伸ばした手⑤
王城に戻り、すぐに主要なメンバーを招集した。
『ファブロス・エウケー』は輝、レイ、イリス、
『ティル・ナ・ノーグ』はシール、夕姫、ゼロス、シェアの四名。
ティアノラは破壊された『退魔結界装置』の修繕で不在だ。
「私のせいだ……」
アルフェリカが攫われたと聞かされた夕姫は自責の念によって色を失っていた。
大空洞を崩落させたから。アルフェリカを坑道に取り残したから。そのせいで孤立したアルフェリカはアーガムによって誘拐された。
「違うだろ」
その考えを輝は否定する。
「アルフェリカが連れ去られたことは夕姫のしたことと別だ。夕姫が責任を感じる必要はない」
「でも……」
「お前は悪くない。アルフェリカを攫ったのはアーガムだ。それでも責任を感じてしまうなら、戻ってきたアルフェリカから罰を受けろ」
目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら、夕姫は弱々しく頷いた。
彼女の様子を見ていると心配になる。自分を追い詰め過ぎて首を括ったりしてしまわないだろうか。
「シール。こっちの都合で申し訳ないが、シールたちには近日中に『ファブロス・エウケー』を出てもらいたい」
一抹の不安を抱きながらシールにそう言うと、彼女は頬に手を当ててため息をつきながら、首肯した。
「一応は……そうした方が良いのでしょうね」
シェア、ゼロス、夕姫の三人はその言葉に不服の意を表した。特に夕姫はその感情が顕著だった。
「待ってください! アルちゃんを見捨てるってことですか!?」
「これは『ファブロス・エウケー』と『魔導連合』の問題です。安易に関わってしまえば『ティル・ナ・ノーグ』と『魔導連合』の問題にまで発展してしまう恐れがあります。そんなリスクを負うわけにはいきません」
「そんな……」
無情とも言える判断に夕姫は愕然とするほかなかった。
だがシールとて冷血というわけではない。その証拠に彼女の表情は苦々しい。
夕姫の気持ちは理解できる。しかし『ティル・ナ・ノーグ』という組織の幹部として私情では動けない。そんな葛藤が透けて見えていた。
それがわかった夕姫はもう強く訴えることができないでいる。
「んで? 輝たちはどうすんだよ」
朝の一件以来、ゼロスの機嫌は悪いまま。それでもこの状況で朝のことを蒸し返すほど、彼も子供ではなかった。
「当然アルフェリカを助けるために動く。とはいえ国家同士の問題に発展させたくないのは俺も同じだ。臣下たちと協議した結果、少数精鋭で『ソーサラーガーデン』に乗り込むことにした」
「アーガムの置き手紙があるんだろ。それを公開すれば『魔導連合』に非があるのは一発でわかるんじゃないのかよ?
「国家として動くなら、そのやり方が正しいのかもしれない。けど――」
『ファブロス・エウケー』として『ソーサラーガーデン』に抗議を申し入れたところで、初めは知らぬ存ぜぬで通してくるだろう。そしてアーガムの残した術式兵装を証拠としても、それが本物であることを証明しなくてはならない。その後、裁判だの示談だの、その他事務的な手続きだので余計な時間を取られる。
アルフェリカが解放されるまでどれだけの時間がかかる。
数日ならまだ良い。もし数ヶ月、あるいは数年という時間がかかってしまえば、彼女はどれほどの不安と恐怖に耐えなければならないのか。
アルフェリカを
「アルフェリカは俺のことを信じてくれている。それを裏切ることはできない」
「ふん、どうだかな」
ゼロスは面白くなさそうに吐き捨てた。
それはアルフェリカが黒神輝を信じてくれているということに対してか。
それともその信頼を裏切ることができないと言った輝の言葉に対してか。
いずれにせよ、それっきり口を開こうとしなかった。
ゼロスの隣に控えるシェアは、こんな状況でも意地を張っている自分たち二人を見て呆れていた。
さっさと仲直りしなさいよ。
こちらを見る青色の瞳がそう言っているように思えた。
もちろん輝から謝ったりしない。ゼロスにぶつけた言葉は紛れもない本心だ。取り繕って頭を下げたところで、余計にゼロスの不興を買うだけだろう。
心にもないことは言えない。
「それでは我々は『アルカディア』に戻ります。直接的な援助はできませんが、アルフェリカさんが無事保護できることを祈っています。構いませんか?」
輝ではなく、なぜか夕姫の方を向いて、シールはそう尋ねた。
「構うも、なにも……そう決まったことなら……」
仕方がない。納得ができなくても組織の決定には従わなくてはならない。
胸の内ではアルフェリカを助けたいと思っていても、守護者である彼女もまた私情だけでは動けない立場の人間。
彼女が動くことは『ティル・ナ・ノーグ』が動くことを意味する。他都市の事情に安易に首を突っ込むわけにはいかない。
諦めを滲ませながら、シールの言う通りにしようとした。
「本当に、構いませんか?」
念を押すような確認。
なぜ、シールは夕姫にそうも確認を取ろうとする?
輝には、一点だけその理由に心当たりがあった。
「シール、要請の件だが、夕姫を派遣してもらえる場合、彼女の扱いは『ファブロス・エウケー』に所属ということでいいのか?」
その言葉に、ずっと下を向いていた夕姫は跳ねるように顔を上げた。
「輝、夕姫さんに決断力と判断力を養ってもらおうしてたのですから、余計なことは言わないで欲しかったです」
部下の教育を邪魔されたシールは困ったように頬に手を当てながら、輝の問いに答えた。
「もちろん所属は『ティル・ナ・ノーグ』に帰属します。ですが派遣されている間は『ファブロス・エウケー』の指揮下に入ります。その間『ファブロス・エウケー』の業務を行うことはなんら問題ありません。具体的な内容は夕姫さん本人と相談して頂くことになりますが」
それはつまり――
「私は、ここに残ってもいいんですか?」
「それを決めるのは私ではなくあなたですよ、夕姫さん」
夕姫の問いかけにシールは答えを返さない。
自分よりも幼い少女に決断を迫られ、夕姫はたじろいだ。
しかしそれは
「ここに……『ファブロス・エウケー』に残ります」
決意を固めるように、胸元で両手を握りしめ、夕姫はそう決断した。
「アルちゃんに謝りたい。ひどいことゆったし、許されないこともしました。謝って済むことじゃないのはわかってるけど、それでもこのままにして帰ることなんてできません」
夕姫にのしかかる自責の念の重さは彼女にしかわからない。だが決して軽くはないだろうそれから逃げないという宣言を聞いて、一同は知らず顔を見合わせて笑みを交わした。
「では
「はいっ」
下された命令に夕姫は堂々と応じた。
「輝くん」
そんな夕姫と目が合う。彼女がどんな言葉を欲しているのか、すぐにわかった。
「ありがとう。どうか、夕姫に頼らせてほしい」
「うん!」
花咲くように、晴れやかに、夕姫は笑う。
その笑顔を見ているで、胸の中を温かな思いが駆け巡る。
かくして、夕姫をメンバーに加えて、輝たちはアルフェリカ奪還のために出立した。
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