第3話 意外な顔

 私たちは図書館から五分の場所にある喫茶店に着いた。明るい木目の店内には陽光がたっぷり入り、こじんまりとして家庭的な雰囲気だ。

 私は有島さんより先に立って入り、一番奥のテーブルに着いた。私が通路側に座り、有島さんに壁際の椅子を薦める。

 有島さんは、ありがとうございますと言って椅子に掛けた。有島さんはアイスティーを頼み、私はノンカフェインのハーブティーにした。

「その腕時計も、有島さんのデザイン事務所でデザインした物なんですか」

「いいえ、これは違いますよ」

「そうですか。特注品なんでしょうか」

「ハンドメイドの一点物です。ムーブメントや文字盤やベルトは市販の手作りキットを使い、上から絵を描きつけたのですよ」

「印刷ではないんですか。すごいですね、そんな細かい絵を」

「そうでしょう。フラ・アンジェリコの見事な複製画です」

「素晴らしいですよ。その他にもそんな時計が?」

「時計だけではないですね。小物入れやらスマホケースもありますよ。僕が持っているのはこの腕時計だけですが。西洋画だけでなく、浮世絵やら江戸時代の日本画もやっていますね。彼個人のオリジナルの絵画も」

「そうなんですか、素晴らしい。江戸時代の日本画と言うと、若冲ですか」

 伊藤若冲(じゃくちゅう)は数年前に都心で展覧会が開かれ、マスコミも大々的に扱ったので絵に関心のある者には有名だった。

「若冲もありますよ。単に美しいというだけではないインパクトのある絵です。現代の漫画的な表現にも通じる日本的なセンスだと僕は考えています。狩野派の絵もありますね。ご存知ですか?」

「浮世絵は江戸の庶民の物で、日本画らしい端整な狩野派の絵は、主に武士階級に愛されたと聞きます」

「大まかに言えばそうですね」

「デザイン事務所を経営するとなると、やはり色々とご存知なのですね」

「経営しているのは僕の伯父です。父の兄です。今は海外市場を、海賊版に利益を奪われないようにしながら何とか開拓しようとしています」

「海賊版の問題は頭が痛いですよね」

「本当にね。でも僕は楽観的で、その時々腹を据えてやれば大抵の難局は切り抜けられると信じています」

 私は驚いた。有島さんの第一印象からは、こんな前向きさを感じはしなかったからである。

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