プロローグ2 サンドイッチを咥えた少女
異常犯罪が増加の一途を辿る昨今、犯罪に走る側の年齢層にも広がりが見られ、その手法も多様化する物騒な世の中である。当然、未成年による夜間の一人歩きには危険を伴う。
だが自分がそんな目に遭うはずはないと無根拠に高を括った若者の夜間徘徊は後を絶つことはない。
梅雨明けすぐで夏真っ盛りのこの時期は夕食時となってもまだ陽は落ちきることなく、人々に一日の終わりを告げるには力不足だった。
であれば当然、夜間外出率も上がるというもの。
片割れの一人を念のため駅まで送ってようやく着くことのできた家路。
普段下校するときには通ることのない繁華街から独り暮らしをしている住居へ帰宅するのに最短のルートを通ろうと、慣れない道を通ったのが仇となった。
まったく人の寄り付かない路地裏。
しかもほんの少し引き返せば繁華街の喧騒が戻ってくるような、そんな日常に程近くもどこか非日常感漂う狭間だった。
突き当たりの丁字路に差し掛かった万里の目の前を、サンドイッチを咥えた少女が猛スピードで駆け抜けていった。
開いた口が塞がらず、だらしない面持ちのまま固まってしまう万里。
まるで忙しない朝の一幕として取り上げられがちなワンシーンだったが、場所は日暮れ時の薄暗い路地裏である。あまりにちぐはぐな光景に呆気に取られ、何気なく見送る。
直後だった。
今度は明らかに不穏な空気を纏った一団が駆け抜けた。
不自然なくらいにインターナショナルでグローバルな集団だった。白人に黒人、黄色人、見るからに国籍がバラバラ。一様に無個性なスーツで統一されたその一団は、先の少女を追っているように思えた。
(なに今の)
目の前を通り過ぎたそのワンシーンに立ち尽くす。
上手くは言えないが、どことなく、首筋の裏辺りにちりつくものを感じる。
万里は通行人Aですらない置き物Aとして微動だにせず、その剣呑な一幕をやり過ごそうと思った。
が、それはどうやら高望みだったらしく、その一団の中の一人、やたら上背のある筋肉質の黒人がこちらの存在に気付いた。
その大男は万里の目の前を少し通り過ぎたところでぴたりとその足を止め、
「待って! その子は関係ないでしょ!」
逃げるように先頭を切っていた少女が振り返り、そう叫んだ。
器用にもサンドイッチを咥えたままだった。
一体全体どういう状況なのか、万里が振り向いた一瞬の後には、足を止めたその少女は一団の男たちと目にも留まらぬケンカ沙汰に突入していた。
……いや、ケンカと呼ぶには生ぬるい。
男たちの手にはナイフや刀剣、拳銃――よくハリウッド映画などで見るサイレンサーのようなものがついている――があり、どう見ても偽物には見えないそれは、明らかに少女の命を狙っていた。
対する少女のほうは無手……いや、その腕に、何かが纏わりついているように見える。
僅かに透き通っていて、先端が尖っていて細長い――
(あれは氷?)
手刀のように構えたその手の先から氷の剣のようなものが突き出ていて、それを
さらには同様のものが少女の周りに現出する。こちらは剣というより槍に見え、切っ先を男たちのほうへと向けると、弾かれたように中空を飛翔した。
(なんだこれ……?)
人智を超えたそんな異能力を振るう少女は、次々に襲い来る刃はおろか銃弾さえかわし、あるいは氷を用いて防いだりしている。
結果、銃弾は少女の皮肉を突き破ることなく、カランカランと乾いた音を立てて地面に落ちるのだった。
(まずい、これは、まずいぞ……)
この状況を前にして万里は、今さらのようにやってきた危機感をその肌で感じていた。
ここは明らかに日常の範囲外だ。
この極東の島国のこんな路地裏に、こんなにも国籍豊かな人間が揃っている時点でもう、事態は異常の領域に足を踏み入れている。
その上、普通に日常を生きていればまずお目に掛かることのない武器凶器の数々。
そしてそんなものに四方八方から命を狙われているらしいあの少女は――おそらく感染者だろう。
(だとしたら、あの氷……あれが感染能力か!)
それはイデアウイルスに感染した者に発現するという人智を超えた特殊能力。
万里の脳裏にはけたたましいほどの警鐘が鳴り響いていた。
「 !」
先の少女の叫び声に、万里の前に立ちふさがっていた黒人が何らかの言葉を発した。
万里ももう高校二年生である。その言語が英語だということはかろうじて理解でき、いくつかの単語は聞き取れたような気がしたものの、ひとつの文としては何を言っているのかさっぱりだった。
だが、雰囲気的にはわかる。
直後、それを裏付けるかのように、黒人の男は万里に向かって銃口を持ち上げた。
「!」
即座に反応して
「冗談じゃない! 僕はたまたまここを通り掛かっただけだ! 僕には関係ない!」
しかしその場から去る間際、それに気付いてしまった。
この場にたまたま居合わせたイレギュラーな
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