お姉様の身代わりになって婚約を阻止しに行ったはずが、どうやら溺愛されてしまったようです。

第1章

1. 我儘なお姉様




 お姉様は我儘で、それはそれは自分勝手な人だった。


 例えばお姉様が8歳で、私が7歳の頃。


 深夜、使用人や家の者がみんな寝静まった後、急に私を叩き起こしてチェリーパイを食べたいなどと無理難題を押し付けてきた。

 また明日にしようという私の提案を無視してお姉様は私の手を無理矢理引っ張って使用人を起こしに行った。


 当然、逆らえない使用人はお姉様の言う通りに深夜1時からチェリーパイを作ると言う偉業を成し遂げた。

 そして満足気にチェリーパイを貪り食うお姉様を、私と使用人たちは眠気で意識が飛びそうになるのをぐっと堪えながら呆然として見ていた。


 それから厨房からの騒音と匂いに気が付いたのか、両親が厨房へ現れ、口元をチェリーで真っ赤にさせるお姉様を両親が目視した時。


 お姉様が唐突に泣き出し、何を言うかと思えば


 「リリーがどうしても食べたいって言うから…っ、ごめんなさい。私、止めなきゃいけないと思ったけど止められなくて…っ」


 女優顔負けの演技力で私を深夜1時にチェリーパイ作りを強要した大食漢に仕立て上げたのだ。


 お姉様の思惑通り、私はこっ酷く叱られ、なんとその日は丸一日食事を抜きにされてしまったのだった。


 その日1日は腹の虫を鳴らす私を嘲笑うお姉様を何度頭の中でボコボコにしたのかわからない。

 しかし、そんな惨めな私にもまだ希望は残っていたようで、訳を知る使用人がこっそりと食事を部屋に運んできてくれた感動は今でも忘れられない。


 元々両親からは良い扱いを受けておらず、家での居場所は皆無だった私。

 それに加えて町へ出ることはおろか、家の敷地外へ出ることすら禁じられていた私は、この姉の小さな支配下で今の今まで必死に生きてきた。


 「今週末のパーティーのドレスは赤の新調したものよ!それ以外は許さないから!」

 「し、しかしお嬢様……」

 「口答えは許さないと何度言えばわかるのかしら?」


 今日も絶好調に我儘を炸裂しているお姉様。

 いつもなら、すぐに姉の言う通りに動く使用人も、今回ばかりは困り果てているようだ。


 何故なら、お姉様がアクセサリーや靴、何から何まで新調したものでないと許さないと駄々を捏ね始めたからである。

 しかも、急すぎる上に期間が短すぎる。

 アクセサリーや靴はまだしも、ドレスとなれば対応してくれる仕立て屋は少ないだろう。


 「アメリアさん。私が町へ出て仕立て屋を探してみます。」


 困り果てた様子の使用人、アメリアさんにせめてもの助け舟をと提案する。


 「しかしお嬢様は……」

 「あら、そう言えば使用人がもう1人いたわね!リリー。いいわ、今回は私が許可してあげる。さぁ早く行ってきなさい!」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるアメリアさんに大丈夫という意を込めて微笑み掛け、支度を始める。


 いつもは億劫になる姉の我儘も、許可無しでは外の世界へ行けない私の貴重な外出へ繋がることもある。


 胸を躍らせながらベージュグレーの髪を整え、私の数少ない着古したワンピースを着る。

 胸辺りまでしか映らない小さな鏡の前に立って、身嗜みを確認する。


 不意に自分の浅紫色の瞳が輝いた。

 いつか、誰かが綺麗だと褒めてくれた私の唯一。

 この家に褒めてくれる人なんていないから、夢だったのかもしれないけれど、私は私の中でこの瞳だけは愛せた。


 時間がないということから、特別に馬車を出してもらい町に着くまでの間、目に焼き付けるように外の景色を眺める。


 私の家、アヴェーヌ家は公爵家の中でも特に力のある家らしく、その地位のおかげもあってか姉の傲慢さには更に拍車がかかっている。


 普通ならそれを咎めるはずの両親も、お姉様を蝶よ花よと育て上げ、妹の私はというと放ったらかしの邪魔者扱い。


 正直、それに関しては悲しいという感情さえ抱かなくなってきた。


 余計なことを考えている内に、馬車の窓から賑やかな町が見えてくる。

 いつ来ても見るだけで心が躍るこの町は、魔法がかけられているんじゃないかと疑うほどキラキラと輝いて見えた。


 それから私は急ぎ足で仕立て屋を何軒か回り、漸く一軒の仕立て屋がドレスの仕立てを引き受けてくれた。

 ドレスの採寸のために持ってきておいたお姉様のドレスを1着手渡す。

 完成した物は明日の昼までに家へ届けてくれるようで、私は何度も何度もお礼を言った。


 ヘトヘトになって家に帰り、玄関の扉を開けると聞き慣れたお姉様の金切り声が聞こえてきた。


 「嫌よ!ヘレフォード家の長男と見合いなんて!あんなお方と婚約なんてしたくないわ!」

 「しかし、ミラ。ヘレフォード家は公爵家の中で最も有力な家だ。その長男と結婚できれば私たちアヴェーヌ家も更に栄えるだろう。」


 ──ヘレフォード家…!


 ヘレフォード家はこの国で知らない者はいないとまで言われている程の地位と財力、そして権力を持つ公爵家。

 いつものお姉様なら絶対に尻尾を振って喜びそうな話に、今回は何故か酷く嫌がっているようだった。


 「ヘレフォード家の長男は、もう21にもなるのにまだ一度も社交界に顔を出したことがない変人よ?きっと目も当てられないほど臆病で醜い姿なんだわってみんなが噂してる。私、そんな方と一度だって顔を合わせたくないわ!」


 社交界デビューをしてからというもの、地位と権力のある優しいハンサムなお方がいいという戯言を何度も何度も口にしているお姉様。


 そんなお姉様を思ってのことか、もう18になるからと今のように何度も両親から見合いを勧められているが理想が山のように高いおかげで引き受けることは滅多にない。


 「確かにそうかもしれないが…。これは相手からの見合い話だ。ヘレフォード家からの話を断るなんて不敬な真似はできない。」


 醜い言い争いに眉を顰めながら、そっとお姉様とお父様がいる部屋の前を通り過ぎようとする。


 「ちょっとリリー!帰ったなら言いなさいよ。仕立て屋は無事見つかったんでしょうね?」


 面倒な時に見つかった……。


 お姉様は私を邪魔だ目障りだという割に、誰よりも速く私の気配を察知する。


 「はい、見つかりました。明日のお昼までに家へ届けてくれるようです。」

 「あら、そう。じゃあもう邪魔だから行っていいわ。」


 お礼を言わないのは当たり前。

 お姉様の手で追い払う仕草を見るのだって、もう何度目かもわからない。


 「あ!良いことを思いついたわ!」


 小さく息を吐き、立ち去ろうと足を一歩前に出した時。

 いつもの、何かを企むような声が聞こえてきた。


 お姉様の良いことの大抵は私や使用人にとっての悪いこと。

 お姉様の言う良いことに振り回されて、ボロ雑巾のように疲れ果てた記憶がまだ新しい。



 「リリー、あなたが私の代わりにヘレフォード家の長男と見合いをしなさい。そして絶対に婚約は阻止すること。これは命令よ!」



 私が見合い────……?



 ああ、神様。

 どうやら私は人生最大の無理難題を押し付けられるみたいです。

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