第3話 ゾルグ

「またこの夢か」


 俺は昨日と同じ、見たことのない夜の街にいた。

 だが、昨日とは気がついた場所が異なっている。


「そういえば昨日、酒場を出たあと、この辺りを歩いてるときに目が覚めたような」


 だとすると、この夢は一夜ごとに切り替わるのではなく、続いているということなのだろう。

 また夜であることを考えると、日付は変わっているのだろうが。


「さて、今日は何をしようかな」


 昨日は初めての酒を呑んだ。

 どうせなら、現実ではできないようなことをしたいところだ。


「ああ、でもカネが必要なんだっけ」


 夢なのにカネが必要とは、夢のない世界である。

 だが、これから毎日この世界に来ることになるのだ。

 何をするにしてもカネは必要になるだろうし、稼ぎ口を確保しておく必要はあるだろう。


「と言ってもなあ……。

 俺のできることといったら農業関係なんだろうけど、この街にそんな需要あるか?」


 人が生きていく以上、食料は必要だろう。

 だが、これだけ大きな街だ。

 自分達で作るのではなく、周囲の村で作られたものを買い取っている可能性が高いのではないだろうか。

 それに仮に農家として働くことができたとして、すぐに収穫して稼ぎが入るわけでもあるまい。

 そもそも基本的に俺がこの世界に来るのは俺が寝ている時間。

 つまり夜のはずだ。

 そんな時間に農作業など暗くてできたものではない。


「でも他にできることもないし……」


 農家の息子に産まれて、それだけをやって生きてきた。

 それで困ることはなかったし、これからも困るとは思っていなかった。

 だが、まさか夢の中で働き口がなくて困ることになるとは。


 早くも途方に暮れていたときだった。


「おい、兄ちゃん」


「あんたは昨日の」


 声に振り返ると、そこには昨日酒場で腕相撲をした男がいた。


「いやあ、また会えて良かった。

 昨日は驚き過ぎて、ろくに話をする余裕もなかったからな」


 男は野性味溢れる笑みを浮かべた。


「昨日はどうも。カネがなかったから助かったよ」


「気にすんなって。あんたに出会えた幸運を思えば、安すぎる出費だ」


「幸運って大袈裟な。

 俺からしたらカネを払ってくれたあんたに出会えたのは幸運かもしれないが、あんたからしたら俺なんてたまたま居合わせただけの客の一人だろう?」


 腕相撲をして多少の交流はあったが、それだけだ。

 幸運と呼ぶほど仲を深めたわけでも、俺から何か与えたわけでもない。


「いいや、幸運さ。なんせ俺に力で勝てる奴に出会えたんだからな」


「この辺じゃ負けなしの腕相撲チャンピオンだったとか?」


 俺の返答に男は一瞬目を丸くしたが、すぐに声を上げて笑った。


「がははははっ! まあ、そんなところだ。

 俺はゾルグ。一応冒険者をやってる」


「俺はラザ……、ラザールだ。

 昨日この街に来たばかりなんだよ」


 ラザックと本名を名乗ろうとしたところで、やはりやめた。

 どうして偽名にしようとしたといわれると、自分でもよくわからない。

 ただ、この現実のような夢の中で、別の人間になってみたかったのかもしれない。

 農家の子ではない、自由な自分。

 好きなことを好きなようにやる存在。

 それがラザールだ。


「どうりで見たことない顔なわけだ。

 このフォルモーントで俺の知らない強者がいるわけねぇからな」


 このゾルグという男は、よほど腕相撲の実力に自信があったらしい。


「フォルモーント……ってのは、この街の名前か?」


「ああ? お前さん、そんなことも知らずにここに来たのか?」


「いろいろあってな」


「……まあ、深くは聞かねぇよ。お前みたいな奴も珍しくはないからな」


 肩をすくめたゾルグは姿勢をただすと、おどけたように口を開いた。


「ここはマアレヘット王国最大の都市、王都フォルモーント。

 人とカネが集まり、権力と武力が渦巻くイカした街さ。

 ようこそ、ラザール。俺はあんたを歓迎するぜ!」


 今一瞬、ゾルグの雰囲気が変わったような気がしたが、……気のせいか。

 目の前には先程までと変わらぬ、陽気な男が立っていた。


 マアレヘット王国も、フォルモーントという都市の名前も聞いたことがない。

 まあ、ラド村の中でずっと生きてきて、ろくに勉強もしたことがない俺なので、そもそもほとんど地名を知らないのだが。

 少なくとも、ラド村のあるオルビス帝国とは違う国なのだろう。

 夢の中なので、現実には存在しないのだろうが。


 それはそうとして、経緯はともかく初めて知り合いと呼べる相手ができたのだ。

 これも何かの縁だろう。

 このフォルモーントで暮らす先輩に、知恵を借りるのもいいかもしれない。


「なあ、ゾルグ。実は一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」


「おう、何でも聞いてくれ」


「知っての通り、俺は酒も頼めないくらいカネに困っててな。

 俺みたいな流れ者でも稼げるような方法に心当たりはないか?」


「そりゃお前さん、そんなの一つしかねぇだろう」


「そうなのか?」


「冒険者だよ、冒険者。

 身体一つありゃ、孤児だろうが、流れ者だろうが誰だってなれる、懐の広い仕事さ」


「冒険者か……」


 俺も何度か見たことがある。

 ラド村には月に一度、行商人がやってくる。

 自給自足では賄えない衣類や塩などを、その行商人から買っているというわけだ。

 その行商人の護衛として、冒険者が同行しているのだ。

 武器や天恵の力を使って、旅の道中に襲い来る盗賊や魔物から行商人を守るのが彼らの仕事らしい。


「だが、俺は戦闘経験なんてないぞ」


「そうなのか? まあ、問題ないだろ。

 俺に勝つだけの腕力があれば、大抵の敵には勝てるだろうさ。

 それに、冒険者の仕事は戦うだけじゃねぇ。

 新入りのやる雑用みたいなもんから、珍しい素材の採集まで様々だ。

 戦闘が嫌なら、自分に合う依頼を受けたらいい」


 戦うだけが仕事じゃないのか。

 実際に依頼を見てみなければわからないが、もしかしたら俺でもできるような仕事があるかもしれない。


「確認なんだが、冒険者の依頼ってヤツは夜でも受けられるのか?

 基本的に自由に活動できるのは夜だけなんだが」


「それは大丈夫だ。

 依頼は冒険者ギルドで受けるんだが、あそこは年中無休で開いてるからな。

 ラザールみたいに夜しか働けないって奴も、冒険者ギルドは大歓迎ってわけさ」


 夜でも仕事ができるというのはありがたい。

 夢の中でまで働くということに思うところがないわけではない。

 だが、畑仕事しかしたことない俺にとって、冒険者というのは未知の世界であり、働くというよりも興味があるからやってみるという感覚に近かった。

 もし肌に合わないようなら辞めればいい。

 夢の中でカネがなくとも、多少退屈かもしれないが死ぬことはないだろう。


「なら俺にできるかわからないが、冒険者になって依頼ってヤツを受けてみるよ。

 もし時間があるなら、冒険者ギルドまで案内を頼んでもいいか?」


「お安いご用さ。

 これから冒険者仲間としてよろしくな、ラザール」


 まだ冒険者になっていないのに気が早いなと思いつつ、肩を組んでくるゾルグに俺は温かな気持ちで満たされていった。

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