第一話 過去は断ち切るタイプの男による復習(2)
そう、感染者と呼ばれ、特異能力を持ち、様々な理由で世間から疎まれる彼らも、元は普通の人間――普通に学校生活や社会生活を送る、ごく平凡な一般人だったのだ。
では、なぜそんな人間が特異能力などというものを発現させるに至ったのか。
「あの隕石が落ちたのって何年前だっけ?」
「十五年前、ね。本当になにも覚えてないのね……授業でやったのに……」
「過去は断ち切る主義だからね」
「だから、それならなんで復習なんてしてんのよ……」
そんなツッコミもよそに、万里はおそらく地球上に住む大半の人間が認知しているであろうあの大惨事について、知っている限りの情報を記憶から探る。
(っていっても、もう十五年も前の話とかなー)
だから結局、同年代の人間はみんな、学校の授業などで物心ついた後に見聞きしたりして学んだことで、故に当然、当時の世界の混乱ぶりなど記憶にない。
ないのだが、とにかく十五年前、万里たちが生まれたくらいの頃、ロシアの中央辺り、その南部に、隕石が落ちたらしい。
(えーっと何だっけ、なんか地名も習ったような気がするんだけど……まいっか)
何ヵ月も前には地球に接近してきていることが確認されていたはずのそれは、世界の各先進国が手を取り合い、当時最新鋭のどの軍事兵器を用いても破壊することはかなわなかったという。
かくしてその隕石は、先進諸国の努力を嘲笑うかのように地球に落下。その余波で、ユーラシア大陸の人口、およそ三分の一が死滅した。
「当時はすごかったらしいわよ。経済とか外交とか貿易とかがすんごい混乱したりして。物価が滅茶苦茶になったりしたんだって」
「そんで、そんな混乱も収まらない内に妙な力を使う人間が現れ始めたってわけか。今や世界中に」
それが間もなくして感染者と呼ばれる存在で、既に瀬里が先述した通り、彼らはそれぞれ千差万別、種々多様の何らかの超常現象を起こすことのできる特異能力を発現し始めた。
「その原因が、その隕石が運んできた未知のウイルス、だっけか」
「正解。早くあのウイルス何とかしてほしいわ」
またもや瀬里が悩ましげに深い息を吐く。
その能力を悪用した彼らの犯罪率を考えれば、それも理解できようものだった。
結局のところ、それも使い方次第なのだが、悪い面ばかりが世間に広まって騒がれているのは、実際に悪用をする感染者のほうが圧倒的に大半を占めるからだ。
「ミトコンドリアウイルスだっけ?」
「イデアウイルスね。全然違うわよ……。確かミトコンドリアは人間の細胞だったような気が」
ウイルスじゃないし、と委員長。
常軌を逸した能力を与える原因となったそれは、現在ではそう名付けられ、世界の各先進国で研究・解析が進められている……が。
「そう、それ。確か未だに根本的な対応策が打ち出せてないんだよね。ワクチンとか」
「それどころか、人間の体内にどうやって侵入してるのか、感染経路すら判明してないって話よ。ホント怖いわ、地球外生命体って」
「え? ウイルスって生命体なの?」
「まったくもう長城は……」
委員長はなぜか頬を緩ませて嬉しそうに人差し指を立てる。
「あれは細菌と同じで極小サイズの生物なのよ」
「へぇ、そうなんだ」
細菌が生物だということも今知った万里である。
「でも面白いよね。そんなウイルスが人間の身体にどう作用したらそんな特殊な能力を使えるようになるのか」
「詳しくは知らないけど、本当に多岐に渡る現象を起こせるみたいね」
「どこ○もドア的な能力とかないのかな。僕、朝とかもうちょっと長く寝ていたい」
こういう話題にありがちなパターンとして、自分が何か特殊な力を身に付けられるとしたら何が欲しいか、という話にシフトしかけたが、しかしそうなる前に真面目な委員長が声を荒げた。
「不謹慎よ! そんな得体の知れない気持ち悪い能力のせいで迷惑してる人たちがたくさんいるっていうのに!」
やはりクラス委員長なんて買って出るような人間は潔癖なのか、その反応はやや過敏だった。
だがしょうがない。
だって時間を節約できるどこ○もドア的な能力は、万人の夢なのだから。
しかし、そんな常人とはかけ離れた感染能力は、感染者にありとあらゆる犯罪に走らせる。それにより一般人に与える損害や被害が爆発的に増加したのは揺るぎない事実なのだ。
多くの人間が、感染者の無法な振る舞いと得体の知れなさに強い忌避感を抱いている。
「まぁそこはIOCが頑張ってくれてるんだから」
「IOCもこのご時世の中でも何とかオリンピックを続けようと頑張ってるけどね、この場合はICOよ。IOCじゃ国際オリンピック委員会なのよ……」
万里の天然のボケに瀬里が突っ込む。
万里はこういった国際機関の略称であるアルファベットの羅列は覚えられないタイプだった。
「でも隕石が落ちてから十五年、全然解明が進んでないけどね!」
と、瀬里が嘆く。
「確かに時間掛かってるけどさ、相手は地球外のウイルスなんだし、しょうがないんじゃないの?」
「それはそうだけど、もどかしいのに変わりはないわ。……やっぱり進路はそっちにしようかしら」
以前から時おり彼女の口から聞かれる話ではあるが、どうやらこのクラス委員長様は将来の進路にイデアウイルスの研究を視野に入れているらしかった。
それがどれほどの難度を誇るものなのか、万里には想像もつかないが。
そしてこの一連の会話からも察せられる通り、人類も何の次善策も講じていないわけではなかった。
招かれざる来訪者である隕石が地球に土足で上がり込んでから間もなくして、国連はこの一連の大災厄の解決にあたるため、まったく新しい国際機関を発足した。
それがICOという略称で呼ばれるその機関――正式名称、イデアウイルス対策機関であり、現在、何ヵ国もの先進国と各分野のトップエリートたちで構成され、感染経路やワクチンの開発などを含め、イデアウイルスに関連する諸問題にあたっているわけだ。
「でもそんな怖いウイルスなのに、感染者ってあまり見ないよね。まぁ僕が気付いてないだけで、街中とかですれ違ったりしてるのかもしれないけどさ」
「怖いこと言わないでよ! もう!」
「可能性の話だよ」
瀬里が声を荒げて机を叩いたので、それに気圧された万里はやや身を引きながらもフォローを入れておく。
それでも晴れないその顔を見るに、不安を完全に拭い去ることはできていないようだった。
「ま、感染者の割合は地球の人口のおよそ一割らしいからね。それも、大半は《総合病院》に送られてるから、実質もっと少ない。あんまり出くわすことなんてないよ」
ちょうどそんなことが書かれていた教科書のページを読みながら委員長の様子を窺うと、当人は髪の先を弄りながらなぜか頬を朱に染めて「そ、そうよね」などと漏らすのだった。
しかし一方で、ウイルスの感染経路やそれに対する対応策、治療法は一向に発見の
先ほどの瀬里の不安顔にはそちらの意味も含まれていそうだが、そちらは万里にはどうしようもない。
専門の機関さえ手をこまねいている有り様なのだから。
(だから僕にできるのは、精々、不安を抱いている委員長に慰めの言葉を向けるような素振りを見せることくらいなんだよな)
万里は他人事のようにそう思った。
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