第6話 【夢双】の力

「それでは倉庫まで案内しますね」


 他の職員に離席する旨を伝えたラティーのあとをついていく。


 受付の脇にある通路を進むと、そこには広場のような空間が広がっていた。


「ここはギルドが冒険者に無料で解放している訓練場です。

 個人鍛練やパーティー内での連携を確認したり、あとは模擬戦などにも使われたりしますね」


 天井は無く頭上には夜空が広がっているが、訓練場の外周には大量の魔道ランプが設置されているため、端まで問題なく視界が通る。

 夜間帯ということもあってか利用者はそれほど多くないが、それでも熱心に身体を動かす冒険者の姿がいくつかあった。


「そしてこちらが、ラザールさんに片付けていただく倉庫です」


 ラティーが訓練場の隅にあった扉を開けた。

 薄暗い室内には、木剣や盾、弓や杖など様々な装備が置かれていた。

 それ以外にも訓練用の木偶や何に使用するのか見当もつかない金属の置物なんかもある。


「ここにあるものは、冒険者なら誰でも自由に使用することができます。

 消耗品なので壊れてしまうことも当然ありますが、不適切な使用で破損させたと判断された場合は弁償していただく場合もあるので、大切に使ってくださいね」


「ああ、わかった」


「ラザールさんは、ここの備品の整理整頓をお願いします。

 皆さんが使ったものを元の場所に返してくれれば、こんな依頼出す必要もないんですけどね」


 確かに、剣置き場に槍が刺さっていたり、弓が地面に放置されていたりと、明らかに散らかっているのがわかる。

 豪快というか、大雑把というか。

 良くも悪くも冒険者らしい有り様だ。


「それでは私は受付に戻るので、何かわからないことがあったら声をかけてくださいね」


 立ち去るラティーを見送り、俺は改めて倉庫の中を見た。

 広さはギルドのエントランスホールの半分くらいだろうか。

 煌々と照らされている訓練場と比べると、明かりをつけても倉庫の中はやや暗い。

 頻繁に冒険者が出入りしているため、埃っぽいということはなかった。


 俺は足下に転がっていた一本の木剣を手に取った。

 農民の家に産まれたため、真剣はおろか、木剣すら手にするのは初めてだ。

 使い込まれ、すり減った柄を握る。

 初めて手にするはずのそれは、なぜだか妙に手に馴染んだ。


 俺はその木剣を振りかぶると、サッと縦に振り下ろした。


 構えなんてものは知らない。

 ただ訓練場にいた冒険者の真似をして振り切った斬撃は、ザンッとなにもない空間を切り裂いた。


「ホントに冒険者になったんだな……」


 ポツリと声が漏れる。

 夢の中ではあるが、農民として生きる未来しか描いてこなかった俺にとって、この瞬間は感慨深いものだった。


「さて、ゾルグも待たせていることだし、さっさと初依頼を終わらせるか」


 俺はテキパキと片付けを始めた。

 倉庫内にある装備は、どれも訓練場での使用を想定された安物ばかりだったが、それでも俺にとって見たことのないものばかりだ。

 ついつい振り回して感触を確かめたくなったが、人を待たせているのでグッとこらえた。


 一時間ほど経っただろうか。

 狭くはない倉庫だが、黙々と作業をしていた甲斐もあって、見違える程度にはスッキリ片付いた。

 正直、片付けに興が乗り始めたため、もっと綺麗にするために掃除をしたいところだったが、依頼内容には含まれていないので、今日のところは止めておく。


 受付に向かい、ラティーに声をかけ倉庫をチェックしてもらう。


「早かったですね。

 ……うん、片付けの方も問題ないです。

 お疲れさまでした。これで依頼完了です。

