第37話 魔性の女
雨。
雨は嫌いじゃない。
ポツポツと傘に雨があたる音が心地いい。
あと、電車の窓についた水滴が落ちるのを追いかけるのも好きだ。
雨の日に橘とわざと水たまりを踏んで帰るのも楽しかった。
まあ、そんな橘も今日はいないんだが。
それに蓮も。
今日は珍しく橘も蓮も学校を休んでいた。
久しぶりに1人になった。
授業中も、昼休みも、教室の移動も、
いつもは隣の席に座っている橘がいない。
普段は片手で頬杖をついて、
俺の視線に気づくとニコッと笑いかけてくる。
でも今日はその姿がない。
チラッと蓮の席を見る。
誰も座っていない椅子と机がポツンと置いてある。
いつも机に突っ伏して眠って授業なんて全く聞いていない。
今日はそんな姿も見えない。
1人になると気づく。
橘と蓮が俺の楽しい学校生活の大半を占めているんだって。
部活が終わって1人で家へ帰る。
昇降口で靴を履き替える時に気づいた。
あっ、傘を教室に忘れた。
めんどくさいが、傘を取りに教室に戻るか。
靴をもう一度履き替えて教室へ向かう。
この時間では残っている生徒も少ないので、
廊下は静まり返っている。
雨で活動していない部活も多いのでいつもは聞こえる部活の音も聞こえない。
廊下にはペタペタと、俺の上履きの音だけが響いている。
教室で傘を取って昇降口に向かう。
廊下を歩いていると、
「付き合ってください!」
男の声が聞こえた。
なんだ?
「僕は本気です!」
行く先の教室の電気が着いていて、そこで男女が話している。
なんだ告白か?
好奇心から耳を澄ませてみる。
「国崎さん!僕じゃダメですか!?国崎さんへの思いは誰にも負けません!」
・・・国崎?
国崎ってあの人か。
俺らより1つ上の学年の2年生でめっちゃモテるっていう。
体育祭の練習で謎に俺に手を振ってきたり、障害物競走で橘とバトルしてた人だ。
あの人モテるらしいもんな。
「ごめんなさい」
国崎さんの冷たい一言が聞こえた。
・・・気まずいな。
今すぐここを離れたい。
でもこの教室の前を通らないと昇降口にいけないんだよな〜
どうするか。
「なんで!なんで僕じゃダメなんですか!僕は・・・」
男の方が熱く国崎さんへの想いを話してる。
終わるまで待とうと思ったが、これは長引きそうだ。
チラッと教室の様子を伺う。
男が廊下側に立っていて、窓側に国崎さんが立っている。
見られるなら国崎さんだ。
・・・走り抜けるか?
いや、逆に変に思われそうだな。
普通に歩いて行こう。
何も聞いてませんよ〜って感じで。
教室に向かって歩き出す。
教室の前を通る。
一切教室の方は見ない。
足音を最大限まで小さくする。
男はまだ熱く語っているが、俺には気づいていないと思う。
よし、このまま普通に歩いて行こう。
最後、一瞬教室の方を見てしまった。
国崎さんと目があったように思ったが、気のせいだろう。
いやー、凄いもんみたな。
昇降口で履き替えながらそう考える。
今時、教室で告白するやついるんだな。
てっきりスマホとか連絡して告白するのが主流だと思ってた。
「ねぇ、久しぶりだね?」
耳元でそう囁かれた。
突然の事で体がゾワゾワする。
なんだ!?
バッ!と振り向くとうっすらと笑みを浮かべた国崎さんがいた。
肩につかないぐらいのサラサラの黒髪ボブで毛先が内側にクルンとなっている。
耳の先が髪からぴょこんと出ていて、
ハーフみたいに綺麗な顔立ちで大きな目が特徴的だ。
「な、なんですか!?急に!」
「どうしたの?そんなにびっくりして。話しかけただけじゃん」
「そんな耳元で話しかけないで下さい!」
ケタケタ笑ってる。
「私、傘忘れちゃたの。駅まで入れて?」
「え?」
相合傘はまずい、橘がいるからな。
「ごめんなさい、彼女に悪いので相合傘は・・・」
「・・・へー、私より彼女をとるんだ。こんな可愛い子が相合傘しようって言ってるのに」
急に俺が持ってる傘をバッ!と奪われた。
傘を持ったまま国崎さんが昇降口から飛び出す。
「ちょ、ちょっと!」
そう言って追いかける。
昇降口から出て外に出ると
国崎さんが傘を開いて雨を防ぎながらこちらを振り向いて呟く。
「このまま帰っちゃおうかな?」
「やめてください!僕の傘ですよ!」
「そんなの知らなーい」
そうして帰ろうとする。
「僕はどうやって帰るんですか!?」
「ここ、空いてるけど」
国崎さんが空いてる傘の横を指さす。
俺が戸惑っていると、手招きをしてくる。
国崎さんってこんな人なのか!?
・・・仕方ない。
ごめん橘!駅までだから!
やましいきもちなんてないから!
国崎さんが持つ傘に入る。
「そんなに私と帰りたいんだー」
いたずらっぽく笑う。
「僕の傘ですよ?」
相合傘したまま校門を抜ける。
「っていうかなんで僕にこんなことするんですか。初対面ですよね?」
「初対面じゃないよ。体育祭の準備の時に話したじゃん。練習の時にも手、振ったし」
「なんで俺にそんなことするんですか?」
「なんでって加藤くん、1年の美人の橘さんと付き合ってるって有名だよ?それでちょっかいかけたくてね。それより・・・」
国崎さんが間を取る。
「さっき私が告白されてたの見てたでしょ」
やっぱバレてるんかい。
「は、はい・・・」
「やっぱりね。私ってモテるんだよ?そんな子と一緒に帰れてどんな気持ち?」
「別に、何も感じませんけど」
「嘘だ〜、実はドキドキしてるんでしょ?」
そう言って俺の心臓のあたりを触ってくる。
「や、やめてください!」
「へー、結構筋肉あるんだね」
そう言って撫でてくる。
な、なんだこの女!
こんな人初めてだ!
国崎さんの手を振りほどく。
「ねぇ、橘さんのどこが好きなの?」
間髪入れずに聞いてくる。
「色々です」
「どっちが好きだったの?」
「元々両思いでしたから。そんなの聞いてどうするんですか」
「別にぃ〜。ねぇ、この姿、橘さんに見られたらどうする?」
「・・・国崎さんが傘を持ってなかっただけって説明したらわかってくれますよ」
「じゃあこれなら?」
俺の腕に抱きついてくる。
体をぴったりくっつけてくる。
「ちょっと!」
「橘さんなんかより私の方がいいと思うよ?私の方が可愛いし、加藤君にいっぱい尽くすよ?」
ぎゅーっと力強く抱きついてくる。
「それに噂で聞いたんだけど、加藤君、橘さんにいじめられてたんでしょ?なんでそんなやつと付き合ってるの?」
「・・・なんでって好きだからです」
「へー、自分をいじめてたやつのこと好きになるんだ。それに橘さんも勝手だよね?いじめてたくせに急に好きになるなんて。私なら許せないな〜」
さっきまでのドキドキがサァー、となくなったのがわかった。
雨のように冷たい想いが胸に込み上がってくる。
歩くスピードを速くする。
さっきまではスピードを国崎さんに合わせたり、濡れないようにと気にしたが、もう知らん。
一人でずんずん進む。
早く駅へ向かおう。
「ちょ、ちょっと!早いって!」
国崎さんが追いかける。
「怒らせちゃった?でも本当のことだよね?」
「・・・もう黙ってください。あと、二度と僕に話しかけないでください」
「ごめんって。謝るからさ。私はただ心配なだけなの」
心配?
何を言ってるんだ?
「もし、橘さんにまだいじめられてたらどうする?」
え?
何を言ってるんだ?
「・・・意味がわからないです」
「まだいじめが続いてるって意味。もし罰ゲームとかで加藤くんと無理矢理付き合わされてるとかだったらどうする?」
・・・そんなこと考えたことなかった。
でもそんなのあるわけない。
橘との思い出が蘇る。
夏祭り、日帰り旅行、喧嘩したこと。
「それはないです。変なこと言わないでください」
「ふーん。そっか」
そっからは2人も無言だった。
駅に到着する。
国崎さんは俺とは逆のホームらしい。
改札を通って別れる。
「じゃあね、いつでも話しにきてね?」
「はい」
国崎さんは笑顔で手を振ってホームへ向かった。
どっと疲れた。
なんて女だ。
これが魔性の女か。
橘からのいじめがまだ続いてる?
そんなのあるわけないだろ。
・・・そうだよな?
でも、なんでこんなにも心が揺らぐんだろう。
あぁ、橘に会いたいな。
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