ep.1 初恋フラグ





   




“─────…ろ…”


微睡む意識の中、誰かがオレを呼ぶ声が聞こえてくる。






“…しっ………だ…!!”


何度か身体を揺さぶられるような感覚があったけど。


オレの瞼は重く、目覚める事も叶わなくて…

夢現を行ったり来たり。




その声は若い男の人のもので。低くて良く通る、とても心地の良い響きではあったけれど…


なんとなくどっかで聞いたことある声だなぁとか、無意識下でゆらゆらと考えてたら…。


口の辺りに、ふにゃりと柔らかな感触が降りたような気がした。




すると───…







「ッ…───はッ…ゴホッゴホッ…!」


「良かった…無事みたいだな。」


瞬く間に覚醒を果たした途端、とてつもない息苦しさに襲われ、噎せてしまい。

咳き込む反動で起き上がれば…先程の声の主が、親切にも背中を擦ってくれて。



なんとか呼吸も落ち着いたてきたところで、ゆっくりと顔を上げてみると…







「えっ…」


「どうした?どこか…具合が悪いのか?」


優しい声音で、顔を覗き込んできた:彼|の姿に。

オレは信じられないとばかりに、この目を疑った。








「るっ、、さま…?」



いやいやいやいや、コレ絶対夢でしょ!?

さっきまでオレは、旅先の…船の上だったわけで…


目覚めたばかりの朧気な記憶を辿ってみても、混乱した頭では…確かなものは何も見出せず。

彼の顔を何度も何度も見返しては…ぽかんとした口をあわわと震わせ、狼狽える。



そんなオレの奇行を目にした青年は、とても心配そうな表情を浮かべていたのだが…







「何故、私の名を…?」


「えっと、え…!?」


疑問を投げられても、まともに返せる余裕などなく。むしろ彼の問いかけに、更なる混乱が生じる。


えっとだから、その…何かひとつでも解決の糸口になるものは無いか、と。キョロキョロと辺りを見渡してはみるも…ここは広大な海────…だったはずなんだが。


目の前に広がるの:ソレ|は、規模的にどう見繕っても大きめな湖…くらいにしか見えなくて。周囲からも濡れたオレの身体からも、海特有の磯の香りがしてこない。



…てか、元々よく知りもしない国へ、失恋の勢いだけで旅行へと来てしまったわけだから。


勝手知ったる場所なわけでも、なかったんだけど…。







と…あれやこれやとこんがらがった頭で、考えてはみたけれど。謎は謎のまま、現況を把握していけばいくほどに…


オレの思考は更なる深みへと嵌まっていくのだった。








「溺れたショックで、記憶がかなり混濁してるようだが…──そうだな、とりあえず自分の名前は判るか?」


「えっ、名前…?」


まだ呼吸すら儘ならないから、脳に充分な酸素が回ってこず。そのせいで不安と焦りに駆られ、つい泣きそうになる。


そんなオレを不憫に思ってか…青年は優しく微笑んでは、大丈夫だからと慰めるように。オレの頭を、やんわりと撫でてくれた。






そう言われて段々と思い出したけど。

オレ、船から落ちて溺れたんだっけ…。やけに身体が重いなと思ったら、全身ずぶ濡れだしさ。


彼のおかげで、少しずつ冷静さを取り戻してきたオレは、ゆっくりと呼吸を整えると…。


自分に起きた災難の記憶を、ひとつずつ辿り始めた。








「慌てる事はない、落ち着いてゆっくり考えればいい。」


とんとんと、子どもをあやすよう背中に触れられて。オレはうんと答え、もう一度深呼吸する。







「オレの名前は、セツ…守山もりやませつ…」


「セツ…」


そうと頷いて、彼を見上げれば。オレを映す深緑の眼に釘付けにされ…思わずドキリとする。



考えてみればオレは今、湖の縁に座り込んだ状態で彼に抱き留められているの図…なわけで。男同士でどういうシチュエーションなんだと、ツッコみたくなるけども。


そうはいっても身体はずぶ濡れ、酸欠状態な上に全身が鉛のように重ったから…。

とりあえず今は、それどころじゃないので…気にしないことにした。







「オレ、確か船…に乗っ、てて…」


デッキで景色を眺め、しんみりしてたら…

突然、船員が叫び声を上げて。






「見たら船よりおっきな鯨、かな?…たぶん。それが飛び跳ねて上から降ってきて、さっ…」


気付いたら、こうして彼に助けられてたってのが…おおよその経緯だろうと思う。







「鯨?…──いや、そうか…それは災難だったな…。」


彼にとっては初対面なはずなのに。見ず知らずのオレを助けた上、こうして親身になってくれている。


そういった彼の人となりを知らしめる行動や言動、何よりこのひときわ目を引く:顔|に。


オレは出会って早々に魅せられてしまったようで。なんとも言えない気持ちで、胸がいっぱいになっていた。



だって彼は、さ…

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