第17話

 朝食を食べ終わった徹也と治伽は、訓練や配属先に向かう生徒達とは別に、刀夜に連れられて刀夜の部屋に向かっていた。刀夜に朝のことを説明する為である。


 すると、歩いている最中に徹也が小さな声で治伽に話しかけた。あのことに対して、謝りたかったのだ。


「も、望月……。その、すまない……。怒ってるよな……?」


 徹也のその言葉を聞いて、治伽はビクッと体を震わせた。それで少し下を向いて黙り、息を吐いてから徹也に言葉を返す。


「……もう、いいわ。私もごめんなさい。変態なんて言ってしまって……」


「い、いや。俺が悪いのは間違いないから……」


「……いいえ。元はと言えば私が原因なのよ。私が帰らなかったから……」


「……じゃあ、お相子だ」


「……ふふっ。そうね。そういうことにしましょうか」


 治伽は小さく笑ってそう言った。そんな治伽の微笑んだ顔を見て、徹也は少し照れてしまう。更にまた朝の治伽の寝顔を思い出してしまい、もっと顔が赤くなりそうになるが、また治伽を怒らせてしまうと徹也は思い治伽から顔を逸した。


 そんな徹也を見て、治伽はまた小さく笑ってしまう。治伽は徹也が照れているのだろうと考えていた。実際、徹也は照れているのだが、今の治伽の微笑みに照れただけでなく朝の寝顔を思い出して照れている部分が大きかった。


 すると、刀夜が徹也と治伽のそのような様子を見て咳払いをした。徹也と治伽はそれに驚き、同時に刀夜の方を向く。


「はぁ……。何をしているの二人共……」


「「す、すいません……」」


「……取り敢えず、着いたわよ。入りなさい」


「「は、はい……」」


 徹也と治伽は同時に刀夜の言葉に返事をし、刀夜の後に続いて刀夜の部屋に入る。そして、刀夜が床に座った。


「……何をしているの?早く座りなさい」


「わ、分かりました……」


 刀夜にそう言われ、徹也は返事をして刀夜の前に座る。そんな徹也を見て、治伽もまた徹也の隣に腰かけた。徹也と治伽の二人が共に座ってから、刀夜は話し始める。


「……さて、説明してもらいましょうか。なぜ、望月さんが才無佐君の部屋にいたのかしら。……まさか、如何わしいことしてないでしょうね?」


「し、してませんよ!何を言ってるんですか!」


「そ、そうですよ!してませんって!」


「なら、何をしていたというの?」


「そ、それは……」


 治伽と徹也は刀夜の質問を否定したが、その後にされた問に答えることができなかった。何をしていたのかを話していいか分からなかったからだ。


 それを話せば、自分達が狙われている可能性があることを刀夜に話すことになってしまう。それは、刀夜の重荷にならないだろうかと、徹也は考えたのだ。


「……言えないのかしら?なら、やっぱり……」


「ち、違います!」


「……本を読んでました」


「っ!?も、望月!?」


 徹也が刀夜の言葉を否定すると、治伽が刀夜に事実を伝えた。そのことに、徹也は驚きを隠せない。


「……ここまで言われたら、言わないわけにはいかないでしょ?」


「そ、それはそうだが……」


 言っていいかどうか悩んでいた徹也にとって、治伽の言葉は驚かざるを得ないものだったのだ。困惑するのも無理はない。


「……本?何故本を二人で?理解が追いつかないのだけど……」


「情報を集めていました。……この世界で、生き抜く為に」


「い、生き抜く……?」


 刀夜の質問に、治伽が答える。ここまで言ってしまっては、もう言わないわけにはいかない。徹也はそう覚悟を決めて、刀夜に話し始める。


「……実は俺達、狙われているかもしれないんです」


「……え?ね、狙われてるって、誰に……?」


「……この王国に、です。俺は【無能】なので……」


「そ、そんな……。じゃ、じゃあ、望月さんは……?」


「私も、【女王】だから……。才無佐君曰く、王国に疎まれてるかもと……」


 徹也と治伽の言葉を聞いて、刀夜は黙ってしまった。あまりの衝撃で、放心してしまっているのだ。


 そんな刀夜に、徹也は更に語りかける。


「部屋で本を読んでいたのは、この世界のことを知るためです。じゃないと、対策のしようがないので……」


 徹也のその言葉に、放心していた刀夜がはっ、とする。そして、徹也の言葉に応じた。


「……そういうことだったのね……。ごめんなさい」


「あ、謝らないでください!先生は何も悪くありませんから!」


「そうですよ!むしろ俺達が悪いんですから!」


 刀夜の謝罪の言葉に、徹也と治伽はむしろ自分達の方が悪いと伝える。それを聞いた刀夜は、徹也と治伽に微笑んでこう返した。


「……ありがとう。困ったら相談して頂戴。私にできることなら何でもするし、話も聞くから」


「それは……先生に負担を押し付けることになります。ただでさえ、多くのことを抱えてるのに……」


「いいのよ」


「っ!?」


 徹也が刀夜にそう伝えたが、刀夜はそれでいいと言った。そのことに、徹也は驚いた。なぜ、自分の負担を増やすようなことをするのか、徹也には分からなかったからだ。


 そんな徹也に、刀夜は更に言葉を重ねる。


「私に押し付けてくれていいの。だって、才無佐君も望月さんもまだ子供で、何より私の生徒だもの。大人として、そして教師として、当然のことよ」


「先生……」


「……ありがとうございます」


 刀夜の言葉に、治伽と徹也は頭を下げて礼をした。治伽に至っては、感動して涙目になっていた。


 そんな徹也と治伽を見て、刀夜は微笑んだまま二人の頭の上に手を置いて撫で始めた。徹也と治伽は驚きつつも、それを受け入れる。


「……大丈夫よ。必ず、私が守るわ。私は、あなた達の教師だもの」


 徹也と治伽は刀夜のその言葉にまた感動し、何も言えず動けなくなってしまう。それによって、この時間がしばらく続いた。


 これが終わったのは、刀夜が徹也と治伽の頭から手を離した時だった。そして、手を離してから徹也と治伽にこう伝える。


「……もう、訓練に行ってもらって大丈夫よ」


「……はい。ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 徹也と治伽が刀夜にそう言って部屋を出る為に立ち上がる。すると刀夜が、扉に向かう徹也と治伽に声をかけた。


「あ、それから、同衾を認めたわけではありませんからね!忘れないように」


 後ろから聞こえたその言葉に、徹也と治伽は同時に振り向いた。徹也と治伽は小さく笑って、頷いた。


「もちろんです。気をつけます」


「はい。本当に、ありがとうございました」


 徹也と治伽は、改めて刀夜に礼をした。そして、徹也と治伽が下げていた頭を上げると、刀夜がまた微笑んでいた。徹也と治伽はそんな刀夜の笑顔を見てから、扉を開けて刀夜の部屋から出ていった。

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