第83話 『突然変異なメタモルフォーゼ』

榊色子は岸辺玖らが戦闘を行っている最中に離脱。

事前に持ち合わせたGPS機能を駆使して夜行武光が居る場所へと移動する。


「(森林地帯は危険ですのに)」


夜行武光が居る場所は、森林地帯を指していた。

補助系の狩猟奇具を持つ文川富男が居るからこそ、森林地帯に潜む事も出来るだろうが、しかし移動中は基本的に危険ではある。

だが、榊色子の迷彩する事が出来る狩猟奇具及び狩衣を装着すれば、例え化物であろうとも視覚や嗅覚を誤魔化す事が出来る。

威度S以上の化物が呑気に歩く様を見たり、化物同士が争っている場所を眺めながら森林地帯を二時間掛けて歩き続けると、建物が見えた。

森林地帯を抜けた先は住宅街であり、此処が数年前までは人が棲んでいた名残が残っている。

しかし、やはりと言うべきか、化物たちによって建物は半壊されており、地面や壁には人間の血肉がこびり付いて掃除すらされていない。


「(不気味ですね……本当に此処に夜行様が居るのでしょうか?)」


そう思った。

しかし、GPSがこの周囲に反応している以上、ここに居るのはまず間違いないのだろう。


「(……飢餓島。その中心……黒い塔がありますね……あれは一体)」


飢餓島の中心部分には、天に向けて伸びる黒色の塔の様なものがあった。

数年前には、そんな巨大な建物は無かったが、恐らくは化物が作ったのだろう。


「(……この建物の中に夜行様が居る)」


壁に大きな穴が開いた建物の中に入る。

おおまかではあるが、夜行武光の居る場所は其処から発信していた。

薄暗い部屋の中、狩衣を解いてマスクを外す榊色子。

黒い髪はマスクによって蒸れていて、顔を赤くした状態で重苦しい息を吐いた。


「夜行さま、ただいま戻りました……ッ!?」


ずん、と。

榊色子に向かって伸びる、青い言語不明の文字が描かれた腕が榊色子の口を塞ぐ。

暗闇の中に居たのは、歪な笑みを浮かべる六本腕の化物。


「(『紋身タトゥ』ッ!?何故、此処に)」


藻掻き、狩猟奇具をベルトから外してトリガーを引こうとするが。


「~~~~ッ!!」


榊色子が握り締める狩猟奇具を彼女の手ごと自らの掌で包み込んで、握りつぶした。

骨が砕ける音と、血肉が爆ぜて地面に滴り、激痛が走って手首から先の感覚がなくなる。


「(な、なぜ、なんで、此処に、こ、ここに、たと、ぅ、がッ)」


涙目を浮かべながら、自らの腕を潰された榊色子は鼻で荒く息を吐く。

タトゥは残る腕を自らの口に近づけて、人差し指を一本建てると、「静かに」と言いたげにジェスチャーを交えた。


「しぃぃいいいぃいいいぃいいいぃいぃぃぃぃ……」


彼女は知らないだろう。

その建物の中には、機械類に干渉する事が出来る化物が存在し、人をこの建物の中に誘導していた事を。

そして、建物の中には、タトゥ以外にも、夢を見せる猿も座っていて、そしてその近くには、バビロンも居た。


影の奥からバビロンが出て来る。

タトゥは後ろを振り向くと、バビロンの胸に手を突っ込んで、何かを引き出す。

すると、バビロンは音もなく倒れて、タトゥがそれを榊色子の方に向ける。


「(化石ッ……何故、何故、その様な、ものを……)」


タトゥが、榊色子の胸に向けて、化石を減り込ませた。


「~~、~~~~ッ!!」


口元を抑えられている為に、声を発する事は出来ない。

岩石の様な化石が肉体に無理矢理押し込まれる激痛が、内側から響いて来る。


「(や、い、たいッ!あ、ッはい、って、やだッやめ、あッ、ひぁッ!!)」


心臓を破り、化石が血液を動かす器官の役割となる。

完全に化石をねじ込まれた所で、其処でようやく、タトゥの手が離されて、榊色子は地面に膝を突けた。


「あ、……いや、からだ、うち、から食べられ、やだ、やだやだっ、たべないで、いたい、あ、ッ、痛い痛い、あたま、あたま、たべ、たべない、え、いや、あ、っあ、あっ……」


顔を赤くして痙攣し。

榊色子は、化石に食われていく。

化石を取り出そうと、自らの胸元を引っ掻くが、力が弱く、自らの皮膚を傷つけるだけである。


「いや、いやっ、やめて、いやなの、それ、たべないで、あっ、いや、ぁぁ…」


か細く声を漏らして。

榊色子は死んだ。

それが、今回の特殊任務における最初の犠牲者であり。

タトゥはそれを面白そうに見ていた。

彼女の潰れた腕が次第に修復されていき、手首から先が灰色に変わっていく。


そして、遺体から目が開かれる。

ゆっくりと体を起こして、俯くその遺体はゆっくりと顔を上げた。

顔面に血管が浮き彫りにしながら、柔らかな笑みを浮かべる遺体。


「………あ」


口を開いて、その遺体は声を発する。


「あー……」


まるで生まれたての子供の様に。

両手を動かしたり、乳房を弄ったりして感度を確かめると。


「あ……あ、い、う、え、を……わ。わた、しは……ば、ばび、ろん?」


首を傾げてタトゥに聞く。

タトゥはそれを面白そうな顔をしながら同じ様に首を傾ける。


「き、き、きゅ、きし、べ……きゅう、に、あい、ます……?」


両手で頬に触れて。

自らが人間に変貌した事を嬉しそうな表情で浮かべるバビロン。


「では、は?いきま、しょ、おー?」


榊色子の肉体を乗っ取ったバビロンは歩き出す。

くすくすと笑いながらそれに同行するタトゥ。

その後ろを歩く夢を見せる猿。

バビロンが変貌したのは、その猿のせいである。

化物であるバビロン……その生物もまた、猿に夢を見せられた一体であった。


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