 報酬は銀貨一枚になりますが、受け取りは現金払いか、口座振込のどちらにしますか?」


「口座振込ってのは、どういうものなんだ?」


「ギルドでお金を預かるというシステムです。

 冒険者タグを提示いただければ、世界中の冒険者ギルドで引き出すことが可能ですよ」


「なるほど。とりあえず、今回は現金で頼む」


 現状一文無しであり、酒場で酒を呑むこともできない。

 銀貨一枚ではあるが、手持ちは必要だろう。


 ラティーから報酬を受け取った俺は、バーで騒いでいるゾルグの元へ向かった。


「ゾルグ、待たせた」


「おう、終わったか。んじゃ、行くぞ」


 一緒に呑んでいた冒険者に挨拶してから席を立つゾルグ。

 当然顔見知りなどではないが、楽しく呑んでいたところに水を差してしまった形になるので、俺も会釈をしてからギルドを出た。


「案内は任せな。まだこの街の地形には詳しくないだろ?」


「そりゃ、助かる」


 依頼書には廃材のある場所が記されていたが、土地勘のない俺一人では道を尋ねながらでないとたどり着けないのは間違いない。

 Sランク冒険者を道案内に使うなんて、現実ではありえないことだろう。

 なんだかとてつもない贅沢をしている気分になってくる。


 ゾルグのあとについて夜のフォルモーントを歩く。

 大通りを外れ、路地裏をずんずん進んでいく。

 ゾルグがどれくらいフォルモーントにいるのかは知らないが、抜け道の類いもある程度把握しているのだろう。

 しばらく歩くと、街の外壁近くの少し広い空き地に出た。


「ここが目的の場所だ。

 ここにある廃材を、この壁の向こうにある処理場まで運ぶのが今回の依頼だな」


 空き地には建物を壊した跡であろう、石材や木材が山になっていた。


「こういうのって、壊した連中が片付けるんじゃないのか?」


「本来はそうなんだろうな。

 実際、解体は建築ギルドでやってるみたいだし、再利用できそうな素材はこん中には残ってねぇはずだ」


「冒険者はゴミ捨てをやらされてるのか」


 人が働いて対価を得ている以上、職業に貴賤はないと思っている。

 だが、せっかく冒険者になったというのに、他の職業のゴミ捨てを押し付けられていると思うと、少し嫌な気持ちにならないでもない。


 そんな俺の不満が見て取れたのだろう。

 ゾルグは少し困ったような顔をした。


「やらされてるのか、進んでやっているのかは捉え方次第だな。

 冒険者ってのは誰でも受け入れる代わりに、仕事は奪い合いになりやすい。

 特に割りのいい仕事ってヤツはなかなか回ってこねぇ。

 そうなると弱い立場の冒険者、新人なんかはせっかく冒険者になっても稼げなくて野たれ死んじまうんだよ。

 だから、お前が受けた倉庫の片付けもそうだが、そういう雑用みたいな仕事もギルドにはたくさんあるって話だ」


 俺は冒険者といえば、いつもラド村に商人の護衛として来ていた人たちくらいしか知らない。

 冒険者には俺が今そうであるように、新人の時期がある。

 天恵という、神の力で戦闘力が大きく変化する以上、冒険者だからといって、皆が戦闘に特化しているということはない。


 夢の中で、戯れに冒険者をやろうとしている俺とは違う。

 この世界の人たちは、生きるために働いているのだ。

 雑用だろうと、そこに対価として報酬が存在する以上、日々生きるための糧となる。


 俺は己の浅慮な思考を反省した。


「悪かった。これも仕事だ。手を抜いたりはしないよ」


「まあ、仕方ねぇさ。

 いろいろ言ったが、俺だってゴミ拾いするより、闘う方が好きだからな。

 よし、じゃあ始めようぜ」


「ああ。だが、その前にひとつ聞きたいことがある。

 本当にゾルグはこの依頼を一晩で終わらせられるのか?

