第八話 戻れる日を願って
「お、やってるみたいだよ、中は涼しくて気持ちいいな」
「うんうん、でも自動ドアだとは思わなかったね」
男女2人が店に入ってきた。二人とも汗をかいているのに腕を組でいるなんて、よほど仲がいいのね。この2人も何か買っていってくれるといいな。さあ、またあのメガネ店員になりきるわよ。
「いらっしゃせーー」
「いらっしゃいましたー」
「もー、まーくんったら、ふざけないでよー、ふふ」
何よこの男、これを面白いとでも思ってるのかしら。女の方も「ふふ」じゃないわよ。ぶりっ子して、かわいいとでも思ってるのかしら。
さっきのダサ男と違って、こんな悪ふざけするような人なら、別にどうなっても良いわね。こういう客ばかりなら気が楽でいいわ。
「あのー、外に書いてあった希望のお手紙セットってありますかー?」
「希望のお手紙セットぇすねー、こちらぇーす」
「わー、かわいい! いいなあ。どの辺が”希望”なんですかー?」
私も知らないわ、どう答えれば良いのかしら。
『"希望のお手紙セット"は、もう一人の自分と文通ができるよ。詳しい事は中にある説明書を読んでね』
私からの質問は答えないけど、客から聞かれた時には教えてくれるって事ね。
あらあら……男の方も買い物に付き合うかなって思ってたけど、窓際で携帯を見始めたわ。あの手の男は浮気性か、飽き性か、堪え性がないタイプね。ご
「もう一人の自分と文通ができゃーす、中に詳しい説明書がありゃーす」
「その説明書って、見せてもらえますー?」
「買ってからのお楽しみぇーす」
「えー……気になるー!」
会話が戻らないって事は、中を開けてまで全部の説明をする必要はないのね。
「こっちの"口が良くなるのど飴"は口内炎に効きますかー?」
『"口が良くなるのど飴"は、嘘やお世辞が言えなくなるものだよ』
「口内炎には効かないぇすねー。この飴は、食べると正直者になりゃーす」
「へぇー、変な飴ですね、ふふ」
出たわね、"ふふ"。……でも、よく見てみると笑顔がそこそこ可愛いじゃない、この子。
「迷うなあ、どうしようかなあ……」
この反応はあと一押しね。飴とか手紙とか途中まで使っても返品受け付けられるのかしら……。
『うん。半分以上残ってれば返品できるよ』
私が考えている事までお見通しなのね、助かるけど考えていることを全部知られるのは気持ち悪いわ。事前にまとめて教えてくれればいいのに。
「半分使う前なら返品も出来るので、気になってるなら買ってみてくだしゃーい」
「えー、ホントにですかー?」
「もちろんぇすー」
「じゃあ、お手紙セットとのど飴をください!」
"希望のお手紙セット"1500円と"口が良くなるのど飴"350円、合計で1850円ね。
「ありがとうございまぁーす、1850円になりゃーす」
「お願いします!」
2000円渡されたけど、瓶の中には冷やし時計の代金の500円玉1枚と10円玉4枚しかないのよね。150円のおつりが出せないじゃない、困ったわ。
……あれ、瓶の中のお金が細かくなってる。便利……と言うよりご都合ね、助かるけど。
お釣りを瓶の中から取り出して2000円を入れ、商品を渡した。
「150円のお釣りと商品れぇーす」
「はーい、ありがとうございます!」
嬉しそうな素敵な笑顔……私も昔はこんな風に素直に笑えてたのよね。さっき、ぶりっ子って思ってしまったの、
「まーくんお待たせー」
「いいもの買えたみたいだね」
「うんうん、いいもの買えたよ。時間かかっちゃってごめんね」
「いつものことだから大丈夫だよ。さあ、約束のカフェ行こっか」
「うん、楽しみだねー」
「ありがとうございっしたー」
羨ましいなカフェ、私も元の体に戻れたら行きたいな。おしゃれなケーキに生クリームたっぷりのコーヒー……思い出すのやめよ。
商品は残り2つ、どうせ待つしかないのだから、また本でも読んでいようかな。
今さっき売った2つの商品は死に繋がらなさそうだから、よかった。仕方ないと割り切ってはいるけど、人死にを出したいわけじゃないもの。
ボーーーーーーーン
「ひゃっ」
またまた、この音の存在を忘れて油断していた。
正の字の4本目を書き足した。あと8回鳴ったらダサ男が死んでしまうかも。
私はあと何度、この音を聞けば元の体に戻れるのかな。『売れば戻れる』って言ってたけど、具体的に何をいくつ売れば戻れるか、はっきりと教えてもらってない。
「ねえ、いるんでしょ。戻る方法ちゃんと教えてよ」
返事は来ない、そうかなとは思ったけど少しだけムッとする。
自分が生き返るためだとしても、『売りもので何人死なせたら』とかだったら、死神みたいでとても気分が悪いわ。
ウィーン
ピロリン ピロリン
扉が開き、少し息を切らしたサラリーマン風の男性が入ってきた。店内と私を値踏みするような目つきで観察をしている。
このサラリーマンは仕事できます、って雰囲気ね。
「いらっしゃせーー」
私の挨拶に対して、ハッとしたような表情を見せたが、すぐに表情が戻った。
「女性にプレゼントできそうなものはありますか」
ネックレスを買ってくれるかしら、出来すぎってくらいタイミング良く来るわね。
「それならネックレスがありゃーす」
カウンターの上の化粧箱を開いてネックレスを見せる。
やっぱりきれいだわ、これなら私が欲しいくらいの素敵なデザインね。
「おいくらですか?」
「二万円になりゃーす」
さすがにこのサイズのダイヤでこの値段はイミテーションよね。
『それは本物のダイヤモンドだよ』
「えっ、本物で二万円は安すぎじゃない!」
やってしまった……時間が戻るわね。
「おいくらですか?」
「二万円になりゃーす」
「そのネックレス売ってください」
そうよね、二万円でこれは絶対に買いよ。見る目あるわね、この男性。
「ありがとうございまぁーす。気に入らなければ返品は自由なので、その時は持ってきてくだしゃーい」
「クレジットカードで支払いはできますか?」
『現金のみだよ』
うん、そうだと思ったわ。
「すみましぇーん、現金のみになりゃーす」
「持ち合わせあったかな……あった、よかった」
男性は財布の中を確認をして一万円札を2枚取り出した。お金を受け取り、ネックレスが入った化粧箱を、紙袋に入れて渡した。
「ありがとう」
商品を受け取った男性は、時計を見ながら急ぎ足で店を出て行った。
「ありがとうござっしたー」
ところであのネックレスはどんな効果があるのかしら。お客さんから聞かれなければ、"あの声"は教えてくれない。私もお客さんも知らないままなのね。
なるほどね、少しずつ分かってきたわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます