神の一手か、あやかしの碁か。

嶺上 三元

囲碁の神は、運命を司るが如く。

第1話  


 立花たちばな紫桜しおが転校したのは、中学三年の十二月の初めであった。


 高校受験も控えたこの時期に転校するのは、一般的に見てかなり奇抜な出来事と言えたが、これは立花家にのっぴきならない事態が起こっていたからであった。

 きっかけは、五月の終わりに、立花家の大黒柱たる父の立花たちばな竜光りゅうこうが入院したことだ。


 立花・竜光と言えば、日本において現役最強どころか、戦後最強とも称されるほどの囲碁の天才棋士であり、常になにがしらのタイトルを冠して久しい。

 その実力は、衰退著しいとされる日本囲碁界の中で唯一と言って良い、中国や韓国のプロからすらも一目置かれる日本屈指の強豪棋士であり、その薫陶を受けた立花家の兄弟三人も、それ相応の高い碁の実力を持っていた。

 その中でも特に、末っ子の紫桜は兄弟の中でも一番の棋力を持ち、中学入学と同時にプロデビューを果たし、以後格上を相手に幾度となく勝利を重ねる天才だ。


 また、紫桜が注目を集める理由の一つには、彼が殊更に美しい美少年であったことも大きく作用していた。

 実力のある容貌の整った若き天才棋士ということで、世間の注目はひとしおであったが、そう言う上っ面のことはともかくとして、紫桜もいずれは流光と共にタイトルを争うことになるだろうと、周囲の誰もが予想していた。

 事実、既に紫桜はタイトル戦に挑めるだけの実力と資格を手にしており、周囲のこの予想が現実のものとなるのも秒読みの段階であろうと思われていた。


 竜光が急病に倒れたのは、そんな中でのことであった。


 日本中が注目する中での突然の凶報であっただけに、囲碁界のみならず、日本中が驚く大騒ぎとなった。

 しかし、入院当初、このニュースは然程大きな出来事として扱われることは無かった。

 何故なら、入院当初の竜光の容態は安定しており、恐らく三ヶ月もすれば再び流光は現場に復帰するだろうというのが主治医の見立てであり、当時は、世間はおろか家族ですらも楽観する向きが強かった。

 そんな状況が一変したのは、八月の終わりに行われた再検査だった。


 当初の病気こそ完治に向かっていたものの、どうやら別の病気が進行していたらしく、再検査によりその病気が発覚した。

 竜光の容態が悪化したのは、それからだった。

 竜光は、まるで何か見えないスポンジの様なものが生命や寿命を吸い取っているとしか思えないほど瞬く間にやつれ、痩せ細っていった。


 そんな父の様子に、紫桜の胸には中学生に相応の情緒で不安と心配が押し寄せ、夜眠る度にこのまま父が死ぬのではないかと怯えてしまっていた。

 そして、そんな紫桜の不安と心配を裏打ちするかの様に竜光の入院期間は延び、遂に年内の復帰は無理だろうと医者から判断されてしまった。

 こうして、かの最強棋士として名を馳せた立花・竜光は治療に専念することになり、それに伴い立花家の様子も大きく変わらざるを得なくなった。


 竜光が入院している病院は、今の立花邸からでは通うのに不便であった為、仕方なく不動産屋に管理を任せて当面の間は病院に通いやすい立地のアパートを借りることになり、それに伴って紫桜も転校することになった。

 これは、逆に十二月の初めという、高校受験を直前に控えた季節だったからこその判断でもあった。

 既に進学先を決め、内定も済ましている紫桜からすれば、それ以上に父を見舞える時間の方が重要であり、見舞いの為に時間のかかる今の学校にいるよりも、多少人間関係に不便することになろうとも、ほんの三ヶ月だけ別の学校に通うことの方が良い。

 親しい友達とはSNSで繋がっているし、進学に心配もいらないということで、母や既に成人している兄も了承し、転校することになったのだ。








 これが、立花たちばな紫桜しおわたり生市しょういちと出会うことになる顛末だった。






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