体が俺から離れたことによって、少しだけだが涼しくなった。


 正常な判断力を取り戻してから、ため息をもらし、身悶えた。


「お前そんなキャラじゃないだろ!!」


「それだけ会が大事ってこと! 私だって恥ずかしかったんだから! じゃあ、『兄貴自慢大会』出てよね!」


「はいはい、分かったよ。もう『行く』って言っちゃったしな」


 こうして、尊厳ある (無いに等しい) 兄貴は、またしても敗戦を重ねてしまった。


「兄貴自慢大会……か」


 だが、出るとなったらなったで楽しみでもあった。(他にどんな兄貴が来るんだろうな)

 密かに変態兄貴の裕二は対抗心を燃やすのであった。

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