正式加入
その後俺たちは少し休憩し、再びギルドに戻ってきた。
するとギルドの職員がエルナに声を掛ける。
「そう言えばエルナはパーティーに魔術師を募集していたね?」
「え、あ、はい」
エルナは少し戸惑ったように頷く。
マリーという少女が抜けてからエルナはギルドにパーティーメンバー募集のお知らせを出してもらっていたようだ。
「実は今さっきそれに応募しようという人が来たんだ」
「え、本当に?」
待ち望んでいたはずのことなのにエルナは戸惑うような困惑するような声で返事をした。
「どのような方でしょうか?」
リネアは相変わらず表情から感情が読み取れない。
が、ちらちらと、目が合わないように俺の方をうかがってくる。
すると職員が一人の男を連れてくる。
「こちらの、回復魔術師のジュードという男だ」
「やあ、君たちが“夜明けの風”だね? 僕はCランク回復魔術師のジュードだ。庶流ではあるけど、ハーゲン子爵家の分家の生まれだ」
そう挨拶したのはいかにも好青年といった顔立ちの二十ほどの男だ。しかも服や革鎧も高級品で、金持ちであることがうかがえる。基本的に冒険者も大儲けしてる人は一握りで、みな実用性重視の質素な装備を身に着けていることが多いので一際目立つ。
貴族の生まれということはもしもの時に金銭的な支援が受けられる他、貴族からの報酬の高い依頼を回してくれるかもしれないという利点がある。
回復魔術師というのは支援魔術師よりも回復に特化した職業で、使える魔法の種類が少ない代わりに回復量が多いという特徴がある。
基本的には今の俺と役割は完全に被っているだろう。
しかもCランクということはこの二人と組んでも問題ない強さである。
「私が“夜明けの風”のエルナよ」
「私はリネアです」
二人がぎこちなくあいさつし、ジュードと名乗った男はその空気を察したらしい。
「どうもあんまり歓迎されてない雰囲気だが……そうか、もしかしてそちらの男が現在の回復役なのかい?」
ジュードは先ほどから無言でいる俺に気づいて尋ねる。
「そうだ、俺は臨時でこのパーティーに入っていた支援魔術師だ」
「ふうん、確か君はこの前ゴードンのところを追い出せたんだろ?」
彼は俺が現在の回復役と聞いて少し対抗心を抱いているらしく、俺を蔑むように言う。
「そうだが、それは過去の話だ。今は普通に魔法も使えている」
「それは良かった。それなら別のパーティーに移ってもやっていけるね」
「……」
少ししゃべっただけでいけすかない、と思ったが俺はどうしていいか分からずにエルナの方をちらっと見る。
が、エルナは目を合わせない。
さすがに彼女も数日間一緒に冒険した俺を追い出すような形で別れるのは後ろ髪を引かれるということだろうか。
とはいえ、あんな訳の分からない副作用がある俺の魔法よりはきちんとした魔法を使えるやつの方がパーティーにはふさわしいのだろう、と思ってしまう。
そしてエルナのようないい人に「出ていけ」と言わせるのは酷だ、と気づく。
名残惜しいが俺から切り出すか。
「そうか、短いけど世話になったな」
「いいんですか?」
俺が言ったときだった。
リネアが小声で、しかしどちらかというと抗議するようにエルナに尋ねる。
するとエルナははっとしたようにこちらを向く。
「このままだとアルスさんは行ってしまいますよ」
「でも……」
「そしてあなたもあなたです。数日間とはいえ一緒だったのに、そんなにあっさり出ていくなんていいんですか!?」
リネアは俺の方を見て強い調子で言う。
普段物静かなリネアだが、意外なことに今回は強い言葉で言う。
俺はその変化に少し驚いたが、慌てたのはジュードだった。
「おいおい、君たちは魔術師を募集していたんだろう? それなのにあいつを引き留めるっていうのはどういうことだ? あいつは臨時の穴埋めじゃないのか?」
「そう言われても募集し始めたときとは事情が変わったんです」
「はあ。こんな冴えない男よりもこの僕の方がエルナにふさわしいと思わないか?」
「え?」
