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ふたり掛かりで褒めちぎった結果、ファズ先生が来た頃にはフィアはすっかり茹で上がってしまっていた。

「さあでは皆の知恵を借りたいと思う。隠し部屋の仕掛けについてだ」

正直に言うと自分ひとりの力で解きたかったのだが、こう急かされては仕方がない。仕掛けと僕なりの解を一通り説明して意見を求める。僕が導いた解では必要魔力が高すぎてあと一歩及ばない。別の視点からのアプローチが必要だ。

「解はあってますし、やっぱり先生に頑張って貰うしか。魔力の運用効率を極限に高めるとか、塔の結界に回してる魔力メモリを一時的に解除するとか」

フィアがまっすぐに意見を述べると、ファズ先生は少し難しい表情で指摘する。

「一時的であれ塔の結界を解除するのはどうかと」

塔の結界というのは主に気圧や風、雷などから塔を護るシステムの事だ。凡そ自動化されているし回している魔力メモリも極僅かだが、これを一度絶つと再起動には時間が掛かる。リスクとリターンが釣り合わない。

「いやいや皆さん正気ですか!? ファズまで!?」

ノイチェが声を張り上げる。視線を集めたノイチェは乾いた笑いを咳払いで振り払ってテーブルに両手をついた。

「どう考えても、これは『足りない実力をどう補うか』という謎掛けです。あと一歩で正面突破なんて想定外…いや想定くらいはしてあるでしょうが、正攻法じゃないんですよ逆に」

なんと。フィアも驚きすぎて目が点になっている。

「…ルルイエの魔女はともかく、魔弓使いも入ったという想定なんでしょう?」

肯く。フィアの予想でしかないが僕もこの説は推している。

「だったら特に。彼は確かに強かったですが、総合力で今の師以上であったとは思いません。師やフィア君は知らないにしても…ファズ、君は彼と同期だろ」

振られたファズ先生は「いやぁ」と頭を掻いた。

「彼ならひょっとして、と」

「美化しすぎだ」

しかしこれは納得だ。求めてくるのが能力であるという点に僅かながら違和感があった。何せ相手は知恵を司る聖霊だ。ノイチェの説は非常に腑に落ちた。

「であれば最初から解き直しだ。かなり変わってくるぞ」



解ってしまえば拍子抜けするほど簡単だった。僕は今その扉に手を掛けている。固まってしまった思考の方向性を正すには、時間と並んで他人の意見も有用だ。僕だけの力ではないことは多少悔しさが残るが、恥ではない。胸を張って扉を開こう。

「さあ。何を隠したのか見せて貰おうか。我らが聖霊よ」


何処かぼやけたような滲んだ景色。書庫…いや書斎か。中身の詰まった多くの本棚に、床に机に積み上げられた本の山。その陰から大柄な人物の背が覗いている。

「よく来たな、魔術を継いだ子」

側にはこれまた大きな杖。たくさんの蕾石の付いた立派な魔術杖が机に立て掛けられている。

「漸く此処へ至る子が現れ始めた。長かったよーな、短かったよーな。テメーで三人目だ」

「三人目…」

思わず声を漏らすと、その人物は漸く此方を振り返った。

「おれさまはラツィー…の、写しだ。此処へ至れたご褒美をやろう。何が知りたい?」

ラツィー。

コクマの創国主…つまり建国者にして塔の建設者。我らが始祖たる聖霊の名だ。

「僕は現在の塔の管理者だ。その…『写し』というのは?」

「んん? 前に来たのもそう言ってたぞ。そんなに経ってねーと思ったが…代替わりが早過ぎねーか?」

やはり。

「それは恐らく僕の母だ。時代が変わった」

「玄霊を討ったか」

「貴方の託した弓を引き継いだ者が収めた。残念ながら塔の人間じゃない」

「へー。詳しく聞かせろ」

一頻り昨今の世界情勢を説明する。どうやらフィアの予想も当たりのようだ。

「なるほどな。ところで、そいつらはターミナルを使ったか?」

「さあそこまでは。しかし存在登録はしている筈だよ」

「ふーん」

聖霊の写しは曖昧に目を逸らした。

「そろそろ此方の質問にも答えて貰おう」

「あー、そーだな。写しは写しだ。複写、複製品、コピー。オリジナルはとっくに死んでる。おれさまは記録の再現品だ」

言葉の意味なら解る。その原理を訊ねているのだ。

「ターミナルと同じだ。あの癪な術式を真似させて貰った」

「ターミナルは、貴方が造ったのではないのか」

「ちげーな。ネットワーク解析してみりゃすぐ判る。大元が何処かなんてな」

続きは言うなと慌てて止める。いきなり答えを与えられるなんて冗談じゃない。

「なんだ。テメーはターミナルを解析しよーとしてんのか」

聖霊の写しは楽しそうに身を乗り出した。

「漸くか! どーだ、何処まで解ってる」

転送機能、ダァトとの繋がり、エネルギーの蓄積・発射機能。解析不能のブラックボックス。解っている事は多くない。

「まあ始めたばっかにしちゃ読めてる方だ。しかしそーか、『魔力』か。あぶねーな」

興味深そうに僕を眺める。

「それは恐らく有翼種が持っていた力が薄まったもんだ。煌力に近く玄力に近くそのいずれでもない力。当時無かった種類だけに、プログラムが対応してねーんだな」

僕が『魔力に類する力』と読み解いた部分は正しくは『有翼種の持つ力』だったというわけだ。それがゲブラー宛てで送られれば発射される。しかしよく似てはいるものの明確に定義されていない魔力に対してはエラーを起こしかねない…という事らしい。

「最悪暴発して塔壊滅、なんて未来もあったかもな」

血の気が引いた。

「待ってくれ。話を戻すが、貴方はターミナルと同原理による再現品だと言ったな」

「言った」

存在登録。複製。『転送』。

過去の人物を現在に『再現』する。

それならば、ひょっとして。

「未来の人物も、過去に『再現』する事は出来るのか」

「出来る」

「……!」

聖霊の写しは僕をじっと見据えて言った。

「が、過去だろーが未来だろーが存在複製機能へのアクセスは管理者権限が必要だ。容易には出来ねー」

「ブラックボックス…」

「にしてあるだろーな。私用で使われちゃあカオスになる」

それはそうだ。特に過去への転送は使いたい者も少なくないだろう。セキュリティは万全を期して当然だ。そもそもその機能自体どうかと思う。

「あいつが何を想定してたかは知らねーが、ターミナルに存在を記録し再現するこの機能の目的は『世界に対する脅威への対策』らしい」

「世界に対する脅威…? 玄霊の事ではなく?」

「違うんだろーな。玄霊相手には機能しなかった。…とは言え玄霊を下したのも結局あいつの蒔いた種か。面白くねーな」

聖霊の写しは急に全てに興味を失ったように大きく欠伸をした。

「話し過ぎた」

「待ってくれ、最後にこれだけは教えて欲しい」

「何だ?」

知っておかなくてはいけない事。フィアを安心させるために。解放するために。

ターミナルに対して、何をしてはいけないのかを。

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