7.村への想い

 さびれた村。そこに住む子供達は外の世界があることを知っていた。

 たまに訪れる商人や吟遊詩人が教えてくれたからだ。村を出れば刺激的で素晴らしい冒険が待っている。未知を求めるのは若者の特権だ。

 そうやって、村はさらに人口の減少が加速した。

 このままでは村が滅びてしまうかもしれない。生まれ育った故郷がなくなってしまうかもしれないのだ。それは村の危機だ。

 そんなのは嫌だ。そう思っている俺がいた。



  ※ ※ ※



 夜だってのに村はどんちゃん騒ぎ。フィーナの成人の日だと村中のみんなが祝っているのだ。

 主役のフィーナは嬉しそうに肉を頬張っている。ビキニアーマーの格好のままで、だ。

 村の連中はフィーナを赤ん坊の頃から知ってるせいか、とくに何か反応したりしない。年代の近い男連中が顔を赤らめるくらいなものだ。オイ、見つめてんじゃねえぞ!


「おーい、みんなぁー! 盛り上がってるかーー!!」

「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーっ!!」」」


 フィーナは骨付き肉を掲げて大声を上げる。村の連中はそれに乗って雄叫びを上げた。いつもの光景である。


「暑苦しいわね。ついていけないわ」


 わいわいと盛り上がる男連中と距離を取るアリシア。少し前にアリシアの成人の祝いをしたものだが、主役にもかかわらず端っこで黙々と食事していたからな。妹は大勢で騒ぐのが苦手なのだ。その時は代わりにフィーナが中心になって盛り上がっていたっけか。今と変わらねえっ。


「でも、この暑苦しいのも冒険に出れば味わえなくなるんだ。ちょっとは寂しくなるだろ?」

「……そうね」


 アリシアは騒がしくて暑苦しくて、思い出の詰まった村を眺める。

 明日、アリシアとフィーナは村を出る。二人で冒険者となって未来を掴むために。

 そうして、村はまた若者を減らしてしまう。確実に衰退する未来へと進んでしまう。

 それをどうにかしたいと思う自分がいる。だが方法は見つからず、妹達の旅立ちですら見送るだけしかできやしない。


「兄さんは……」

「ん?」

「本当に冒険に出ないの?」


 俺を見上げるアリシアの表情は、寂し気な色を帯びていた。

 もしかしたら妹の瞳に映る俺も、似たような顔をしているのかもしれない。これだから兄妹ってやつは困るんだ。


「ああ」


 頷きが俺の答えだ。


「俺は、村を復興したい。このまま冒険に出た若者が帰ってこなかったらいつか滅びるかもしれないし。何もしなかったら後悔しそうだ」


 これ以上村がさびれてしまったら寂しいしな。アリシアやフィーナだって故郷がなくなったら嫌だろう。

 やっぱり帰る場所があるんだと、ちゃんと残り続けてほしい。そのためには村を裕福にして、もっと人が訪れるような場所にしたい。そのために自分の力を使おうと考えている。


「そう……」


 アリシアが顔を伏せる。表情は隠れて見えないが、どんな感情を表しているかはわかってしまった。

 兄として妹のこれからを全力で応援している。それは妹分に抱く思いも変わらない。

 心配していないと言えば嘘になる。いっしょに冒険できたらさぞ楽しいだろうと想像もできていた。

 それでも村に残るという決意は俺自身がしたものだ。

 だから、自分の選択に後悔があるはずもなかった……。


「テッドーー!!」


 空から俺を呼ぶ声がした。

 声の主は確認するまでもない。ついさっきまで隣にいたはずのアリシアは姿を消していた。すでに避難は終えていたようだ。

 アリシアがわかっていたように、もちろん妹よりも早くわかっていた俺は身構える。

 空から降ってきたフィーナに、勢いそのままに拳を叩き落とされる。俺は両腕を交差してその一撃を受け止めた。


「ぐうっ!?」


 腕に伝わる衝撃は今までで一番だった。今まで妹分だと思っていた存在は、大人顔負けの一撃を放てるようになっていたのだ。


「フィーナ……いきなりやってくれるじゃないかっ」

「それくらい、ちょうどいいハンデってやつでしょ?」


 それ、ハンデつけられる側のセリフじゃない気がするんだが……。

 フィーナは弾かれるようにして空中で一回転して着地した。その手には食べかけの骨付き肉があった。せめて全部食べてからにしてほしかった。


「祭りには戦いがつきものだ。テッドに勝って、私は冒険に出る!」


 フィーナは残っていた肉を食らい、残った骨をポイ捨てした。村人の男がそれをキャッチする。捨てる……と思いきや懐に入れやがった。オイコラ待てや!


「よそ見をするな!」


 風切り音とともに拳が繰り出された。鋭い攻撃に集中せざるを得ない。


「良い一撃じゃねえかよ!」


 フィーナは本気だ。俺と本気で戦おうとしている。

 なぜだとかどうしてだとか、そんな疑問はない。俺達はこうやって育ってきた。ただそれだけだ。俺とフィーナは戦って互いを認め合ってきた。

 いつもと違う格好、フィーナがビキニアーマーを身につけていたって関係ない。関係ないったらない! 肌が露出していようとも、俺の全力を叩き込むだけだ。

 それが、冒険者になる妹分への餞別になるだろうから。


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