急にエルナの名前が出てきてリネアが困惑する。
俺は出会い方があんなだったからあんまり意識してなかったが、エルナは容姿は整っているし、騎士家の生まれである。冷静に考えると男からすれば垂涎の相手だろう。
もしかしてこいつはそういう意図で近づいてきたのだろうか。
「エルナ、当然僕を選ぶよな?」
そう言ってジュードはエルナに顔を近づけると、彼女の顎に手を伸ばそうとする。おそらく今までもたくさんの女子にそうやって迫ってうまくいってきたのだろう、そんな雰囲気を感じさせる手つきだった。
が、その時だった。
それまでずっと悩んでいたエルナが急に口を開く。
「すみませんが、今回の募集はなかったことにしておいてください。つい今しがた決まってしまったので」
「……おい、まさかあいつのことか?」
途端にジュードの表情が変わり、俺の方をぎろりと睨みつける。
「あんなやつよりも僕の方が生まれも顔もいいし、金も持っている。それに僕の方が気持ちよくさせてあげられるよ?」
そう言ってジュードは再びエルナに迫る。そして強引にエルナの唇を奪おうとした。
が。
「やめて!」
エルナはそんな彼を払いのけた。
今まで女性に断られたことはなかったのだろう、驚いたような顔でエルナを見る。
「おい、正気か!? この僕を拒絶するなんて! そんなにあいつがいいのか!?」
「別にそうは思ってなかったけど、今の態度を見て確信したわ! あいつはあんたみたいなやつよりも百倍マシだってね!」
先ほどまで悩んでいたのとは打って変わり、エルナはいつものような強い調子で言う。
それを聞いてジュードは顔を真っ赤にする。
「な、何だと!?」
「あんたみたいに顔と家柄をひけらかしていれば女が寄ってくると思っているようなナルシストと違って、私のことを気にかけてくれるの!」
「ちっ、これだから男を見る目のない女は! そんなんだから家を追い出されて冒険者なんかする羽目になるんだ!」
彼は捨て台詞を吐くと去っていった。
それを見てリネアははあっとため息をつく。
「全く、はらはらしましたよ、リネアが何も言わないので」
「だって……確かにアルスはここ数日ですごく優しかったし、魔法の回復量もすごいけど、やっぱりあの魔法は……」
そう言ってエルナは顔を赤くする。
やっぱりそこが一番のネックだったらしい。
「でも、それもいいじゃないですか」
「え?」
リネアの突然の発言の意味が分からずにエルナは困惑の声をあげる。
言い間違えに気づいたリネアは慌てて訂正した。
「いえ、言い間違えました。それを差し引いてもいいじゃないですか、と言おうと思ったんです!」
「そうよね。ごめんなさい、声を掛けられたときに少し悩んでしまって」
エルナは申し訳なさそうに頭を下げる。パーティーメンバーをどうするかというのは重要なことだから即決出来ないのも無理はない。むしろ一晩ぐらいゆっくり考えてもいいとすら思っていた。
しかし今のリネアのいい間違え、本当に間違えだったのか?
「大事なことだから悩むのは仕方ない。でもいいんだな? 俺としてはここで俺を選んでもらえるなら当分このパーティーを出る気はない。だからずっとあの魔法を使うことになるが」
「うん、それでも私はあなたと同じパーティーに居続けたい」
それを聞いて俺も安心する。
「そうか、そういうことなら今後ともよろしくな」
「うん」
「リネアも俺のために発言してくれてありがとな」
「べ、別にあなたのためではありません。ただあなたの魔法が有用だと思っただけです。あ、有用というのはあくまで副作用ではなく回復効果の方ですからね!?」
「わ、分かってる、分かってる」
そんなことは言われなくても分かっているが、わざわざいうことはもしかして。
リネアは少し照れたように言ったが、彼女の真意は伝わってきた。
こうして俺はめでたく臨時メンバーから正規のメンバーになることが出来たのだった。
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