[4-5 reverse side]夢喰いあやかしは見知らぬあやかしをストーカー呼ばわりする
今朝のことは完全におれの失態だった。
まさか姿を消していたおれの存在に犬が気付くなんて思わなかった。こんなことだったら、幻術で人間の男に化けるんだった。
最新の注意を払わなくちゃいけなかったのに、この様だ。
「ごめんね、アルバくん」
不意に
「謝ることのほどじゃねえだろ。動物好きのお前のことだ。ただ犬が怖いってワケじゃなさそうだし。嫌なこと思い出したんだろ?」
なにしろ昨日の夜に
まあ、そのあとはいろいろ……あったけど。今朝は珍しく悪夢を見なかったみてえだし。
一体、昨夜はどんな夢を見たんだろうな。
ふと気になって聞いてみようと思った矢先、
おれの姿を映した薄紫色の瞳が上目遣いに見る。
「わたし、アルバくんに話さなくちゃいけないことがあるの」
自分の両腕で抱えていると分かる。華奢な身体を
ついに自分から話そうと勇気を奮い起こしたんだ。
――嫌なら無理に話さなくてもいい。
そう言おうと口を開きかけてやめた。
まっすぐ見上げてくる揺るぎない瞳は、今まで臆病だった
今はこいつなりに前に進もうと必死にあがいている。なら、おれは手を引いて一緒に進んでやればいい。
「わたしがピアノをやめたのは五年前にあやかしに襲われたからっていうのは知ってるよね」
頷いてみせる。
そもそもその事実を知ったのは、初めて
「赤い瞳をもつ毛むくじゃらのあやかしだったの。ピアノの練習をしていたらいきなり部屋に入ってきて、わたしは襲われたの。あのあやかしが何なのか、最初は知らなかった。けど、いつだったか
黙っておれは
昨日の朝も言っていたな。
退魔師があやかしの名を出した途端に
口にしてしまうと確信に変わる。いや、もう知ってしまっているのだから今更か。
小さな勇気を奮い起こして、
「たぶん、あの時襲ってきたあやかしは、
やっぱりそうか。
「鵺は九尾が退けたんだろ?」
「うん、そのはずなの。もう二度と
大方予想はついていた。
「理由はおれにも分からない。退魔師や
「うん。そう、だよね……」
小さく頷いたあと、
怯えて震える姿を見るのは可哀想だった。こいつにはいつだって笑っていてほしいのに。
鵺もなんで
半妖だからか。あやかし由来の特殊な能力を持っているからなのか。
どういうわけか、
なんにしても
突然にくいっと衣装の襟元を引っ張られた。
「ちょっ、しお……」
「アルバくん、わたしこわい。あやかしはもうこわくないけど、鵺はこわいの」
再び見上げてきた瞳は涙に濡れていた。思わず抱きしめてやりたくなる。けど、よく考えれば、おれの両腕は塞がってるんだった。
悪夢にうなされるくらいにあやかしを怖がってた
あやかしに対しての見方が変わったのは、間違いなく
いつだって
不安にさせないよう口角を上げ、おれは笑ってみせた。
「そりゃ誰だって危害を加えたやつが近くにいたら怖いだろ。人間同士でもそういうことあるじゃん。ほらストーカーとか」
「……ストーカー」
ここで、どうして
あれ、おかしいな。おれ、またやっちまったか!?
訳が分からず様子を見ていると、
「あははははっ」
「今の笑うところだったか!?」
「だって、あやかしなのにおかしいんだもん! アルバくん、よくストーカーって言葉知ってるね」
「珍しくもないだろ!? 今朝の新聞でも書いてあったんだよ。ストーカーに気をつけろって。それに、また同じ鵺がお前を襲いに来たりしたらそれこそストーカーだろ!?」
「あははははっ! 真剣な顔で新聞読んでると思ったら、ちゃんと人間社会の勉強してたんだ。もうもうっ、真面目すぎるよっ」
そうか? 真面目、なのか?
九尾だって雪火の家で新聞読んでるって言ってた気がするんだが。
つーか、話が完全にそれてるじゃねえか。
「ああっ、もう笑うな。つまりだな、おれが言いたいのは怖いって感じてもおかしくねえってことだよ。でもって、そのストーカー野郎からはおれが絶対に守ってやる」
言い切ったあと、おれは力強く笑ってみせた。
これは虚勢だ。
おれはただの
他のあやかしより右に出ることといえば、人間の夢に入り込めることくらいだ。
鵺からすれば、おれなんか驚異にすらならないだろう。
それでも自分の女はこの手で守りたい。
他のあやかしに奪われてたまるか。
「ほんとう? 鵺が来ても、わたしを守ってくれる?」
強く頷いて、おれは
「ああ、おれが
「うんっ」
花が咲き誇ったような笑顔で元気よく頷いてくれた。
それでいい。
知っているか、
人間は諦めなければ道を切り開ける。
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