 壁の向こう側が処理場だとしても、近くに出入りできるような通路は無さそうだが」


 廃材の山ということは、当然ながら一つの塊というわけではない。

 どれだけ力があろうと、腕が二本しかない以上、一度に持てる量には限界がある。

 となると、空き地と処理場をどこかにある通路を抜けて何往復もする必要があるわけで、とてもではないが一晩で終わる気がしない。


「そりゃ、丁寧に運んでたら一晩じゃ終わらねぇさ」


「ならどうやるんだ?」


「こうするんだよっ!」


 ゾルグは廃材の山から俺の腕より太い木材を掴み取ると、外壁の向こう側へと投げ飛ばしたのだ。

 マアレヘット王国最大の都市だというフォルモーント。

 首都であるこの街を守る外壁が低いということはない。


 ラド村にも、野生動物や小型の魔物から村や畑を守るために、木材を打ち立てて作った柵がある。

 村の柵は精々人の背丈程度だが、この外壁は違う。

 見上げると、夜の空にその上端が溶けてしまっているのではないかと錯覚するほど高い。


 少し間を置いて、壁の向こうから何かが落ちたような音が響いてきた。


「こうすれば、一晩で終わるだろう?」


 ゾルグのあまりに力任せな作戦に、俺は目を見開くしかなかった。


「お前なら同じことができると思うが、どうだ?」


 どうだと言われても、普通はそんなことできない。

 投げるのは当然ながら、ゾルグが手にした木材にしても、一人で持てるような重量ではないだろう。


 だが、なぜだろう。

 ラザックとして生きてきた常識は無理だと言っているのに、このラザールの身体ならばできると確信している自分がいた。


 俺は試しに足元にあったブロック状の石材を手に取った。

 これだって、ラザックならば持ち上げるところまではできても、投げることはままならないだろう。

 だが、今なら問題ない。

 ラザールなら。


 俺は上体をわずかに後ろに倒すと、軽く腕を振りかぶり、壁を越えるイメージで右手に持った石材を投げた。


 シュッと風を切る音を響かせながら、みるみるうちに小さくなっていった石材は、やがて外壁の頂上へと到達し、そして向こう側へと消えていった。


「それがお前の力だ。

 大抵の奴には、そんな芸当はできねぇよ。

 それこそ、Sランク冒険者に匹敵するだけの実力者でもなけりゃな」


 俺にSランク冒険者に匹敵するだけの力がある。

 石材を投げて、初めてその力の一端を理解した。

 しかも、まだ本気ではなかったのだ。

 いったい、ラザールはどれだけのポテンシャルを秘めているのか。

 俺はこの力を正しくコントロールできるのだろうか。


 ここが【夢双】の生み出した仮初の世界だとしても、あまりに現実と酷似した人々を、街を傷つけることだけはしたくない。


 ようやく、ゾルグが危惧していることを実感した。

 こんな化け物が力の使い方も知らずに街を歩いているのだ。

 そんなもの、恐怖以外の何物でもないだろう。


「……ありがとう、ゾルグ。

 俺がまず何をしなきゃいけないのか、やっとわかった気がする」


「そんな固い顔すんなって。

 少なくともお前がこの街にいる間は、俺が面倒見てやるよ。

 楽しく行こうぜ、兄弟!」


 丸太のような腕を回し、肩を組んでくるゾルグ。

 ゾルグは俺と出会えたことを幸運だと言ってくれた。

 だが、実際に幸運だったのは俺の方かもしれない。

 ゾルグに出会えていなかったら、ラザールに秘められた力を理解する前に、誰かを傷つけていたかもしれない。

 そんな未来を迎えずに済んだのだ。

 昨日、俺に絡んできたのがゾルグで良かった。


「なら、面倒見るついでに一つ、お願いしたいことがあるんだが」


「おっ、どうした?」


「壁の向こうで廃材を受け取ってくれないか。

 向こうに誰かいたら危ないし、夜に大きな音を出すのは迷惑だろう」


 一瞬目を丸くしたゾルグは、すぐにその相好を崩した。


「ガハハハッ! 確かにそうだ。よし、任せとけ!」


 壁に向かって走り出したゾルグは、跳躍したかと思うと、外壁にある凹凸に足を引っ掻けるようにして、スルスルと壁を駆け上がっていった。

 いくら凹凸があるとはいえ、壁は垂直に伸びているのだ。

 普通、そんなところを走れるわけがない。


 人間離れした芸当をやってのけるゾルグ。

 ゾルグがいれば、この世界でも退屈することはなさそうだ。

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